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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第四章 足踏み
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第82話 沈黙のフリース(2/5)

 聞き込み調査。これがひどい悪手だった。


「ここらの遊郭で、一番強い女の人って誰ですか?」


「いえ、知りません」


「そうですか……」


 そんな風に数人に聞いて回っていたら、ある時、肩に手を置かれた。振り返ってみたら、にこやかに笑いかけてくる黒ずくめの男が三人。みんな、目の奥が笑っていなかった。


「ちょっと、こちらに来ていただけませんか?」


 丁寧な口調に恐怖をおぼえる。


 やばい、と俺の勘が告げていた。


「すみません!」


 このまま連れて行かれたらタコ殴りにされると思い、いつぞやの快速ウサギのように逃げ出した。


「まてこら!」


 ところが、俺の足はウサギほど速くない。それどころかどっちかっていうと遅い。


 あっという間に一人に追いつかれ、腕を掴まれてしまった。


「くっ」


 戦闘スキルは無いけど、レベルだけはそこそこなので、必死に振りほどいて逃げることができた。


 ところが、逃げても逃げても追いかけてくる。


 怪しい人間を地の果てまで追いかけ続けるのが彼らの仕事なのだろう。よく教育されている。


 こういうとき、まなかさんが助けに来てくれないかなと思うんだけれど、ラスエリ転売という不義理を働いた俺なんかが、来てくれなんて願うこと自体おこがましい。


 走って走って、逃げた先は、先ほど通ってきた道だった。


 要するに、森の中。闘技場へと至る道に逃げてきたのだ。


 なぜかと言うと、こちらなら、強い知り合いがいるかもしれないと思ったからだ。それに、一度通った道なのだから、地の利は自分にあると思った。ところがどうだ、イノシシ型モンスターの群れにに足止めをくらい、挟み撃ち。絶体絶命のピンチを迎えた。


「ニイちゃん、もう逃げられねえぞ。何をさぐってたのか、答えてもらおうか」


「くっ……」


 敵はいつの間にか七人に増えており、腕をバキバキ鳴らしながら、近寄ってくる。


「レヴィア……」


 俺は彼女の名前を呟いた。せめて死ぬときは、彼女のそばで死にたいと思った。


「レヴィアぁ! うおおおおおお!」


 叫び、黒ずくめの男たちに向かって殴りかかった。


 ご存知のように、俺には戦闘スキルがない。


「ぐわっ」


 簡単にカウンターの打撃をもらい、もう一度殴り返したがかわされ、頭を掴まれて地面に押し付けられた。


「おい言え、お前なにものだ? 我らオリジンズレガシーのシマを荒らそうってわけか? あ?」


「オリジンズ……レガシー……?」


 耳になじみのある名前。略してOLですねでおなじみの、ハタアリさんの組織じゃないか。


「答えろよ、こら」


 別の男が爪先で腹を蹴飛ばしてきた。


 痛い、体力が一気に削られる。一瞬、意識をもっていかれそうになった。


 これは、まずい。この連中は、返答次第では本当に俺をここで殺して埋めるくらいのことは平気でやりそうだ。


「答えろって言ってんだろ!」


 再び、腹部に激痛走る。


 ああ、俺はこんなにもザコだ。


 もっと真剣に、八雲丸さんに護衛を頼み込めばよかった。


「ん? こいつ、よく見たら、あれじゃねえか。曇りなき眼をもってるって危険なヤツだ。ハタアリさんところに連れて行くぞ」


「レヴィ……ア……」


 俺は、自分の口から出た、かすかな呟きのなかで、どうやら気を失ったらしい。


  ★


 目を覚ましたら、周囲には誰もいなかった。


 ただ、地面がものすごく濡れていてひんやりとした感触。


 ――気を失う。

 ――ひんやり。

 ――誰もいないところで目を覚ます。


 まさか、これは!


 俺は自分の身体を確認した。もしかしたら、またこの世界に来たばかりの頃のようにパンツ一枚にされているのではないかと思ったからだ。


 しかし、俺の超地味な服は健在であった上に、どこかで見覚えのある青い布がかけられていた。ものすごい滑らかな感触。風邪をひかないようにと誰かが掛けてくれたのだろうか。


 周囲を見渡せば、視界には鬱蒼とした森と、凍り付いたイノシシ型モンスターたちの姿。


 見上げれば青い空が広がっている。


 もう一度周囲を見渡して、やっぱり景色が森の中であり、青空を見る前と変わっていないことを確認する。


 おかしい。俺は屈強な黒服の連中に囲まれて、ハタアリさんのところに連行されてしまうはずだった。


 それなのに、こんなところに放置されて、一体あの男たちは、どこに行ってしまったんだろう。


 ああもしかしたら、これは夢なのだろうか。


 本当は、まだ気を失っていて、ハタアリさんの偽装ビルに運ばれている最中なのかもしれない。


 夢だと思う理由はもう一つある。


 いや、これは本当に異常な光景なので、むしろ夢だと思いたい。夢であってくれ。


「…………」


 ――青白い女の子が一人、背中を向けて全裸で立っている。


 足も手も身体も折れそうなくらいに細くて、真っ白な肌は光を反射して目つぶしされるくらいに眩しくて、白銀の髪から飛び出した耳は紅い偽装オーラを纏っていた。


 こんな女の子は、一人しか知らない。


 そう、さっき闘技場で戦っていた氷使いである。八雲丸さんを不意打ちでぶっ飛ばし、名前を聞いたら無視して滑り去った女の子だ。


「あの……」


 声をかけると、ゆっくりと振り向こうとしたのでヤバイと思って目を閉じる。


 俺は目を閉じたまま「これ!」と叫び、青い布を差し出した。俺に掛けられていたのは彼女のゆったりした青い衣だったから、それを返そうというのだ。


「…………」


 俺の手から布が持っていかれた感覚があったので、二分か三分くらい待ってから目を開けた。


 そこには、白い素肌の女の子が丸見えで――


「っておい、服着てくれ!」


 勢いよく背を向けて、少女が服を着るのを待った。


 背を向けたまま、話を続ける。


「ええと、君が助けてくれたの?」


 何の返事もなかったけれど、うなずいている気配を感じた。


 肌の上を布が滑るような、しゅるしゅるという音がする。


「どうもありがとう。本当に助かったよ」


 これにも返事がなかった。


 八雲丸さんの「魔女」呼びに反応して氷をぶっ放していたところをみると、言葉はわかっているのではないかと思う。


 じゃあなぜ声を出さないのかというと、出さないのではなく、出せないのではないかと考え至った。


「声、出ないの?」


 おそるおそる問うてみたが、返事はない。


「命の恩人みたいなもんだからさ、何かお礼をしないといけないとだろ?」


「…………」


「フリース……って名前でいいんだよな。何か、俺に手伝えることはないか?」


 静寂。何の音もしない。


「そろそろ、振り返っても、いいかな?」


 返事はなかったけれど、頷いたような気がしたので振り返ると、


「え」


 誰もいなかった。


 かと思ったら、びゅうと耳元を冷風が襲い、


「うぉあ! 何だ?」


 冷たさに驚き振り返ったら、そこには、ひらり青い服をはためかせて距離をとった青白いエルフ耳の女の子。


 見かけによらないイタズラ娘だった。


 彼女は、地に足をつけたままツルンと滑って下がると、俺の目をじっと見つめた。


「あ、えっと……フリースさん?」


 と俺が戸惑っていると、手のひらで虚空を、撫でた。その軌道に沿って、複雑な図形が生み出され、空中で白く固まり、数秒だけそこに留まって、地面に落ちて砕けて溶けた。


 マリーノーツで使われている言語だったが、簡単な一文だったので、理解できた。


 ――フリースで構わない。


 そう書いてあった。


 これで会話が成り立つことが証明された。さっそく俺は気になっていることをきいてみる。


「フリース、どうして普通に喋らないんだ? きれいな声してるのに」


「…………」


「それと、その耳……とても可愛いけど、なんで偽装なんかしてるんだ?」


「…………」


「むかし大勇者だったっていうけど、大勇者まなかって知ってる? 俺の恩人なんだけども」


 そしたら、さささっと虚空を扇状に撫でた。


 虹のようにアーチを描いた文字が見えたが、その内容がわからない。


「ちょ、ちょっと、字がちっちゃぎて読めない!」


 いやもう、字が細かいとか、そういうレベルじゃない。数秒で消えるのに情報量が多すぎる。フリースの氷文字は、まるで虹のような七行くらいに及ぶアーチ状の細かすぎる長文を示した後、二秒くらいで崩れ落ちて読めなくなった。瞬間的な情報量が多すぎる。


 一瞬で視界に映ったものをインプットする性能は俺には無い。そういう瞬間記憶みたいなスキルがあるのかもしれないけれど、それはきっと永久に未搭載であろう。


「普通に喋れればいいんだけどな……」


 と、俺が呟いたところ、フリースは、しばらく考え込み、やがて黙り込んだまま白い文字を描く。今度はちゃんと読める大きさだった。


 ――あたし、呪われてるから。





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