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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第四章 足踏み
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第81話 沈黙のフリース(1/5)

「んじゃ、そういうことだから」


 そう言って去ろうとする八雲丸さんだったが、俺にはまだききたいことがあった。「待ってください」と袖を掴む。


「なんだよ、まだ何かあるのか?」


「お願いします。ここ以外で、強い人を雇えるところを教えてください」


「まあ、そうだなぁ……ラックは、いくつになる?」


「レベルなら、軽く百こえてますけど」


「いや、そうじゃねえ。年齢だ」


「なんでです? 現実では二十三で、マリーノ―ツに来てから十年経ちますけど」


「てことは、余裕で成人してるな、じゃ大丈夫だな」


「何なんです?」


 すると、八雲丸さんは、ゴホンと一つ咳払いしてから語りだした。


「ネオジュークから東にいくと、遊郭があってだな、そこで働いてる遊女ちゃんたちは、無理矢理に襲われないために、魔法や武術の心得を持つ子が多いんだ。驚いたことに、中には、まじでおれより強いやつがいる。店から女の子を買い取ることができれば、一緒に旅に出られると思うぞ」


 ――女の子を買い取る。


 なんだか倫理的に良くない響きに思える。


 現実世界の歴史でも、過去に店に大金を納めれば、奴隷のように働かされる遊女や娼婦を自分の妻にすることができるという習わしがあった。要は借金を肩代わりする身請(みう)けというものらしいのだが、俺が生きていた現実社会には、遊郭は無いし、娼婦もなかった。


 縁遠い世界のことで、良くなかった歴史の闇、世界の闇、人間の闇みたいな感覚がある。


 だからこそ、八雲丸さんは、俺の年齢をたずねたのだろう。闇に振り回されても自分で責任をとれる年齢であるかを確認したのだ。


 要するに、何かヤバイことが起きた時に、八雲丸さんは責任をとってくれないと、そういうことだろう。


「それしか……ないんですか?」


「大勇者に匹敵する力を求めるなら、そうなっちまう。それでダメなら、もうお前がレベルを上げて大勇者クラスの強さになるしかねえなぁ」


「そいつは無理です」


「まあ、そうだな。ラックの言うとおりだ。スキルリセットアイテムなんて、滅多に産み落とされないからな」


「ん? 産み落とされるものなんですか?」


「ああ、この世界で最も大きな樹があってだな、その樹から数年に一度落とされる特別な分泌液がある。『世界樹のなみだ』と呼ばれるんだが」


「早い話が、樹液ですね」


「おいこら、身も蓋もない言い方をするな。そういう信心のないやつのところには嬉し涙もめぐってこねえぞ」


「いいんですよ。俺が信仰してるのは鑑定スキルですから、このスキルと心中します」


「ふぅ」呆れた溜息を吐いた八雲丸さんは言う。「ま、ラックが固く決意してるなら、文句はつけらんねえけどな。……さて、こんなとこでいいだろ。それじゃあおれは行くぜ」


 俺に背を向け、後ろ手で手を振りながら、彼は言うのだ。


「強えやつ、見つかると良いな。あの()()みたいな鬼強え奴がさ」


 と口走った瞬間だった。ごすんと鈍い音がした。


「けふァ!」


 八雲丸さんが打ち上げられていた。


 氷の柱がきらきら輝いて、光を不規則に虹色に反射させていた。


「うぅ……」


 仰向けで大の字の八雲丸さんはそれっきりグッタリして、気を失ってるみたいだった。


 その光景に言葉を失っていると、今度は桃色ブラウスの黒スカートの元気娘が登場して。


「こんなとこにいた! やっと見つけた! やくもん、こんなとこで寝てたら通行の邪魔だよぉ」


 返事をしない男の襟を捕まえて、ずるずると引きずって行ってしまった。


「え」


 そこにフラリと現れたのは、白銀の髪で、紅く光る尖った耳で、青い服を着た無口少女。フリースという名前の氷使いだ。


「…………」


 女の子は黙っている。黙って俺の目を不審そうに見ている。何でだ。


「え」と俺は喉の奥から声を出す。


 不意打ちの犯人は、青き衣の魔女だった。と、こんなことを口走ったら、俺もぶっ飛ばされてしまうだろうか。


 青白い少女は、光を受けて虹色に輝く氷を背景に、自分の首筋のあたりをいじくって、俺から目をそらした。


 ゆったりした青い服から出ている小さくて折れそうなくらいに細い手足、毛穴なんて無いんじゃないかと思えるほどの滑らかな白い肌、きらきらの白銀の髪、紅いオーラをまとった長い両耳はセミロングの髪から突き出ていて、とても綺麗だと思った。


「…………」


 しかし、全く喋らないので、ものすごい不安になる。


 何とか声をかけてみるか。


「そ、そ、その髪、とてもきれいだね」


 無視である。反応を示さない。


「これであの人と一勝一敗だね、ちょっと卑怯すぎる気がするけど……」


「…………」少女は目をそらしたまま沈黙している。


「っと、俺に何か用かな? 俺はラックっていうんだけど、君の名前は?」


 しかし名乗らない。かといって俺の目をちらちら見てきて立ち去る気はないようだ。


「そ、その耳、可愛いね」


 そしたら彼女は、「えっ」と言った。


 その時、初めて彼女の澄んだ声を耳にした。


 もっとちゃんと聴きたいと思った。


 けれども、その次の瞬間には、彼女は「やってしまった」とでも言うような表情を見せ、口を押さえたかと思ったら、なんと、地面をスケートのようにするすると滑りながら人込みの間を縫って去ってしまった。


「え」と俺は呟く。


 彼女が滑った後には、光を反射する氷の膜が薄く敷かれていたけれど、すぐに溶けて通路のシミになった。


 目の前で起こる嵐のような展開に、俺は喉の奥からの「え」という音を繰り返さざるをえない。


 八雲丸さんと別れた瞬間に、彼がエルフ耳のフリースさんに吹き飛ばされ、気を失った八雲丸さんをプラムさんが拾って連れ去り、現れたフリースさんの耳を褒めたら滑り去っていった。


 追いかけようとか考える間もなく、彼女は滑り逃げていく。


 喧噪(けんそう)の中、急に一人残されてしまった俺は、これからどうすれば良いのだろう。


 とりあえず、八雲丸さんが言っていた、あの提案を試してみよう。


  ★


 ――遊郭に強い女性がいる。


 八雲丸さんはそんなことを言っていた。


 闘技場近くのの門を抜けたらハリボテの前に戻った。二人の謎の無反応な仮面巫女に挨拶して、必死になって森の中を抜けた俺はモンスターから逃げ回りながら、なんとかネオジュークまで戻れた。その後、お約束のように道に迷った後、広場にたどり着けたが、レヴィアはまだ戻ってきていなかった。


 そこで俺は、意を決して、ひとり遊郭に行ってみることにした。


 ネオジュークの露天商から買った本の情報によれば、遊郭街があるのはネオジュークの東側、すなわち、俺とレヴィアが待ち合わせをしている広場があるところらしい。一つの建物ではなく、いくつもの遊郭が集まって、一つの遊郭エリアを形成しているようだった。


 ただ、俺がイメージしていた遊郭というのとは、だいぶ違っており、言ってしまえばキャバクラみたいなに賑やかな外観の店ばかりだった。


 俺は、まずは客として入って情報を集めようと考えた。ところがどうだ。この世界でも遊郭ってやつは高級すぎて金がぜんぜん足りなかった。入ることすらできない。


 借金すればなんとか入れるくらいだが、ベスさんやアオイさんのほかに、これ以上借金を抱えたくない。


 八雲丸さんからもらったトキジクの種というレアアイテムを売るという選択肢も考えたが、せっかくもらったレアアイテムをあっさり売り渡すというのは、なんとなく控えたかった。


 おそらく、以前、大勇者まなかさんからもらったラストエリクサー(きわみ)を売り飛ばしてヒドイ目にあったことがトラウマになっているのかもしれない。


 というわけで、勇気だけをもって遊郭エリアの適当な店に行き、こっそり道に迷ったふりして潜入してみた。


 レンガ造りの洒落た建物。西洋の城を思わせる外観の店。その名前は『檻女神』という名前だった。おりめがみ、とでも読むのだろうか。漢字で書かれているところをみると、転生者をターゲットにした店なのかもしれない。


 メニューを見れば金貨単位の飲み物があったりする異様な価格設定。


 かと思えば、店内は偽装だらけ。飲み物だとか食べ物だとか、座席とかグラスとかが偽装されている。それだけならまだしも、露出の多い女性店員が本来は男性だという偽装まである。何から何まで紅くチカチカ光って本来の姿を映し出す。


 きっと普通の人の目には、華やかできらびやかで、甘美な空間なのだろうけど、俺の目は誤魔化せない。


 粗大ごみのようなソファ、作られた脚線美、作られた顔、作られた胸のふくらみ、小汚い造花、ひび割れたグラスに注がれる安酒。


 全ての店がこうではないと信じたい。俺が入った場所がたまたまそういう場所だったというだけであって、ホンモノしかない最高の店があるに違いない。そうでなかったら客が全員、偽装に騙されていることになってしまうじゃないか。


 いずれにしても、俺に向けられる視線が不審者を見るようなものに変わってきたので、これ以上潜入し続けるのは危険だ。


 調査を続けるならば、客として入り込む必要がある。かといって金がない。どうすべきか迷った結果、選択したのが、聞き込み調査であった。



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