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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第四章 足踏み
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第80話 水銀等級

「大丈夫か? おれの名前、言えるか?」


「ええ、八雲丸さんですよね」


「おう、大丈夫そうだな。いや、すまんかった。戦いに夢中で、あの通路のラックに気付くのが遅れちまった。大勇者なら、もっと視野が広い戦いをするはずだからな、いやはや、大勇者への道は遠いなぁ」


「あと何歩くらいですか?」


「あと半歩くらいだな。その半歩がなかなか埋まらないんだが」


「めっちゃ近いじゃないっすか」


「まあな」八雲丸さんは得意げに笑った。「おれは水銀ランクなんだが、水銀ランクって言ったら、大勇者たちと同級なのさ。大勇者に欠員がでた場合、超特殊な例外をのぞいて水銀クラスの中から選ばれる」


「すごい人だったんですね、八雲丸さん」


「それほどでもないぜ、水銀ランクになってるやつは、それなりに多いからな。それが、おれがお前さんをここに連れてきた理由なんだが」


「ん? どうつながるんです?」


「この闘技場で働いてる人や、ここで戦う人間は、多くが大勇者を目指す者たちなんだ。ここでの奉納(たたかい)も大勇者の選定基準に入るから、水銀等級のやつらも自分の位置を確かめたくて(かよ)ってんだ。今日の試合なんかも、かなり参考になっただろうぜ。なにせ、珍しいことに元大勇者の戦いが見られたわけだからな」


「あ、元大勇者っていえば、フリースっていう子は、どうなったんですか? 怪我とか……」


「フリースお嬢かい? まあ怪我はしてないはずさ、本気を出してないからな。ラックがおれの体当たりで気を失ってから、おれは神化串の本数を二本に増やしてだな、どういうわけか戦いへの集中を欠いたフリースお嬢は、氷の質が落ちてきて、鉄壁の防御もほころび始めた。


そこからは一方的なオレの試合になったぜ。最後の最後に自爆上等で氷を撒き散らす技をもらった時には死ぬかと思ったが、お嬢が立ち上がれず、おれだけが根性で立ち上がったわけだ。その結果、おれの勝利になったんだが、その頃には観客は全員避難していたからな。つくづくあんなところで大勇者が戦っちゃいけねぇなって思うぜ」


「すごいじゃないですか。元大勇者に勝ったってことは、もう大勇者みたいなものですよ」


 しかし、八雲丸さんは浮かない顔だった。


「そうはいかねえだろうな。あっちは、おれよりも全然本気じゃなかった」


「それにしては、会場が氷づけになってましたけど」


「あんなの序の口さ。聞いた話じゃ、大昔、お嬢は、同じような氷使いタイプの大勇者と些細な事から喧嘩になって、互角の戦いだったらしいんだよ。噂ではフリースお嬢の方が上だって話もあるんだけどもな。とにかく、その二人の小競り合いで、マリーノーツに氷河期が訪れちまったんだと」


「世界の気候を変えるほどっすか」


「そのくらいの力を持ってるのが、大勇者ってもんだ」


 言われてみれば、たしかに大勇者まなかも、天気を操って雨を呼んでいたもんな。といっても、あれはアイテムの力を使ってだったけれども。


「で、そんなことは置いといてよ、本来の目的に戻ったらどうだ、ラック」


「本来の目的?」


「強大な力をもった大勇者に憧れる連中の(つど)此処(ここ)なら大勇者クラスの腕利き用心棒を見つけられそうだろ?」


「ああ、なるほど、そうですね……」


「あとで、おれと同じプレートつけてるやつに声かけてみな。中には物々交換に応じてくれるやつもいるかもしれん」


「わかりました、ちょっと、行ってきます」


 ベッドからおりると、どうやら足にダメージは残っていなかったようだったので、水銀等級の護衛候補を探すために走り出すことができた。


  ★


「ダメだったか」


「ええ」ベッドだらけの部屋に戻った俺はうなだれた。「プレゼンが悪かったのか、百人くらいにきいて回って、『馬鹿にしやがって』みたいなことを言われて、ことごとく取り付く島もなく簡単に断られまして……必死になった俺が八雲丸さんの名前を出したら『虎の威を借る狐野郎が』とか『自分の身くらい自分で守れやゴミが』とか言われて唾を吐かれました。生まれてきてごめんなさい……」


「そ、そこまで落ち込むことでもねえぞ。大丈夫だ。な? だから落ち着け。こんなところに連れてきたおれが悪かった」


 コロッセオ風の建物内にいる水銀等級は百余名もいた。しかし一人も俺の提示した仕事を受けてはくれなかった。


 なんか、就職活動に難航しまくっている気分。


 たしかに俺の提示した条件は水銀等級の報酬にはそぐわないかもしれないし、俺のような小汚い服を着た小市民の護衛なんて、やりがいは無いし、何の得にもならない。


 俺だってアオイさんの忠告だから探しているものの、そんなに大層な護衛が必要だとは思えない。


「もうこうなった以上、八雲丸さんにお願いするしか……」


「いやいや、勘弁してくれ。おれはもう、仕事受けちまったって言ったろ」


「そこを何とか」


「信用を落とすわけにはいかんからな、一度受けた仕事はちゃんとやらねえと……」


「何の仕事なんですか? 俺の護衛より大事だっていうんですか!」


「落ち着けって」


「八雲丸さんは、俺に怪我をさせたし、ここに連れてきたことで俺の心に傷を負わせたんだから、責任をとって当然っていうか」


「おれの次の仕事はな、ネオジュークの地下深くに巣くう魔王軍残党の討伐だ。さすがにサボるわけにはいかんだろう」


「魔王軍は、壊滅したって聞きましたけど」


「主力はそうだが、どうもネオジューク地下には、素質のある魔族を育てる学校があるらしいって話だ」


「なるほど」


 そういうこともあるかもしれない。だとしたら、さっき地下のダンジョンで迷った時、地下80階まで通じていたエレベーターは、魔族が乗るやつだったのだろうか。


「ん? ラックは驚かないのか? おれはけっこう、びっくらこいたんだがなあ」


 たしかに、ここは驚く場面だったかもしれない。けれども、ビルが丸ごと偽装されてたりするような、偽装まみれのマリーノーツを知ってしまったので、あり得る話だと思ってしまった。


 けれども、八雲丸さんと仲良くなりたいので、同調することにしよう。


「すみません。おそろしすぎて、思考停止してしまいました。大きな町の近くに、魔王関連施設があるなんて」


「ははっ、大きな町だからこそさ。いくら空を照らして夜を無くしても、人の心までは照らしきれないのさ」


 以前も聞いた言葉である。


「いい言葉ですね」


「お、ラックには刺さったか」


「ええまあ、一応それなりの都会育ちなんでね」


 そんなところで、八雲丸さんは早口になって言うのだ。


「……ま、そんなわけだから、護衛を引き受けることはできないってわけだ。じゃあな、ラック」


 そして俺に背を向け、ベッドが並べられた部屋を出て行く。


「ちょ、ちょっと待ってください八雲丸さん、どこ行くんですか!」


「任務だよ任務。ラックには申し訳ないと思うが、そろそろ集合時間なんでな、ネオジュークに戻らねえと」


「それは、あまりにも無責任ですよ! 俺みたいなザコはネオジュークまで帰る前に死にますよ? いいんですかそれで!」


「ったく、仕方ねえな。んじゃ、いいもんやるから、これで許せ」


 八雲丸さんは、ぼろぼろの服の袖から、何かを取り出した。その茶色い物体を三つほど俺の手に置いた。


「これは……?」


 受け取ってみると、半月型の物体。種のようだった。


「トキジクの実っていうんだ」


「効能は?」


「不老長生」


 見つめてみても紅いオーラは纏っていない。どうやら本物のようだが、不老長生というのが本当だったら、ひょっとしてこれ、とんでもなく高価なものなんじゃないだろうか。


「いいんですか? 貴重っぽいですけど」


「それなりのレアだぜ。だがラックの心と身体を傷つけた詫びだ。用心棒探しの足しにすれば、成功率上がるかもしれねぇし使い方は自由だ。遠慮せず受け取ってくれ」


「あ、ありがとうございます」


 トキジクの種を手に入れた。


「んじゃ、そういうことだから」


 そう別れの挨拶をして、八雲丸さんは歩き出した。




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