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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第四章 足踏み
79/334

第79話 黒ヤギの夢

  ★


 夢を見た。


 ふわふわと宙に浮いていて視界がモヤモヤしている。


 (かす)みがかった世界で、声にならない声がする。グモグモと動物のような声。


 緑と空色が見えているところからすると、牧場だろうか。黒い塊二つが、何かを喋っているようだった。


 やがて、チャンネルが合ったかのように視界がクリアになって、牧場の芝生と、青空を背景に、二頭のモコモコヤギがいるのが見えた。


 全体的に黒くて、ヤギのような体で、四本足。頭には巻角と金色のアゴヒゲ。ボディはモコモコの暖かそうな毛を蓄えている。


 二頭を上から見下ろすアングルで、景色が形成された。


 同時に急に言葉がわかるようになった。


「――いやいや、あのさ、ごめん、あんたが何言ってんだか分かんないんだけど」


「ですから、あなたのスキルで、もう一人の私を作って欲しいって話ですよ」


「スキルって、コピー人形ってこと?」


「うん」


「そんなことして何になるのよ、何のつもりよ」


「何って、ここを脱出します」


「はぁ? あんた何言ってんの! 入ったばっかじゃん!」


「これには事情が」


「何よ、言ってみなさいよ」


「あの……それは……」


「ほれ、言いな。どうした、言いなさい早く」


「ええと……言えないんですけど」


「はぁ? あたしらの間に秘密とか」


「じゃあ言いますけど」


「何なの」


「実は、お父さんが、勇者にケンカ売ろうとしてて」


「ん? それは魔王っぽくて正しいんじゃないの?」


「そうなんですけど、お父さんが戦いたがってるのが、大勇者まなかで」


 二頭のうち、右のモコモコヤギは言葉を失った。しばらくして、絞り出すように言う。


「……あの?」


 左のモコモコヤギは頷いて、「あの」と呟いた。


「なんでなんで。自分より強いから?」


「個人的な恨みがあるからって言ってましたけど……」


「勝ち目ゼロじゃん。あんたのパパ、荒れ地での敗北を知らないの? フェルキェル様とかヘルハデース様ですら瞬殺されたって、知らないの?」


「情報としては知ってますけど、そこらへんは私と違って夢系スキル持ちじゃない脳筋なので、目の当たりにしたことがないのですよ。だから、『勇者軍があまりに卑怯な手を使ったのだ』とか、『自分がいれば勝てた』とか言い張ってて、ボロ負けを信じたがらなくて困ってます」


「そりゃまた、ちょっと病んでない? 現実逃避症候群じゃない?」


「まあ……無理もないと思いますけど……盟友がみんな死にましたから……」


「それはそうかも」


「それでですね、お父さんは、憎き大勇者まなかをよびだすために、まなかの仲間であるラックっていう人を長いこと探してたらしいんですけど、その人が近くの町で裁判にかけられてると耳にして、お父さんは鼻息を荒くして言うんですよ、『やつを捕まえて卑怯な大勇者まなかをおびき出す』とかって。だから私、先回りしてお父さんに見つからないようにその人を誘導して……」


「なるほどねぇ、ずっと渋ってた魔王学院への入学を決めたのは、そういうわけね。やっとあんたにも自覚が生まれたのかと思ってたけど、パパを守るためってわけか」


「そうなんです。お父さん大好きなんです。……だけど、私、迷ってて」


「迷う? 何でよ」


「告白されちゃって」


「なにィ? どこのやつ? バホバホメトロ族? あたしの知り合い?」


「ちがくて」


「なるほど。異種族間かぁ。魔族にも色々いるもんね。あんたちょっと有翼(ゆうよく)系好きでしょ。フェルキェル様には随分お熱だったもんねー」


「あれは! 翼っていうか、持ってる剣のぐるぐるの炎がカッコよくて惚れてただけです!」


「死んじゃったけどね……」


「死んじゃったんですよね……」


「で、結局、相手はどこのどいつなの? あんたみたいなスーパーファザコンに惚れるようなイカれたヤツってのは」


「そういえば、フェルキェル様が持っていた螺旋の剣が今、どこにあるか知ってます?」


「いや知らないけどさ」


「なんと、このネオジュークピラミッドの頂上で燃え盛ってるんですよ! 以前は光を吸収するパネルで発電してましたが、その必要がなくなって、さらに便利になったみたいです」


「なるほどね、道理でこの地底も気温が上がったと思った」


「フェルキェル様の持ち物が、あんな形で利用されてて、遠くに行ってしまったみたいで寂しいです」


「んなこと言ったって、あんた、もともとフェルキェル様と全然近くなかったじゃん」


「うるさいですね、呪いますよ」


「はっ、バホバホメトロ族に呪いが効くもんか! 残念だったね」


「むむむむぅ」


「とはいえ、あの螺旋の炎を纏った剣も、もともと人間が作ったものだから、仕方ないかなとも思うけどね」


「そうだったんですか?」


「そう……だけど……なんであんたメッチャ嬉しそうなの?」


「え? いやぁ……」


「そういや、あんた、人間の匂い強すぎない?」


「あはっ、まさか、そんな」


「もしかして、あんたに告ったのって――」


「とにかく! お父さんかその人か、どっちかを選ばなきゃいけなくなったとき、どうすればいいかって、私は迷ってるんです!」


「ふぅん、なかなか面白いことになってるみたいね……。いいわ、あんたの頼み、受けてあげる」


「え? 私の頼みって何でしたっけ?」


「忘れたんかーい! 脱出する自分の身代わりにコピー人形つくれって話!」


「あぁ! そうそう、そうでした。……いいんですか? ありがとうございます!」


「ったく、せっかく親友と一緒に魔王学を学べる思ったのに、親友の人形と一緒に寮生活するなんて、完全にイタいやつじゃないの」


「大丈夫です! 私のコピーなら、とっても可愛いはずですよ」


「クソ不細工に作ってやろうかしら。……こんなふうに」


 しまりのない顔をした三体目のモコモコヤギが現れた。


「あやぁ、やめてよぉ」


 わけのわからん夢だな、と思った。


  ★


 目を開くと、灰色のベッドがたくさん並んだ部屋だった。


 人の気配を感じて、横を向くと、桃色の布と黒い布が見えた。誰かが椅子に座っているようだ。


「あ。起きた?」


 この女の子は、たしか……。


 起き上がり、眉間を指でおさえながら、記憶を辿る。


 そう八雲丸さんの海賊時代からの幼馴染。桃色ブラウスと黒スカートで防具もつけず、髪の毛に串を挿すことで分身する二刀流の女の子。


 だが名前が出てこない。なんだったか。何となく甘酸っぱそうな名前だったような。


 しかしそこで、


「あなた名前は?」


 向こうから聞いてきてくれた。


「オリハ――」


 と言いかけて、おっと危ないと踏みとどまる。牧場おばさんベスの話では、オリハラクオンはもう死んだことになっているのだ。


「俺は、ラックっていいます」


「ふーん。ラックっていうんだ。プラムっていいます。よろしく」


 プラムさんは、ぺこりと頭を下げた。


「ええ、よろしくです」


 俺も頭を下げる。


「ところでさ、さっき、ヤクモンと一緒にいたよね。ヤクモンの次の仕事の話、きいてる?」


「いえ、わかりません。ただ、次の仕事が入ってるから、俺からの仕事は受けられないって話ですけど」


「本当に?」


「ただ、ネオジュークのギルドで会ったので、あの近くでの仕事かなあと思うんですが」


「そっか……それだけわかればいいや。ありがと」


 それで用事が済んだようで、プラムさんは束ねた髪を揺らしながら、元気に走り去っていった。


 続いてやって来たのは、八雲丸さんだった。


 服がボロボロで、体中傷だらけの包帯まみれだった。だから俺は、


「負けちゃったんですか?」


 そう言ったのだが、「いや勝ったぞ」と返ってきた。


「じゃあ、あのエルフの女の子は?」


「あ? エルフ? 何言ってんだ?」


「あ……」


 そうか。彼女、フリースの耳は紅く光っていたのだから、偽装されていたってことだ。だから、偽装を見破れない人には普通の耳に見えているということ。


 もしかしたら知られたくないから隠しているのかもしれず、ここは何とか誤魔化さなくてはいけない。


「えっとですね……そうだ、さっきそういう夢をみていて……」


 その頃には、さっき見た夢の内容なんか忘れていた。





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