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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第四章 足踏み
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第78話 元大勇者と次期大勇者(2/2)

七支刀(ななつさやのたち)!」


 振り下ろされた七支刀。


 籠の中からの斬撃は、複雑な風を生んだ。風はやがて三日月形の見える斬撃となって、相手を襲う。


 雨雲のような灰色をした斬撃が六つ、ブーメランのような軌道を描いて女の子を襲った。


 続いて、尋常ならざる強風が観客席最前列を襲い、砂つぶてを受けて思わず俺は怯んだ。


 目を閉じ、開くと、斬撃が死んだみたいに白くなって空中で静止していた。


 まるで時間が止まったかのような風景のなかで、物静かな女の子は、両手を頭上に持ち上げていた。


 その手を降ろすと同時に、凍り付いた斬撃は砕け落ちた。


 ついに、本格的に戦いが開始されたようだ。


「うおおおお!」


 気合の入った剣士は、最初の攻撃を防がれるのを読んでいたかのように、追撃を加える。防御籠のなか、六つの枝が生えた剣を突き出すと、今度は流れ星のような光の線が七つほど走り、少女を襲う。


 ところが、まったく回避する動きを見せなかったにもかかわらず、当たらなかった。


 光線は闘技場の壁にショットガンのように突き刺さり、直線は白い糸のようになって、やがて風にあおられ消えた。


 いや、まてよ。動いていないと言ったが、よく見ると、もといた位置から少し奥にずれていて、彼女の足元は、またしても鏡のようになって、彼女の脱力した立ち姿を映していた


「もういっちょ!」


 八雲丸さんは、再び同じ突き攻撃を繰り出した。防御の注連縄(しめなわ)たちの隙間から、光の矢が七本ほど直進する。


 今度は、青白い少女の動きをよく観察してみる。身体は全く動いていない。地に足をつけたままにみえる。だが、後ろや横にするするっと移動してすべての光線を回避していた。


 それは、そう、まるで滑っているようだ。


 スケート靴なんて履いていない、それどころか裸足である。土の上にあっても一切汚れていない青白い細足で、するするっと滑っている。


 だとするならば、鏡のようになっているのは氷ということだろうか。


 七連突き攻撃によって生まれた風が二度、ようやく観客席に届いた。最初の風よりも弱く、そして冷たい風だった。


「さすがだな」と八雲丸さんは乾いた唇を舌で濡らし、納刀する。「これが、沼地に君臨した魔女の力か」


 その言葉が放たれた時、初めてフリースの表情が動いた。獰猛(どうもう)な狼がうなり声をあげるような顔。全力の舌打ちがきこえてきそうだ。


 しかしそれでも、彼女は声を発さない。


「其の()、竹!」


 隙ありとばかりに、八雲丸さんは抜刀する。


 上空に向って急激に刀が伸びて、伸びて伸びて、刀身が六十メートルくらいになった。すぐさま振り下ろして、少女を雑に潰そうとした。


 だが、破裂音とともに刀が折れた。


 ちょうど少女のいるところでへし折られ、断面は青白く凍り付いていた。瞬時に熱を奪い切り、そのうえで乾燥させて脆くしたのだろう。


 折れた刀身が地面に突き刺さったが、特に砂塵が舞うわけでもない。


 刀はだらしなく伸びたまま、地面の氷と繋がっていた。


「へへッ、瞬時に氷でガードした上に、刀を無力化するとはな、さすがはフリースお嬢。魔女と呼ばれることはある」


 すると今度は、怒れるフリースから仕掛ける。


 無言で地面を踏みつけると、氷の隆起が地面を走っていく。


 フリースの足元から八雲丸さんに向かっていき、八雲丸さんが刀から手を離し、飛び退いたところを氷の槍が狙い澄ます。


 八つあるうちの一つ目の注連縄がちぎれた、二つ目も切断され、槍の侵入を許す。咄嗟に樹皮でできた壁を生み出した八雲丸さんだったが、氷の槍は防御領域の内部に入った瞬間に火薬玉のように爆発的に弾け飛び、一瞬で全ての注連縄が無効化された。


 すっかり裸にされ、身体中に裂傷。肩にあった鎧がいつの間にか広がって全身を守る具足(ぐそく)に変化していたが、本来は雄牛のように雄々しかったであろう(かぶと)(つの)無残(むざん)に折れ、胴は穴だらけ、他の部位もぼろぼろになっていて、やがて鎧たちは粉々になって散った。


 満身創痍(まんしんそうい)の身ひとつが残った。


「クッ、やるなぁ!」


 それでも痛そうな顔を見せず、八雲丸さんは新たな刀を取り出して納刀すると、また抜刀術を繰り出し、黄金オーラの神器を召喚した。


 直刀。つまり、刀身が反っておらず、真っ直ぐな刀である。


七星剣(しちせいけん)。見てみな、刀身に北斗七星が刻まれてるだろ? これは、夜空の魔力を秘めた聖なる刀なんだ。いろいろな神秘を起こせるが、正直いって、今のおれには扱い切れない。それでも、一つだけ、こいつの力を引き出すことができる」


「…………」


 無傷のフリースは静かに八雲丸さんの話に耳を傾けていた。


「いくぜ」


 剣士は切っ先をフリース少女に向けて、腹の底から叫ぶ。


雷霆(らいてい)!」


 すると、上空に黒雲があらわれ、ゴロゴロゴロとカミナリがした。


 嫌な予感しかしない。


 これは、あれじゃないか、太いイカヅチが落ちるんじゃないか?


 とか思ってる間に、もう落ちた。目がつぶれそうな閃光に思わず手で顔を覆って目を閉じる。鼓膜を破壊しようとする轟音と、尋常じゃない地面の揺れ。


 焦げ臭い白煙に視界が遮られ、咄嗟に俺は、「あ、ごめんなさい」と口にしてしまった。


 神の怒りを受けたような気分になったのだ。


 俺の肉体は揺れによってフェンスに前のめりに激突したものの、消し炭にならずに済んだ。けれども、あの儚い少女は直撃を受けたはずだ。無事だろうか。


 可愛い女の子だったから、大けがとかしてほしくはない。いなくなってほしくはない。でもでも、あの一撃を受けて耐えられるものだろうか。


「やったか?」と八雲丸さん。


「…………」返事はない。


「知ってるか? 北斗七星は、神の乗り物。乗客の中には、時に雷神もいるってわけだ。直撃だったからな、死んでないと良いんだが……」


 余裕の笑みを浮かべながら納刀し、八雲丸さんは煙が晴れるのを待った。


 煙の中に影が見えてきた。


 やがて霧が晴れると、あらわれたのは、平然と直立する少女だった。


「無傷……だと?」


「…………」相変わらずの無言。


「化け物かよ。神器の一撃だぞ」


 本当に傷一つない。青磁のようになめらかな青白い肌のまま、青い服も一切焦げ付かず、何事も無かったかのよう。


「さっすが、元大勇者ってとこか。だが、裏を返せば、あんたみたいな魔女に勝てれば――おわッ」


 八雲丸さんが語っている途中で、氷柱が地面からズドンとあらわれた。


 全く動かず、呪文を唱えることもなく、ご神木のように太い氷の柱を地面から発生させて男を空に飛ばしたのだ。


 天幕に突き刺さり、トランポリンのようにして反動をつけて戻ってきて、地面に叩きつけられようとした。が、八雲丸さんはくるりと回転して地面に向って抜刀すると、


「八重垣流、其の(しち)(わら)


 地面に大量の枯れ草を発生させてクッションとし、ダメージを大幅に軽減してみせた。


 立ち上がり、身体中についた茶色く色あせた草たちを払いながら、八雲丸さんは、やれやれといった調子で言う。


「フリースお嬢、どうもあんたは、『魔女』って言われるのが気に食わないみてえだな」


 八雲丸さんの言うとおり、魔女といわれた瞬間に、フリースの顔が崩れた。怒れる狼状態となって腕を両側に大きく広げた。


 瞬間、彼女を中心に氷が広がった。


 壁も、土も、彼女を中心に氷に侵略されていく。


 八雲丸さんは、剣を振り抜いた風圧で飛び上がり、これを回避。


 これ、けっこう、いや、かなりまずいんじゃないのか。


 観客席の最前列にいる俺のところにも氷が迫っている。このままだと氷像(ひょうぞう)にされてしまう。


 俺は避難しなければ大変なことになると思って、


「みんな、氷がくる! 下がったほうが――」


 と言いかけて、振り返ったのだけれど、観客席にはもう誰もいなかった。とっくの昔に、みんな室内に避難していたわけだ。


「ええっ、避難するなら俺にも声かけてよ……」


 ひどい寂しさを覚えながらも、氷が来る前に退避を試みる。


 俺が通路に入り込むのを待っていたかのように、氷が観客席をも支配してしまった。


 オトキヨ様のいる特別観覧室は気温差でガラスが曇っているようで、甲冑女のマイシーさんが内側から必死にゴシゴシしていた。


 八雲丸さんは刀を地面に投げ刺し、その上に片足で爪先立ちすると、おもむろに(ふところ)へ手を突っ込んだ。


 天幕の(まる)い穴から雪が降る。


「こりゃ動きにくくなっちまったな。天も地も氷だらけで、完全に敵地だ」


「…………」フリースは黙っている。


「だがよぉ、まだ全然こんなもん本気じゃねえよなぁ?」


 また無言を返した。ここまで一言もしゃべっていない。


 もしかしたら、しゃべらないのではなくて、しゃべれないのかもしれない。


「やれやれ」と八雲丸さん。「本当は使いたくなかったんだがな、あくまでおれをシカトして本気でやらねえってんなら、やるしかねえか」


 剣士は懐に入れた手を取り出した。手には、竹串のようなものを持っていた。


「八重垣流、秘剣! 神化串!」


 プラムさんと同じ技を使うようだけれど、短髪だからか髪には刺さなかった。竹串を耳の上に載せた。


 次の瞬間、男の姿が消えた。


 かと思ったら、フリースが観客席に飛ばされてきた。


 俺がいる通路のすぐ近くに落ちた。


 瞬時に雪のクッションを作って、大ダメージを回避したようで、粉雪が舞い踊っている。


 細かな雪の粒子の向こうに、彼女の横顔がぼんやり見えている。やはり耳のあたりに紅いオーラが見えている。


 今度は、フリースの目の前で、一瞬だけ八雲丸さんの姿が見えたかと思ったら、客席だった石段がひび割れ、そして爆砕した。


「本気で戦え! 魔女!」


「…………」


 直撃したかに思われたが、青い布がひらりと宙に舞い、通路の前に立った。


 俺の目の前に舞い降りると、腕を交差させて氷の防壁を張った。


 ちょっとここで戦われると俺の命の危機なんじゃないかと思ったけれど、それより何より、俺が気になったのは、


「やっぱり、耳が紅く光って……。偽装……?」


 そうだ。三歩駆け寄れば触れられる距離に来てもらったことで、ようやくハッキリと見えた。


 白い肌、ゆったりとした青い服、白銀の髪。そして、頭の両側にあった紅いオーラの中身が、長く尖った耳であることがわかった。


「エルフ?」


 俺が呟いた時、フリースさんは驚いた表情でこちらを見た。


 なめらかな肌、驚き見開いた瞳の奧に、初めてポジティブな表情の変化をみた。フリースは固まったまま俺を見つめ、俺も呼吸を忘れて彼女を見つめた。


 ああ本当に、儚く美しい。


「――やべえ、ラック、よけろ!」


「え?」


 八雲丸さんが空気を蹴って飛んできていて、透明な氷の板をいくつも破り、どういうわけか俺に向って一直線。


 避けろとか、そんなこと言われても回避スキルなんて無かった。


 突然に、俺の意識は飛ばされた。




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