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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第四章 足踏み
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第77話 元大勇者と次期大勇者(1/2)

 戦いの後、運ばれていく血染めの女の子を見送った後、八雲丸さんは言った。


「さてと、それじゃ、おれはちょっと用事があるんで、このへんで……」


 そう言いながら俺のところに戻ってこようと歩き出したのだが、天から、いや正確に言うと天幕あたりの高さに浮かんだ拡声器から、引きとめる幼い声が響いた。


「つまらぬ! つまらぬ、つまらぬつまらぬ!」


「え」


 これには八雲丸さんも俺も他の観客も戸惑いを隠せない。じゅうぶんにいい勝負だった。立ち向かうプラムちゃんは速い、上手い、かわいいの三拍子揃っていたし、立ちはだかった堅く高い壁としての八雲丸さんだって、多彩な剣技を見せていた。


 けっこう面白い試合だったと思うのだが。


「八雲丸! おぬし、全ッ然わかっとらん! わしは下克上(げこくじょう)が見たかったのじゃ。かわいいかわいいプラム嬢が、油断したおぬしを倒して自信をつけるのを期待しとったのじゃ! それを、なんと大人げない!」


「いや、え? そうは言いましても、あの秘奥義、神化串(かみかくし)強靭(きょうじん)な肉体が必須の技なんですよ。それこそ防御スキルとかと組み合わせて使うようなものでして……プラムちゃんはマジで無茶しすぎだったんで、そこんところ、ちゃんとわからせないと……」


「言い訳はやめい!」


「えぇ……?」


「そもそも、実力に差がありすぎた。誰じゃ、こんな試合を組んだの」


 やりたいって言いだしたのはプラムさんだけども、やれって言ったのはオトキヨ様だったはずである。あんただよ。と言いたいが、オトキヨ様というのは高貴な人らしいし、そんなツッコミを入れていいものか。


 すると頭上から、別の声が割り込んできた。


「お言葉ですがオトキヨ様。今の試合を提案されたのは、オトキヨ様です」


 知的な感じのアルトボイス。これは、たぶん側近の鎧美女だ。名前は、何だったか、ええと、たしか、マイシーさんだったかな。


「む? そうじゃったか? マイシーが言うなら、そうか。だが謝らんぞ。つまらぬものは、つまらぬからな」


「どうしろってんだ……」と八雲丸さん。


「マイシーよ、八雲丸と同レベルのヤツはおらんか? やはり実力伯仲の本気(マジ)な戦いが見たいのじゃ」


「お言葉ですが、八雲丸様の真の実力は大勇者レベルと言っても過言ではありません。今の私でも勝ち目が全くありません」


「では大勇者を呼んで来い。この平和な世、戦闘狂のあやつとか暇で暇で戦いに飢えておるじゃろう?」


「それが……行方不明です」


「はあぁあ? なんじゃと? 魔王にやられたのか? あの大勇者まなかじゃぞ?」


「いえ、魔王はもうほぼいなくなりましたので、それはありませんが」


「じゃあ他の勇者や冒険者にでもやられてしもうたのか?」


「あの、その、実はですね……大勇者をやめて田舎でレストラン開くと宣言したため、脱退の儀式を行うことになり、他の大勇者全員にわりとヒドイ傷を負わせて脱退しました」


「なんじゃそれ。聞いてないんじゃが」


「申し訳ございません。居場所を突き止めてから報告しようと考えておりまして……」


「まあよいが……そしたら大勇者で戦える者はおらぬということか?」


「ええ、重要なポストについてない大勇者は全員、治療施設に送られてます」


「アリアもか?」


「一番の重症です」


「セイクリッドもか?」


「いえセイクリッド様は、まなか様とは戦っておりませんが……ですが重要な役目がありますので、お連れするのは絶対無理かと」


「うぬぬ……」


「ですので、先ほどの戦いで満足されてはいかがでしょうか?」


「何をつまらぬことを! この近くには、ほら、あれがいたじゃろ、ひきこもりの」


「あの方ですか……」


「あやつで良い、連れてくるのじゃ」


「どうですかね、ちゃんと従うかどうか」


「なんじゃ、びびっておるのか? マイシーよ」


「正直に申し上げますと、その通りです。私が来る前に、大勇者をクビになって力を封印された人でしょう? めちゃこわいです」


「大丈夫じゃ、取って食ったりせんはずじゃぞ。おとなしいもんじゃ。なんならわしが行って連れてきてもよい」


「いえ、オトキヨ様にそのような手間をかけさせるわけには」


「だったらとっとと行ってくるのじゃ!」


「かしこまりました!」


 特別観覧室からマイシーさんが出て行き、かと思ったらすぐに観客席に現れ、闘技場の天井に貼られた幕の穴から出て行った。


 オトキヨ様の声は、再び剣士に向けられる。


「……聞いたな、八雲丸よ。おぬしより強いやつを連れてきてやるからな!」


「おれ、何か悪いことしましたかねぇ……」


「わしを退屈させた罪、せいぜい名勝負で晴らすがよい!」


  ★


 小さく細い女の子だった。


 白い肌、青き衣、足元は白い素肌のままで、つまり裸足。白銀の髪をそよ風になびかせ、口をきゅっと結んでいる。レヴィアと同じくらい幼い見た目だけど、レヴィアと比べると圧倒的に無表情で、なんとなく俺を不安な気持ちにさせた。


「…………」


 さっきから彼女は一言もしゃべっていない。


 淡いブルーの瞳で対戦相手を見つめてはいるけれど、そこに何の色も帯びていない。


 闘争心のかけらもなく、本当に戦えるのか疑問だし、そもそもあまりに細く儚くて、八雲丸さんの強さに太刀打ちできそうに無いように思えて、俺は、ものすごく心配せざるをえなかった。


 ついでに言うと、遠くてボンヤリとしかわからないけれど、彼女の耳のあたりが、ほのかに赤く光っていた。


 赤い光を放つ耳飾りでもつけているのだろうか。


「ヘヘッ、まさか、あんたと戦えるとはな、相手にとって不足なしだ」


 八雲丸さんは、やる気満々。武者震いまでしている。かなりの強敵なのだろうか。


 そして天井からノリノリの声が響く。


「さあ二人とも準備はよいか、よいなら始めるぞ?」


「いつでもいいぜ」と八雲丸さん。


「…………」青白い謎の少女は答えなかった。


「――始めじゃ!」


 あれよあれよという間に戦闘開始である。


 この女の子が一体誰なのか、全く情報を与えられないまま戦いを見せられようとしている。


 せめて選手紹介でもしてもらえたら、初心者の俺としては助かるのだけれど……。


 だが仕方ないだろう。たぶん、この闘技場は素人お断りの神聖な戦場なのだから。きっと強いやつリストみたいなのは皆の頭に入っているのが前提に違いない。


 場違い感と疎外感を抱きながらも、曇りなき眼での観戦に戻ろう。


「ちょっと待ってくんな、フリースお嬢。さすがにこの半端な剣じゃあ、あんたを相手にするには無礼ってもんだ。ちゃんとした刀で試合させてくれ」


 敵を前に、転生者特有の透明がかったメニュー画面を出し、ポチポチと人差し指で操作していく。


 持っていた諸刃の剣の形状が、太刀に変化した。おおきく反りかえった刀身。


 これまでとは違った緊張感が戦場を支配している。


 そして、深く息を吸い、彼は腹の底から声を発する。


八重垣(やえかき)流、抜刀術、其の壱、(かや)(あらため)(きわみ)八連(はちれん)


 注連縄の防御術をベースに、ものすごく強化を盛った技を繰り出した。


 たくさんの注連縄が目の粗い籠のようになって回転し、ドーム状の防御領域を形成した。地下に縄が潜っているところもあるようなので、ひょっとしたら球状かもしれない。


「…………」


 無表情の対戦相手は、相変わらず、ぼんやりしている。


 戦意が有るのやら無いのやら、何考えてるのか分かんなくて、ものすごい不気味だ。


 八雲丸さんは、じりじりと前進する。ドーム状の防御領域も、八雲丸さんにくっついて動いていた。


 もどかしい。なかなかぶつかり合わない。


 達人同士の戦いは見えない(つば)ぜり合いから始まって、勝負が一瞬で決まるみたいな話を聞いたことがある。ひょっとして、今行われているのこそが、そういう不可視の戦いなのだろうか。


「本気でいくぜ、()大勇者フリース!」


「…………」


 青い服の少女は、来いとも来るなとも言わなかった。


 ただ虚空を見るみたいな目で、八雲丸さんを見ていた。


「八重垣流、其の(さん)(おぎ)


 剣士は技名を唱えたものの、何が変わったのやら分からない。注連縄の籠がぐるぐるめぐっていて見づらいというのもある。


「この技を出すには、刀を装備している必要があるんだ。何が変わったか、わかるか?」


 八雲丸さんは問いを投げかけたが、元大勇者フリースは答えない。未だに無言を貫いている。


 剣士はやれやれといった雰囲気で鼻息を漏らしながら、丁寧に自分の技を説明する。


「おれの刀を見てみな。形状が変化してるだろう?」


 見れば、防御領域の隙間からでもわかる。確かに全く変わっている。


 異形の刀。


 一本のまっすぐ平たい鉄剣から、左右に三本ずつ、枝のように刃が生えている。それに、もとの刀の輝きも美しかったが、いま八雲丸さんが持っている刀は、輝きの質が違う。神々しいというか、なんというか、とにかくオーラが違う。刀身自体はくすんでいるけれど、神々しき黄金のオーラがまぶしいばかりだ。


 曇りなき眼で見た時に偽装されたものが赤いオーラを纏って見えることがあるけれど、それとは明らかに違う。


 もしかしたら、これは曇りなき眼のもう一つの能力かもしれない。神器レベルの宝物を目の当たりにしたときに、黄金のオーラを纏って見えるなら、八雲丸さんの能力で呼び出されたものは、本物の神器ってことになる。


 どういう原理の技なんだろうか。


「この技は、少々異質でなあ、伝説や神話に出てくる神刀の霊魂を呼び寄せて宿らせることができる。斬れ味、見た目もさることながら、そこに宿った尋常ならざる霊力まで再現できるわけだ。自慢の技なんだぜ? なかなかだろ?」


 八雲丸さんの問いに、少女の姿をした元大勇者は口を開かなかった。


「返事は無し……か、いいぜ、打合いで会話しようじゃねえか」


 八雲丸さんは、縄の防御領域の中で、振りかぶった刀を振り下ろす。


七支刀(ななつさやのたち)!」


 強風が観客席を襲った。




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