第76話 八雲丸(4/4)
二刀を佩く身軽な女剣士と、肩にのみ鎧をつけた一本刀の男剣士が向かい合う。
「始めじゃッ!」
という天からの声を合図に、二人の剣士がぶつかり合う。
戦いは、二刀剣士、ぼろぼろ桃色ブラウスのプラムちゃんが一方的に攻撃を仕掛け続ける。四方八方、上下左右、次々と繰り出される多彩な攻撃。
しかし全て剣を抜きすらしない八雲丸さんに受け流されたり、かわされたり、全くダメージにならない。当たらない。
「この! このこのぉ!」
プラムさんは、明らかにムシャクシャしながら、めちゃくちゃに剣を振り回していた。
八雲丸さんは、彼女の剣を素手で弾き飛ばし、彼女がよろめき後ずさったところ、一気に距離を詰め、攻勢に転じた。ようやく剣を抜き、頭上から振り下ろす。
「今度はこっちの番だ! 簡単にやられんなよ、プラムちゃん!」
「うぐっ……」
苦悶の表情。二本の刀を頭上でクロスさせ、振り下ろされた重たい攻撃を受けとめた。
彼女は、じりじりと押されながらも、なんとか距離をとり、小刀を投げつけた。回避位置を予測して回り込もうと走り出す。
しかし、飛び道具は無効化される。二本の指の間に挟まれるかたちで、あっさり掴み取られた。避けるでもなく、肩の鎧部分で弾くわけでもなく、剣で弾くわけでもなかった。そもそも剣はすでに納められている。
プラムさんは危険を察知して急停止。再び飛び退いて距離を取ろうとしたが、素早く長い一歩で距離を詰められ、またも抜刀術で一閃、吹き飛ばされて、
「あうっ……」
壁に激突した。
八雲丸さんは余裕の笑みを浮かべながら、小刀を投げ捨て、納刀してから言うのだ。
「おいおい、プラムちゃん。そんなんで大勇者になろうなんて、六百年くらい早いぜ」
果してその言葉は、「うぅ……ぁ……」などと声を漏らしながら生まれたての小鹿のように立ち上がろうとしている彼女の耳に届いたのだろうか。
服はさらにぼろぼろになり、左肩なんか盛大に破けてしまっている。ブラウスの色もすっかり黒と茶色に染められてしまった。
が、彼女は客席からの応援を受けて、立ち上がる。
「まだやるかい? プラムちゃん」
「まだ……まだあ!」
突然だった。彼女は何を思ったか、自分の黒スカートをびりびりと破って動きやすいよう短くした。続いて、髪を後頭部で結い上げて簪で貫いた。途端に、彼女から発せられる圧力が増した気がした。
「秘剣! 八重垣流奥義、神化串!」
どうやら、プラムちゃんの必殺技のようである。
「へぇ、そんな超絶難度の技までやるようになったか」
「そうだよ。さっきまでのようには、いかないんだから!」
プラムさんが地面を蹴って走り出すと、先ほどまでとは比較にならないくらい、ぎりぎり目で追えるくらいのスピードで、彼女が走ったところに溝ができるくらいにパワフルな走りとなった。
巻き返しの予感に歓声が上がる。
髪に特殊な簪を挿すことで、自分の肉体を強化する術のようである。
「あああああああッ!」
四方八方から多彩な技を繰り出すのは変わらない。だけど、その精度、パワー、スピードが格段に上がり、彼女が動くたびに凄まじい風が生まれている。
やがて破裂音がして、八雲丸さんの肩に載せてる鎧に大きなヒビが入った。また観客が盛り上がる。
どうやら観客の皆さんは、下克上がお望みのようで、大半がプラムちゃんを応援していた。
しかし、見た目ほどには八雲丸さんにダメージを与えられていない。
「…………」
八雲丸さんは無言で鎧の傷に触れて、少し嬉しそうに笑う。ちょっと不気味である。
短髪剣士は、神がかった速さの攻撃をギリギリで受け流しながら、強化プラムさんに対抗する技を繰り出した。
「八重垣流、抜刀術、其の壱、茅!」
剣を抜き、その勢いで滑らかに回転して、自分を中心点にして円形に地面を切り裂いた。すると、古びた注連縄が虚空から出現し、八雲丸さんを守るように取り囲み、輪を描いて、回転しはじめた。
「そんなもので、守り切れる?」
「これでダメでも、次もあるし、その先もある。かかって来な。お前の秘剣がどの程度のもんか、確かめてやる」
「何さ、偉そうに! 油断して負けたって知らないからね!」
「まあまあ、いいから、本気で来い」
するとプラムさんは、懐から二本目の簪を取り出し、おもむろに髪に刺した。
「八重垣流、秘奥義……神化串、二本挿し!」
「ちょ、それはヤバイだろ!」
あわてた様子の八雲丸さん。
プラムさんが地面を蹴ると、爆発的に砂塵が舞った。すると、次の瞬間、異常現象が起きた。
――二人に分かれたのだ。
プラムさんが二人になり、四本の刀が一気に男を襲う。
分身の術というやつであろうか。しかし、どうやって? 偽装スキルは使われていない。曇りなき眼で凝視しても、赤いオーラが出てこない。だとしたら……速すぎて残像が見えているということ?
八雲丸さんの出した回転注連縄はあっという間にバラバラにされ、地に落ちるまでもなく粉になって消えた。すぐさま八雲さんは剣を抜く。
「八重垣流! 其の肆! 檜!」
大地を踏みしめ、剣を横に向けてもう片方の手を刀身に添えると、樹木の皮のようなものが広がり、壁となって、嵐のようなプラムさんの分身連続剣技を跳ね返した。
回転しながら着地した彼女は、
「これでもダメ……? じゃあ、三本挿し!」
プラムさんは三本目の簪を取り出し、またまた結んだ髪に刺した。
「おいおい、もうやめとけプラムちゃん! 手足がちぎれるぞ!」
「まなかさんと一緒に戦うためなら、このくらい!」
よく見ると、彼女の身体中から血が噴き出している。高速戦闘に身体が追いついていないのだろう。
見ていられない。目を背けたくなる。
それは八雲丸さんも同じように思っていたようだ。「ったく……」と眉間にしわをよせながら、一度剣を納め、再び抜き、地面にストンと刺して、
「八重垣流、其の陸、芝」
すると、茶色い地面から緑の草が生えてきて、ものすごいスピードで伸び、プラムさんの足に絡みついた。
「なっ、卑怯!」
「だってよぉ、このままじゃプラムちゃんが死んじまう。さっさと降参してくれなきゃ、おれが殺らなきゃいけなくなっちまうだろう」
プラムさんは、膝にまで達した絡みつく草を千切ろうと、うつむき、手を伸ばし、ぶちぶちと草を掴んでは抜き、掴んでは抜きを繰り返し、やっと足を動かせる段階にまで至る。ここまでくればこっちのものとばかりにニヤリと笑うプラムさんだったが、しかし、
「八重垣流、其の弐、葦」
八雲丸さんの抜刀術によって、今度は土が液状化した。
ぬかるみに足をとられて、移動ができなくなった。
「このぉ!」
プラムさんは苦し紛れに右手で小刀を投げつけた。さっき投げたのとは比べ物にならない威力とスピ―ド。風切る音を置き去りに、八雲丸さんに向って一直線。
今度は手で掴まなかった。即座に抜刀した剣で弾いた。
あまりにも異次元な戦闘を繰り広げてしまったためか、いつしか観客席はもう声を発する人はいなかったから、ざくり、と小刀が土に突き刺さる音、カキン、と鞘に剣が納まる音が、とてもよく響いた。
「いててて……シビれるなぁ。さすが神化串三本は半端じゃねえなぁ」
「…………」
「だが、今のでもう、右手は動かないだろ? 骨も筋肉も神経も、言うことを聞かなくなったはずだ。短期間で神化串を習得し、二本まで挿せるようになってたのは正直驚いた。けどな、二本目から先は、五年早いぜ? な?」
「うぅ……」
「痛みで返事もできねえか……。無理もねえ。どうだ? もう十分だろ? このへんで降参してくれねえかな」
「まだ……まだぁ……!」
これだけ圧倒されて、まだやる気が残っているようだ。すごい負けず嫌い、すごい根性である。すぐに諦めて引きこもる俺とは大違いで、本当に尊敬せざるをえない。
「大勇者になりたいからって、焦りすぎなんだよ、プラムちゃん」
「うるさい! 子供あつかい……すんな! 神化串……四……本目ぇ……」
だんだんかすれていく声だった。痛ましい。左手に持った簪を頭の上に持っていこうとするが、簪はするりとこぼれ落ちて、沼化した地面に落ちて汚れた。
「仕方ねえ、気は進まねえが、倒して言うこと聞かすしかねえか」
八雲丸さんは、フゥと大きく息を吐き、目を閉じた。
「八重垣流、抜刀術、其の伍、竹」
カッと目を見開き、「こいつは、まだ鍛錬中の未完成技だからな、外しちまったらゴメンな」などと言いながら、勢いよく抜刀した。
途端に、八雲丸さんの持っていた諸刃の剣は、一瞬で伸びて、伸びて伸びて伸びて、彼女の刀を二本とも弾き飛ばし、腹部を突き刺した……かに見えたけれど、響いた音は、鈍い音だった。それに、仰向けに倒れた彼女の上半身は鮮血に染まっているものの、剣が突き刺さったり、穴が開いたりとかはしていなかった。
とはいえ、気を失って倒れていることには変わりない。
「プラムちゃん!」
倒した張本人が心配して誰よりも早く駆け寄って、「医者を呼んでくれ!」などと言って、頭を撫で、彼女の髪に刺さっていた簪を抜き取った。
これにて決着。八雲丸さんは圧倒的な力で、順当にプラム・イーストロードさんを倒したのだった。