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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第四章 足踏み
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第75話 八雲丸(3/4)

 さあ、ここからプラムさんの反撃だ。と思いきや、彼女はきょろきょろと首を振りまくっていた。砂ぼこりは落ち着いていたが、要するに、敵を見失っていた。


 まぶしすぎる電撃によって目つぶしされたのかもしれないが、おそらく違う。見失うのも無理はない。今の斧男は普通の人には見えない状態なのだから。


 偽装スキル。


 だから俺の目には見えている。彼女の背後からコソコソ接近している。


 これが斧男の奥の手なのだろうが、曇りなき眼というスキルは、偽装スキルによって隠された真実を赤いオーラを纏う形で表示してしまうのだった。だから、どれだけ忍び足で近づこうが、丸見えである。


 しかし、他の人は、俺みたいな酔狂なスキル振りはしないので、見えないというわけだ。


「ん? 敵さん、どこ行ったぁ?」八雲丸さんは眉間にしわを寄せた。


「彼女の背後から忍び寄ってます」と俺は答える。


「何? 見えねえが……ラックには見えるのか? 何で?」


「それは、敵がスキルで隠れてるからですね」


「スキルだぁ?」


「偽装スキルです」


「なんとまあ、戦闘中に偽装でカクレンボとはな。男らしくないヤツ。そもそも、偽装スキルになんか振ったら戦闘ステータスが大きく下がるってのに……」


「そうなんですか?」


「そうだぞ。ラックも偽装が見破れるってことは看破スキルとかにでも振ってるんだろうが、戦闘能力にマイナス補正をかけちまうからな」


 看破スキルとは知らないスキルだが、それはともかく、こういうスキルポイント振りの話ができるってことは、八雲丸さんは転生者なのだろうか。八雲丸さんは話しやすいから、ちょっと聞いてみようかな。


「八雲丸さんは、転生者なんですか?」


「ん? ああ、まあな」


「やっぱり」


「だから当然ながら、おれの本名は八雲丸ってわけじゃねえんだ。おれんとこの海賊の船長は船の名前を名乗るってのが、しきたりでな」


「あれ、でも海賊団は解体されたんじゃ……」


「そうなんだけどよ、しょうがねえのよ、その名前で慣れちまったから、おれも他の仲間も、それ以外の呼び方は考えられねえっていうかさ……あ、そうだ。おれのほかにも、ナントカ丸って付くヤツがいるからよ、もし、そいつらとモメたら、おれの名前を出せば、たいていは何とかなるぜ」


「どのくらいいるんです? ナントカ丸」


「船長級が名乗るもんだから、もう残ってるのは三人くらいだろうな。昔は百人以上いたけどよ、今となっては、出会う方が奇跡かもしれん」


「なるほど」


 じゃあおぼえてなくて大丈夫だな、などと思いながら、闘技場を見下ろすと、斧男がついにプラムさんに斧を振り下ろすところだった。


 響く金属音。


 左手の刀で敵の渾身の一撃を痛みに顔を歪ませながら受け止めると、右手の刀を喉元に突きつけた。


 防がれた斧男は驚きの表情のまま固まっていた。偽装して隠れていたはずなのに、なぜバレたのかという顔だ。


「見事な反応だ。腕を上げたな、プラムちゃん」


 二刀流女剣士の勝利を見て、感慨深げに、八雲丸さんは言った。


 斧男は膝をつき、手を腰の前でクロスさせる姿勢をとった。どうやらあれが、この世界での降参や従属を示すポーズらしい。


  ★


 闘技場の中央、円形の大地の上には二人の剣士。


 八雲丸さんとプラムさんの戦いが開始されようとしていた。


 なんでこうなったのか。


 八雲丸さんといえば、観客席の上の方から、プラムちゃんの勝利に目を細めて喜んでいたというのに、どうして仲間のはずの二人が戦わねばならぬのか。


 それは、プラムさんがそう望んだからだった。


 斧男との戦いが終わり、敗者がもともと猫背な背中をさらに曲げながら退場した後、プラムさんは観客席にいる知り合いに気付いた。


 手をぶんぶん振りながら、「おーい! やくもーん!」などと、俺の横にいる人を呼んだのだ。


 八雲丸さんは、「見つかったか、腕を上げたな」などと呟きながら、人がまばらな観客席の最前列へと向かった。俺もついていって前の方にいく。


 相変わらず見下ろす形になるが、声が届く距離にまで彼女が駆け寄ってきた。


「やくもん! 見てたの?」


「ああ、途中からだがな、強くなったな、プラムちゃん」


 彼女はエヘヘと嬉しそうだった。


「けどな」と八雲丸さん。「ちょっとは防御スキルにも振っといたほうがいいぜ」


 すると、彼女はフフンと誇らしげに言うのだ。


「でもさぁ、まなかさんは防御なんて飾りだって言ってたもん」


 あ、この子、長生きはできなさそうだな、と俺は思った。


 大勇者まなかさんのスキルの振り方は、当たらなければ問題ないという姿勢であり、攻撃に全ステータスを振るという、選ばれし者のバーサーカー仕様である。おそらく、その憧れの大勇者の真似をしているんだろうけど、そんなやり方で、よくも今まで生き残ってこれたものだ。


 そしてプラムさんは、戦いを終えた後でぼろぼろだってのに、八雲丸さんに向かって、


「ちょっと戦おうよ、やくもん」


 などと(すす)まみれの顔で言うのだ。


 八雲丸さんは、しかし、戦う気などないようで、


「そうは言ってもなぁ、おれ今日は戦士として来たわけじゃないんだ」


「じゃあ何しに来たのよ」


「ちょっと控室で人材を漁りにな」


「え? なに?」プラムさんは目を輝かせた。「おっきな仕事があるの? あたしも行きたい!」


「いや、そんな弾んだ声で言われてもな。おれの次の任務は大したことないやつだし、そもそもここに来た理由ってのは、ここにいるラックっていう人が、ミヤチズまでの腕利きの護衛ってやつを探してるんだ」


「なんだ、つまんない」


 プラムさんはそう吐き捨てたけれど、もういっそ、八雲丸さんやプラムさんがボディガードとして一緒に来てくれたら、解決なんじゃないかと思うのだが、どうだろう。


 ちょっと提案してみるか。


「あの、よかったら、八雲丸さん。次の任務ってのをキャンセルして、八雲丸さんとプラムさんが、俺の護衛を……」


 と、言った時にはもう、俺の話題は終わっていて、俺の話など二人は聞いていなかった。


「ねえ、やくもん。()ろうよぉ」


 甘えた猫なで声を出すプラムちゃん。


「おいおい、勝手に試合組むわけにはいかんだろ。まして、今日は御前試合だぞ?」


「大丈夫だいじょうぶ。オトキヨ様なら、きっと認めてくださるはず」


 そしたら、


「――よかろう、わしが許す!」


 観客席は、突然に降り注いだ頭上からの音声にざわついた。


 頭上の拡声器からの声は若い女性のものだった。いや待て、若いというよりか、幼いというべきか。いずれにしてもこの声に老人感あふれる口調というのは困惑せざるをえない。「わし」とか言ってるし……。


 頭上からの幼い声はなおも続ける。


「ちょうど、退屈しておったところじゃ。順当すぎる結果じゃったからのぅ。八雲丸どのならば、わしを楽しませる(すべ)を心得ていよう。特別に許すゆえ、存分に戦うがよい」


 この声に、「やったー」とプラムさんは飛び跳ねた。


「ちっくしょう、こうなっちゃ断れねえ。しようがねえか……」


「八雲丸さん、オトキヨ様って、女の子なんですか?」


「ん? まあそういう御姿だわな。あそこに特別席あんの見えるか?」


「ええ、見えますね。ガラスばりの特別席。……年上の鎧美女、小柄黒フード、老人……クッ、さっきと並びがちょっと変わっているけど、この中で老人っぽい喋り方をしそうなのは明らかに右のおじいちゃん。だけど、女性の声だったから鎧美女? だとしたら年上だから良くないことが起こる気がするけど、あの人はマイシー様という技のスーパーマーケットみたいな人って話だし。そもそも年上っぽい声じゃなかったロリ声だった! じゃあ真ん中の小柄黒フードなのか? クッだとしたら顔が見えない、見えないじゃないか! 俺の目をもってしても見えない!」


「え。なんだお前、やたら興奮してっけど……オトキヨ様のお姿に興味あんの?」


「八雲丸さんは、見たことあるんですか?」


「いや、ねえな。いつも黒い衣で全身を隠してっからなぁ。ごく近い人しか素顔知らないだろうよ」


「見たいと思いません?」


「思わんなあ」


 普通はそういうものなのだろうか。


 俺としては、オトキヨ様という御方を知らなかったことを理由に、いろんな人から罵声(ばせい)を浴びせられた記憶があるから、どういう人なのか確認しなければという感覚になっていたのだが。


「ていうか、八雲丸さん。考えてもみてください。顔も見せない人が治めてる世の中って不安じゃありません?」


「そうでもないなぁ。神様ってえのは、そういうもんだろ? 姿なんか見せなくてもさ、おれたちを見守り、導いてくれてんのよ。見た目に惑わされちゃダメだぜ、ラック」


 見た目じゃない、か。似たようなことを、カードマニアの誘拐合成獣士にも言われた気がする。


 そんなところで、下の戦闘フィールドから、「ちょっと」と眉間にしわを寄せたプラムさんが、ねだるように、


「ねぇヤクモォン。はやく()ろうよぉ」


「おう、そうだな。いつまでもオトキヨ様を待たすわけにもいかん。じゃ、ラック、ちょっと待ってな。軽くひねってくっからよ」


「あ、はい……」


 八雲丸さんは竹でできた柵を軽々飛び越えて、戦場に降り立った。


 そして、すぐに振り返って俺を見上げて言うのだ。


「おいラック! ちょっくらおれの技を見せてやっからよ、よく見ときな」


 余裕の笑みを浮かべながら。


 曇りなき眼で見させてもらうとしよう。




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