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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第四章 足踏み
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第73話 八雲丸(1/4)

 一応、無理だろうとわかっていながらも、またしても長蛇の列に並び、紹介状なしで護衛任務を依頼しようとしてみたけれども、やはりというべきか、俺よりも遥かにレベルが下の駆け出し冒険者をあてがわれそうになり、丁重にお断りしたのだった。


 どうやら、和風冒険者さんに「いい場所」とやらを紹介してもらうしかなさそうだ。


 というわけで、フレイムアルマ広場に戻ってきたわけだが、まだレヴィアは戻っていないようだ。伝言鳥はそのままベンチの背もたれにとりついたまま彼女を探すように定期的に首を振っていた。


「あ、さっきの……」


「おう、来たか」


 和風冒険者さんは俺が来たことに気付くと、目を細めて白っぽい煙を吐いた。


 アンジュさんの吸っていたタバコとはちょっと違うタイプ。パイプをふかしていた。


 さすが大都会ネオジュークの冒険者はオシャレである。


「あの、俺はラックっていうんですけど、あなたの名前は?」


「おれか、おれは、八雲丸(やくもまる)ってんだ」


「八雲丸さん。船みたいな名前ですね」


「ああ、川を主戦場に海賊をやってたんだが」


「海賊……ですか」


 山賊は山、海賊は海、だとしたら川なら川賊なんじゃないのかと思ったが口には出さなかった。


「ああそうさ。魔王討伐そっちのけで、毎日愉快に略奪して暮らしてた。だが、ある時、レベル低いからカモだと思って襲ったら、そいつが超強いやつでな、完膚なきまでに叩きのめされて、きつーく説教されて、二度と(ぞく)っぽい行為に及ばねえように約束させられたのよ」


 どっかで聞いたことある話だ。


 あれはそう、たしか、この世界に来たばかりの頃、とある山賊を倒した超強い冒険者が、二度と山賊行為をさせないように誓わせたという出来事があったという話を聞いた。


 山賊と海賊の違いがあるけども、要するにそれは……。


「聞いて驚け、ラック。そのおれを倒した人の名前は、あの、大勇者まなか!」


 やっぱりか。


「あれ、ラック、お前、全然驚かねぇのな。まさか大勇者まなかを知らねえなんてことは無いよな?」


「いえ、俺も家を爆破されましたから」


「え、お前なにしたの?」と八雲丸さんは煙を吹きながら流し目で、「普通に説教される時に小突かれただけで拷問みたいに痛かったぞ。家トバされるなんて、よっぽど悪党だったんだな」


「へへ、まあ、そうっすね」


 なぜか否定せず、悪者っぽい笑いをしてしまった。


「じゃあ、ラックも大勇者まなか様に更生さしてもらったクチかよ」


「その通りです」


 俺は八雲丸さんの細い目を見ながら頷いてみせた。


 いやまあ、ギリギリ嘘ではないだろう。どんな理由であれ、引きこもりは不善(あく)だったし、俺を否応なく引きずり出すきっかけを作ったのは、あの地形を変える召喚術「堕天(エンジェル)灰燼殺(デストロイ)」だったのだから。


「おいおい、親近感湧いてくるねぇ。金さえもらえりゃ、おれが護衛してやってもいいんだけどよ、残念ながら、もうさっき別のギルド任務受けちまったのよ。地下に潜る仕事だから憂鬱だぜ。お前さんの方はどうだい? つっても、見つからねえから広場(こっち)に出てきたんだろうけどよ」


「いやもう、なんていうか、都会は本当に人の心がすさんでますねぇ」


「だろ? おれは山とか川とか、自然の中で育ったからよ、正直、ネオジュークの町は息がつまるぜ」


 だったら、何故ネオジュークで仕事を受けたりしているのだろう。


 俺がその疑問を抱いた時、八雲丸さんは俺の思考を見透かしたように、言うのだ。


「でもな、金を稼ぐには、ネオジュークが一番効率がいいんだ」


 彼は、手にもったパイプを、ペン回しをするようにくるんと回転させると、再び咥えて煙を吐く。


「さてとラック、そいじゃ、そろそろ行くとするか」


 怪しい笑いで言われたので、俺は緊張しながら、「わ、わかりました」と言った。


  ★


「なんか、異常な場所ですね、八雲丸さん」


「だろ? おれも最初きたときはイカれてるって思ったね」


 ネオジューク郊外の、森の中。


 ここに至る道中、道なき道を通ってきた。草は生え放題だったから、剣で道を斬り拓いて進まねばならず、襲ってくるモンスターは軒並み強そうだった。


 そして辿り着いたこの場所には、まるで廃屋という見た目の朽ちかけの教会。不規則にひび割れた壁は、昔は白かったようだが、今ではくすんで灰色に見えるほどだ。


 しかも、朽ちかけの教会に見えていたのは、廃屋ですらなく、なんと横から見るとただの石板。教会の絵が描かれた石板がズドンと鎮座しているだけであり、要するにトリックアートの張りぼて。


 建物の右側には縄が巻かれた無駄に巨大な樹木が根を張っていて、その周辺には、背丈くらいの墓石らしき石柱が林立している。


 石柱は、古いものもあれば新しいものもある。


 不気味すぎて現実世界だったら絶対に近寄らなかっただろう。


 だいたい、この明らかに意味をもって並べられている石の柱は何だ。墓に使う石としては、だいぶ細いように思えるけれど……。


「八雲丸さん、これは……お墓ですか?」


「ああ。よくわかったな。まあそんなとこだ。だがそこに御遺体があるわけじゃあねえよ。ここでの儀式に参加して死んだ奴らの鎮魂のために、一人死ぬたびに名前を刻んで建ててやんのよ」


「儀式? 死ぬ?」


 なんという不穏な響き。


 そんでもって、極めつけは、板の裏からゆらりと現れ、教会石板の扉が描かれた部分の両側に立った二人の仮面をつけた女だ。片方は牙をむいている狼の仮面。もう片方は立派な角をした鹿の仮面。直立したまま微動だにしないので不気味さ倍増である。


 仮面女子が羽織っている衣は、この世界では珍しく真っ白。穿()いている袴は鮮血のように鮮やかなレッド。それは、そう、まさに巫女だった。


 幸いに、というべきか、背丈や手指の肌つや、そして全体の雰囲気から察するに、俺よりずっと若い幼い少女のようで、つまりは年下の女子であるから、さほどトラウマを刺激してこないのはよかったけど……。


 いやいやでもでも、それにしたって仮面の巫女は怪しさ満点。


 まさか、これから俺は、何か危険を伴う怪しげな儀式に参加させられようとしているとでもいうのか。またしても俺は騙されようとしているのかもしれない。


 どうする。逃げるか。でも、仮に八雲丸さんが俺を騙そうとしているんだとしたら、逃げようとしたら攻撃されてしまうかもしれない。八雲丸さんは少なくとも銀等級(シルバー)以上の冒険者だって話だ。その等級の本気の強さっていうのは、実際に見たことがないから、未知数である。


 けれども、彼の、ここに至るまでのモンスターを斬りつける正確な攻撃を見ていたら、かなりの戦闘スキルを持っていることは容易に想像できる。背中を見せた瞬間に微塵切りにされるかもしれない。


 ああもう、引き返そうにも道がわからないし、道中のモンスターは本当に強そうだったから一人じゃ絶対に死ぬだろう。


 どうすればいいんだ。


 レヴィアとの再会の約束を果たせずに、死にたくはないけれど、もはや自分の力ではどうにもならん。何せ、俺は鑑定検査スキルにあらゆるポイントを割り振ってしまったのだから。


 こんな状況になった以上、もう流れに身をゆだねるしかないじゃないか。


「おいおい、そんな捨てられた子牛みてえな顔してんじゃあねえよ、ラック。安心しな、別に取って食おうってわけじゃあねえ」


「じゃあ何なんです? この変な教会型の石板とか、仮面をつけた巫女さんとか、どう見たって怪しさしか無いでしょう……」


「まぁまぁ、本当に怪しいかどうかってのは、入ってみりゃわかるだろ。いいかげん、覚悟を決めな、男だろう?」


「そんなぁ……」


「さ、行くぞ」


 俺は八雲丸さんの大きな手に腕を掴まれて、鹿っぽい巫女の前まで来た。


 八雲丸さんは、銀色に輝くものをふところから出した。金属らしき材質の長方形プレート。お金かと思ったけれど、どうやらそれは、上級ギルド員の証のようだ。


 そのプレートが差し出されると、位置に着いてから今まで微動だにしなかった仮面巫女がプレートに手を伸ばした。


「う、うごいたぁ! 八雲丸さん、動きましたよ!」


「ちょ、静かにしてろラック、失礼を働いたら中に入れてもらえなくなっちまう」


「す、すいません」


 シカの頭をしてるほうの巫女は俺の無礼を気にすることなく透き通った感情のない声で言う。


「水銀クラスの剣士、マスター八雲丸様ですね。お連れ様は一名でよろしいですか?」


「ああ。今回は選手としてじゃなく、観客として入りたいんだがよ、こっちは見学で合ってるよな?」


「はい。こちらからは観覧席へご案内できます。気が変わって出場される場合は、お客様から見て左手側の巫女に話しかけてください」


「いや、このままでいい。入場させてくれ」


「では、扉を繋ぎますので、中央の扉からお入りください」


 仮面巫女が手をかざすと、石板教会の扉がギイイと開き、俺は短髪剣士に引っ張られながらその扉を抜けた。


 鈍い打撃音、刃の金属音、まばらな歓声。


 森の中にあったはずの石板の向こうは、さながら小さなコロッセオのようだった。




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