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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第四章 足踏み
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第72話 待機(3/3)

 ひとりになった。


 パーティメンバーは他に誰もいない。昔はこの状況に慣れたと思っていたけれど、いざ別れてひとりになってみると、とても寂しいと感じる。


 やはり俺が欲しいのは、ひとりで戦う強さよりも、みんなで戦う強さなのだろう。だから、新しい仲間を探そうと思う。


 本来なら、レヴィアのことを待っているべきなのだろう。信じて待っていると約束した以上、一瞬たりともあの場所を離れてはいけないのだろう。


 だって、俺がいない間にレヴィアが戻ってきて、そのとき俺がいなかったら、きっと寂しがったり、悲しんだりすると思うから。


 とはいえ、アオイさんとの約束を破るわけにもいかない。


 年上の女との約束を破ると痛い目を見るっていうのは、経験済みなのだ。


 具体的に言うと、大勇者まなかさんから受け取ったラストエリクサーの一件。必ず使えと言われたのに、一瞬で売り飛ばしたために、なんやかんやで指名手配され、ホクキオを追われる羽目(はめ)になったのだ。


 ゆえに、年上の女との約束を破ってはいけないし、年上の女の忠告は大切にせねばならない。


 レヴィアの用事ってのが、いつまでかかるか不明である以上、レヴィアを守るためにも戦力を整えておくべきだろう。


「探してみるか、ネオジュークギルドってやつを」


 俺はついに、何日かぶりにベンチから腰を上げた。


 レヴィアが戻って来たときのために、伝言鳥をレンタルしたまま置いておけば、ネオジュークギルドにいることは伝わるだろう。万が一、レヴィアが先に戻った場合には、その場で待っていてもらうよう手紙を書いておくことにしよう。


 いやはや、決断にずいぶん長い時間がかかってしまった気がするけれど、これが俺なのだから仕方ない。


 その決断力のなさによって良い方向に転ぶことだってあるのだから、誰にも文句は言わせない。


  ★


「ふぅ、ここはどこだろう?」


 迷った。


 これでもかってくらい迷った。


 軽い気持ちで「ショートカットだぜ」とか言いながら地下道に入り込んだら、まじでダンジョンそのもので、地上を目指しているはずなのに、全然たどり着けず、薄暗い階段で『地下四階』の文字を見つけてしまうとかいう最悪的な展開に陥ってしまった。


 焦った。


 これでもかってくらい焦った。


 もう帰れないなんじゃないかって絶望感に襲われた。


 赤黄色の炎が壁にそれなりに設置されていて、真っ暗闇じゃなかったのが救いだった。


 必死に足を動かして、足が棒になるくらいに歩いて、さらに地下に(いざな)われたものの、なんとか地上への昇降機(エレベーター)らしきものを見つけ、一心不乱に地上一階ボタンを連打して常昼の世界に戻ってきた。


 作り物の空を見てものすごく安心してしまったことについては敗北感をおぼえざるをえないが、それよりなにより、昇降機に表示されていた階数が、地下80Fまであったことについて、嘘だろうと叫びたい。


「ちくしょう、なんて町だ!」


 壁面には青空の絵。はるか一番高いところには白い螺旋状の炎が鎮座し、地下には深すぎるダンジョンが広がっている。奥が深すぎて恐怖を感じるので、さっさと東に旅立ちたい。


「さてと……ギルドはどっちだろうか。これは案内人が必要だ」


 隣にレヴィアがいてくれたら、地下ダンジョンにだって喜んで濳るのだが、あいにく今はひとりぼっちだ。


 早いとこ用心棒をつかまえて、愛しのレヴィアと合流しなくては。


  ★


 ネオジュークのギルドは、なかなかの迫力だった。


 黄みがかった石造りの建物で、神殿のような柱がいくつも建ち、細部にわたって壮麗な彫刻があしらわれている。


 床は磨き上げられた大理石で、多くの人が受付に列をなしていた。筋肉だらけの列もあれば、商人ばかりの列もある。ラーメン屋レベルのほどよい列もあれば、遊園地の人気アトラクションとか、博物館の有名絵画とか、そういうレベルの長蛇の列もある。


 とりあえず、一番短めの列の終点と思われるところにいた人に声を掛けてみる。どことなく和風な感じの冒険者風の男だった。左の肩にだけ鎧のようなものがついており、兜はかぶっておらず、短髪がツンツンしていた。刺繍が施された服や袴からは、東洋の風を感じる。


「あの、この列って……」


「ああ、ここが最後尾さ」


「なるほど、ありがとうございます」


「いいってことよ」


 俺は列の後ろに並んだ。


 それにしても、待機場所から目と鼻の先だったな。


 辿り着いてみれば、フレイムアルマ広場から見える目立つ場所にあったので、「あんなクソわかりにくい地図を描きやがって」と心の中で年上女に文句を言いたいところだ。指差して口で説明してくれれば一瞬だったじゃないか。


 と、俺が年上の女への不満をグッと飲み込んでやった時だった。


「少年、ギルドは初めてか?」


 さっきの目の前にいた和風冒険者さんが振り返り、半身になって話しかけてきた。


 現実世界で二十三年、異世界で十年。少年という年齢ではもはやないけれど、筋骨隆々な人が多い冒険者たちの列では、幼く見えるのかもしれない。珍しいものを見るような目だ。


「初めて、といえば初めてですね」


「そうか、ならこの列に並ぶべきじゃあないな。ここは銀等級(シルバー)以上の冒険者が来る窓口だ。まずは子供のお使いのような、簡単な仕事を紹介してくれる窓口に行くと良い」


 なるほど。短い列だからと飛びついたが、ここはベテラン用だったわけか。


「あ、でも俺、冒険者としてではなく、依頼がしたくて来たんですけど」


「あん? だったら、この列は違うぜ。あちらさんの長い列がそれだ」


 ざっと二百人以上は並んでそうな列だ。まことに憂鬱である。


「いや、これはどうも。不慣れなもので……。ありがとうございます」


「いいってことよ」


「それにしても、すごく混んでますね」


「まぁ、ここは争いの絶えねえ町だからなぁ」


「そうなんですか」


「人やモノが集まるところさ。いくら夜を無くしたところで、人の心の闇は照らしきれねえのさ」


 なにやら名言っぽいのを吐いてきた。冒険者ってのは、みんなこうなのだろうか。


「ちなみになんだが少年、その依頼ってのは、どんなのだい?」


「護衛です。ミヤチズまでの護衛を頼みたくて」


「ミヤチズか。道がちゃんと通ってるとこだから楽勝だな。報酬は?」


「えっと……手持ちだと……」


 俺は男に払える額を告げた。


「それっぽっちか。じゃあ低いランクの奴に……何? 大勇者クラス? そりゃあ、難航必至だなぁ。たしかにネオジュークには大勇者レベルと言ってもいい強え奴が大勢いるぜ。でも、金で動くやつが大多数だから、その程度の報酬じゃあ、まず無理だわな」


 ならばと俺は、自分の持つモノの中で最も高価な品を取り出してみせた。


「じゃあ、このスパイラルホーンの粉末をつけたらどうですかね。この量ならなかなかの価値が……」


「フッ物々交換か。このギルドじゃ、やめた方がいいぜ。おれも含め、現金の受け取り量を競う文化があるからなぁ。よっぽど食い詰めた冒険者でも無いかぎり、その護衛任務は天地がひっくり返っても引き受けないだろうよ」


「じゃあどうすれば……?」


「安く腕利きが欲しいってんなら、おれがいい場所を知ってるぜ。もしも、どうしても護衛が見つからねえって時は、しばらく外の広場にいるからよ、そん時は声をかけてくれよな」


「あ、ありがとうございます」


 俺は頭を下げ、冒険者の列を離れ、二百人の列の一人になった。


 それから、順番がようやく回ってきたところで、


「サウスサガヤギルドのラック様……ですか。初めての方は登録が必要です。あちらの列にお並びください」


 と言われて振り出しに戻され、おそるおそる偽造書類を使って新規登録を終え、再び二百人規模の列に並んで、やっとのことで順番が来た時、


「紹介状などお持ちですか? なるほど、紹介状をお持ちの方は、第二フロアになります」


 よく見たらこの受付の女は年上っぽかった。やはり年上の女と関わると、ろくな思いをしない。


 そんでもって、階段をのぼり、紹介状を持った人の列に加わったところ、しばらくして個室に案内された。


 扉を開いて中に入ると、部屋の中には男が一人いた。水色のシャツを着た、さわやかなイケメンである。彼にアオイさんからの紹介状を渡すと、座るように促された。


 さわやか男は紹介状の封筒を裏返し、差出人を見るなり声を弾ませた。


「アオイさんだと?」


 慣れた手つきで素早く封を破り、期待したような目で手紙に目を通した。


 かと思ったら全力で舌打ちして、紹介状を破き始めた。


 びりびりと。


 目を疑った。あまりに衝撃的だったために、声も出なかった。


 久方(ひさかた)ぶりのクソゲー感。


 男は、「フン」と鼻の奥を鳴らしながら、紙片を空中にばらまいた。


 あまりにもギルティ。


「えっと……あの、アオイさんと何か……」


「ああ? 貴様には関係ないことだクズが。出ていけ」


 えぇ……。


 このギルドおかしいだろう。さんざん待たせて並ばせた挙句、紹介状を手に仕事を頼みに来た人に向かって、暴言を放って追い返すとか、どんだけだい。


「いやあの、俺はただ仕事を頼みたくて――」


「帰れ」


 冷たい声とともに、突然風が吹き、「うお」と声を発したのも束の間、俺の身体は宙に浮かされ、ちぎれた紙くずとともに扉の外に出された。


 無情にも扉が閉められ、奥から木机を蹴飛ばしたような音と、


「やっと恋文の返事かと思いきや、普通に仕事の依頼だと? なめやがってクソ女が」


 などという怒りの声がきこえた。


 なるほど、アオイさんは、実にモテモテであるな。わからないでもない、見た目は大和撫子ふうの黒髪美女だからな。


 そしてあの男は、ふられたか、無視され続けているというわけか。いやはや、私怨を仕事に持ち込む暴力男は避けられて当然だから、まったく同情できない。むしろ、ふられて当然である。ここまで俺を不快にさせたのだから、よろしければ地獄に落ちればいいと思う。


 夜をなくしても人の心の闇を照らしきれないという、さっきの和風冒険者の名言が思い出される。


 ああそうだ、そういえば、さっきの冒険者といえば、こんなことも言っていた。


 ――安く腕利きが欲しいってんなら、おれがいい場所を知ってるぜ。


 まだ近くにいるかもしれない。フレイムアルマ広場に行ってみよう。




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