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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第四章 足踏み
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第71話 待機(2/3)

 アオイさんの説得はなおも続く。


「何よりさ、ラックくん。よく思い出してみて。転生者に偽装スキルを覚えさせてるとかいうけどさ、偽装スキルじゃなくてもいいじゃん」


「え?」


「だから、慈善事業をやりたいなら、偽装スキルじゃなくってもいいじゃん。農作物つくったりするスキルとかもあるわけだから、荒れ地を開墾して農場でもやればいいじゃん。なのに偽装スキルを限界突破した人をそろえようとしていて、しかもあんな巨大なビルを作らなきゃいけないくらい人数を集めるなんて、絶対おかしい」


「それは……」


「そもそも奴隷が身に着けてる建設スキルだって、大都会のネオジュークではいらなくなったけど、他の未開発の場所に行けばまだまだ必要としてるところはあるはず。なんなら、スキルリセットするアイテムを売って、大規模な工事を計画して、自宅警備員に成り果ててる彼らの仕事場を確保してあげればよかった」


「でも、建築や建設にだって限りがある。アイテムを売ってお金をつくるだけだと先の稼ぎどころがなくて……。それらはただの一時しのぎになっちゃうから、これから先も彼らの食い扶持(ぶち)を用意するために情報機関を作ったんじゃないんですか?」


「え? それは……」


「それに農業は天候に左右されて安定しないし、無限に獣や植物が元気に湧き続けるこの都合の良い世界では余程の事が無いかぎり食材が足りなくなることなんてないだろうし……」


「それは……えっと……そうとも言えるかもだけど……でもね、こっちの勘だと、あの組織は本当にヤバイ! 関わったらダメだよ!」


 結局は勘になってしまう。まったく俺の近くの年上の女ってやつはこれだから。


 まぁ、すべての女性がそうってわけではないのだろうけど、最終的に勘に根拠を求めることが多いというのは経験上知っている。もしかしたら勘だけでなく、感情論も入っているかもしれない。


「ケツむしりと呼ばれたことが、そんなに憎いんですか、アオイさん」


「そうじゃなくて! あーもうマジなの! こっちのカンがマジでヤバイって言ってるの! もしあんなとこに入ったらラックくんが危ない!」


 すごい剣幕である。


 ただ、その声や言葉からは、自分が嫌なあだ名をつけられたことに対する恨みよりも、俺の身を案じて、本気で心配して言ってくれているというのが伝わってきた。


「……アオイさんがそこまで言うなら、言うとおりにしますけども」


「よかった」


「でも、一回だけはこの人たちに協力したいです。レヴィアを助け出せたのは、彼らの情報のおかげですから」


「まあ一回くらいなら……とか言うと思う?」


「いやぁアオイさんなら絶対ダメって言いますね」


「こっちの経験から言うとさ、こういうのって、一回足を突っ込んだら出られなくなる」


「じゃあどうすれば……」


「どうしても御礼するって言うなら、別に作戦に協力とかじゃなくてもいいじゃん。高価なモノとかでもさ」


「俺が持ってる高価なものなんて、何もないですけど……」


「――エリクサー」


「え?」


「薬屋さんの倉庫に在庫があるからさ」


 と、そこにちょうどいいタイミングで、買い物に行っていた薬屋眼鏡さんが戻ってきた。


「何の話だい、アオイちゃん? 僕にできることはするよ?」


「エリクサーちょうだい」


「え」


 眼鏡は固まった。


「…………」


「…………」


 長い長い無言の後、アオイさんが追い打ちで「エリクサー」と呟いたところで、薬屋眼鏡は、大げさにも思える身振り手振り。全力で不満を表現した。


「ちょっとちょっと! アオイちゃん、あれは無理だよ! どんだけ高価だかわかってんの?」


「は? あたりまえでしょう。こっちはギルドの鑑定士だよ。無印エリクサーのアホみたいな値段くらい知ってる」


「冗談きついって! せめてスパイラルホーンくらいで勘弁してくれぇ!」


「そうですよ、かわいそうですよアオイさん」と俺もさすがに助け舟。


「だけどねラックくん。よく思い出してみて。レヴィアちゃんが誘拐されたのは誰のせい?」


 それは……俺とアオイさんが、偽装された看板の検査鑑定に行っていた間に、薬屋にレヴィアをあずけていたわけだから……。


「あ、薬屋っす」


「じゃあラックくんにお詫びする必要があると思わない?」


「思います。まじエリクサー出してくれって感じっす」俺はこくこく頷いた。


「はい決まり。連中にエリクサーを渡して、オリジンズなんとかっていう連中とは縁を切る切る」


「そうですね」


「ちょ、ちょっと! 勝手に話をすすめないでよ!」


  ★


 俺はこの広場から動きたくないので、伝言鳥レンタルサービスと新たに契約して、ハタアリさんに無印エリクサーを送った。レヴィアを救えたお礼と共に、協力はできないという内容の丁寧な断りの手紙も添えて。


 すぐに鳥が返って来た。足には返信が結び付けられていた。もちろんハタアリさんからの手紙である。


 読み上げてみる。


「さがしていた娘が無事とのこと、何よりじゃ。御礼の品、確かに受け取った。上質なエリクサーである。有難く使わせてもらうとしよう。それにしても残念じゃ、此度(こたび)の大きな作戦(ヤマ)は、おぬしの『曇りなき眼』ぬきでやらねばならんようじゃ。行く先々で『検査』の手間ができてしまうが、やむを得まい。しかし、我々はやらねばならぬ。我々原典派という人種は、強引に実権を握った聖典派の欺瞞を暴き、真実を求める者なのだ。いずれ、おぬしの道と我々の道が重なることを願うばかりじゃ。短い旅路となるであろうが、気を付けて行くがよい」


 ハタアリさんの組織との関係もこれで解決ってとこだろう。話の分かる人でよかった。


 きいていたアオイさんはすごく不安そうな顔をしていたし、薬屋さんはエリクサーを出させられたことで、しくしく泣いていたけれど、俺はひと安心。


 これで新しい旅に向けての準備はできたといっていい。レヴィアが帰ってきたら、すぐに東へと向かおう。


 目指すは書物のまち、ミヤチズだ。


  ★


 アオイさんと薬屋さんは、仕事があるからとサウスサガヤへ帰ってしまった。


 無理もない。アオイさんの話では、もう丸三日も経ってしまったというのだから。


「それじゃあね、ラックくん。くれぐれも気を付けるんだよ? できるだけ早く用心棒を雇ってね」


「いやだなぁ、何をそんなに心配してるんです? 別に誰かから命を狙われるようなこと、してないですから、大丈夫ですよ」


「そうかもだけど……どっちにしても、レヴィアちゃんが戦闘力を失いつつある今、ちゃんと補強をしないとミヤチズにたどり着けないと思うから、一刻も早く戦える人をパーティに迎えておいた方がいい」


 そのアオイさんの声には、なんとなく鬼気迫るものがあった。


「そこまで言うなら、探してみますけど」


「できれば大勇者クラスがいいわね」


 大勇者っていうと、まなかさんみたいな存在ってことじゃないか。


「そんな人、そんなにホイホイ転がっているわけないですよ」


 俺がへらへらしながら答えたところ、アオイさんは静かに怒った。


「……あのねラックくん。冗談で言ってるんじゃないんだよ? こっちには長年のギルド職員としての勘があるんだから、騙されたつもりで言うことをききなさい」


「騙されるなって言ったり、騙されろって言ったり、アオイさんは忙しい人ですね」


 そんな皮肉を放ってみたところ、アオイさんの怒りのオーラが一層強まった気がした。これ以上年上の女を怒らせるわけにはいかない。普段おとなしい年上の女ほど爆発したら手が付けられないのだ。


「……いや、わ、わかりましたよ」


「本当? 約束よ」


「ええ、約束します」


「絶対破っちゃダメだからね」


「わかりました。たしかに、親衛隊の人たちがしつこく追いかけてくるかもしれませんし、キャリーサが仕返しにくるかもしれない。用心棒とやらを探してみます」


「……そうね。素直でよろしい。じゃあネオジュークのギルドに紹介状書いてあげるから、ちょっと待ってね」


 アオイさんは、鞄からくすんだクリーム色の紙を取り出して、滑らかな筆致で流れるような文字を書いた。全然読めない。


「はいこれ」


 差し出された紙を受け取ると、パピルス紙のようだった。分厚くて丈夫な紙だ。


「これをネオジュークギルドの受付に渡せば、屈強なガードマン雇えるはずだから」


「ギルドは、どこにあるんです?」


「ちょっと待って、地図書いてあげる」


 今度はさっきより白っぽい紙を取り出して、そこにさらさらっと道を書き、建物をあらわす四角形やら三角形やらを書き込んでから手渡してきた。


 さっきとは違う感触。これは、和紙に似た肌触りだ。


 だが、それはともかく、そこに描かれたいくつかの図形を見て愕然(がくぜん)とさせられる。現在位置を示す「◎マーク」と、目的地を示す「×マーク」のほかは、筆の太い線でいくつかの雑な図形が不規則に置かれているだけだ。


 現実のネオジュークを反映しているとはとても言い難い。


 アオイさんのなかでははっきり道順がわかるのだろうが、これだけ渡されても、さっぱりわからない。せめて方角は記してほしかった。


「あの、アオイさん……これシンプルすぎて、わから――」


 しかし俺の訴えは彼女の耳には届かなかった。彼女は敬礼でもするように手のひらを頭の横に挙げると、


「じゃ、ラックくん。次は知的なミヤチズのまちで会いましょう!」


 そう言って背を向ける。続いて猫背の薬屋眼鏡さんも、「ラックくん、気を付けて。いつかエリクサーを返してくれると嬉しいな」と元気のない笑みを見せた後、アオイさんの背中を追った。


 嵐のような突然の別れであった。まるで俺からすぐに離れなきゃならなくなったかのようだ。


 そんな感じで、綺麗な黒髪美女のアオイさんと猫背の薬屋眼鏡さんは、乗客二人乗りの小ぶりな馬車を拾い、乗り込んで去っていった。




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