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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第一章 10年前
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第7話 ゆきずりの冒険者(4/10)

 転生者は、魔王を一柱、倒さない限り、この『マリーノーツ』と呼ばれる世界を抜け出せない。そして、時を同じくして『マリーノーツ』にあらわれた転生者と魔王は、互いに惹かれ合い、巡り合う運命にあるという。


 まなかさんの話を総合すると、そういうことになる。


 そういうことになるのだが、それっぽい冒険は、まったく始まる気配がない。


 なんだこれは。


 どんだけぶっ続けでモブ狩りしてるんだろうな。


 もう太陽が二回ぐらい頭上を通過していったぞ。


 救いなのは、どういうわけか、腹は減らないし、眠くもならないことだ。この世界のもともとの住人は、食事と睡眠が絶対に必要みたいなのだが、どうも転生者に限っては、睡眠と食事がなくても生きていけるらしい。


「必要がないわけじゃないけど、それらがなくても死なないようになってるってこと。転生者が死ぬのは、戦闘で負けた時とか、事故って転落死とか、そういう時だけ」


 事故って転落死くらいなら、俺ならやっちまいそうである。なにしろ現実で実際に転落事故やって、こうして死にかけてるからな。


 まなかさんの話だと、ここは死後の世界というわけじゃなくて、生還が可能な境界線みたいなところらしいから、うっかり死なないように注意したい。


 それにしても、この永遠に続くようなモブ狩りには、一体、どういう意図があるんだろうな。レアドロップ狙いにしても、犬は質の悪い肉とかキバくらいしか落とさないし、スライムは一万体に一回くらいで『謎の草』を落とすくらい。


 草を編んで服を作るとか、牙を寄せ集めて鎧をつくるとか、そういう途方もないことでも考えているのだろうか。


「あの、まなかさん。俺の服はいつになったら手に入るんですか?」


「アイテムクリエーションスキルとかがあれば一瞬で解決なんだけどね、戦闘以外に割り振ってないし、ちょうど見せなきゃならないことがあるからさ」


「見せなきゃならないこと?」


 やはり、何の理由もなく、このしょぼい戦いを続けているわけではなかったらしい。


 ただし、その理由ってやつは、この過酷な労働の果てに見えてくるものなのだろう。この単純すぎる作業の果てにな。


 そして俺は、いつしかもう無意識のうちにスライムと犬を狩り殺すことができるようになっていることに気付いた。ザコのスライムとか犬とかを見ると条件反射的に通常攻撃を繰り出せるよう訓練されたのだ。


 しばし、狩りに興じながら雑談をはじめる。


「まなかさんも転生者だったとしたら、転生者狩りの被害にあったんすか?」


 そしたら彼女は、ハハッと馬鹿にしたように笑った。


「まさか。山賊なんか逆に装備をひっぺがして着てやったよ。その服を着てそのままホクキオのまちに行ったら、山賊に間違えられて捕まりそうになったのは良い思い出だね。それに、町の警備兵とも大立ち回りやったし、楽しかったなぁ。しかも、これはちょっとした自慢なんだけどもさ、わたしは、ホクキオに転生してきてすぐに、あの『ホクキオ草原の鬼』を倒したもんね」


 プチ武勇伝をぶちかましてきた。


 だけども、「あの草原の鬼」とか言われても、全くピンとこない。ここらの草原では、まだグニュグニュのスライムと獰猛な小型犬にしか会っていないから。『草原の鬼』とやらを俺は知らないし、知りたくもない。


「山賊のアンジュさんも、転生者ですか?」


「そうだよ。転生者の義務を放棄した悪党だけどね」


「義務……というと、『魔王を倒す』っていうことっすね」


「その通り」


「なんで山賊なんかに……」


「アンジュの場合は、もうかるからやってるだけだと思うけどね。転生者のアイテムってさ、携帯電話にしても、服にしても、タバコにしても、高く売れるから」


「俺の財布に入ってたお金やキャッシュカードってどうなるんすか?」


「ここで盗まれたからって、現実の手元からなくなることはないよ。ただ、カードは武器化して使うコレクターがいるから高く売れるし、お金のほうは転生者が集まる場では、ちゃんとお金として使える……というか、現金でしか買えないものもあるくらいだから、貴重品として取り引きされてる。持っておいて損はないよ」


「つまり、アンジュさんは、俺から大きな財産を奪っていったと、そういうことですか」


「どういう手口だったか知らないけど、ハマるほうも悪いよ」


「それはアンジュさんの手口を知らないからそんなことが言えるんですよ! 本当にヒドイもんだったんですから。俺の好きな人のマネをして、飲み物に眠り薬を入れるとか、ありえないっすよ!」


「へぇ、好きな人いるんだ。どんな人?」


「それはですね、すごくキレイな人で……スマホがあれば写真を見せられるんですが……」


「スマホってなぁに?」首を傾げた。


「え、スマホって知らないですか? みんな持ってますよ。携帯電話の進化版で、画面がめっちゃきれいで、大きくて、タッチパネルで動くやつっすよ」


「ふぅん携帯サイズのタッチパネル……わたしのまちでは、見たことないなぁ。そもそも携帯電話自体、持ってる人すくないし」


 ド田舎なんすね。とか言ったら怒られるだろうから言わないでおこう。まなかさんを本気で怒らせたらエンジェルなんとかっていうやばい魔法を打ち込まれて旅に出るまでもなく死んでしまうから。


 と、そんな時、不意に彼女は、「よし決めた!」とか言って、何かを決意した。


「どうしたんですか、まなかさん」


「次の行き先を決めたの。ラックが言う、スマホっていうのが見てみたくなったから、ラックの服を手に入れたら、次は山賊のところに行こう」


「はぁ、わかりました」


 俺も、こんな風にハッキリサクサクと決断ができるような人間になりたいものだ。


  ★


 それから、また朝になって、夜になった。まなかさんが置いた松明の明かりだけの暗い世界。その間、ずっとスライムとワンちゃんを狩っていた。


 というわけで、狩りを始めてから三回目の夜を迎えた。


「おでましだよ」


 まなかさんの落ち着いた声。彼女のほうを振り向くと、「ようやく来たか」とでも言いたげな視線を暗闇に向けていた。


 視線の先、暗闇の草原には、浮遊する青い火の玉がぽつんと一つだけ。


 こういうの、何て言ったっけ。たしか、鬼火、とかそういう呼び方があった気がする。


 青い鬼火は一つ、また一つと生まれ、そのたびに世界が明るくなる。火の玉はサークル状に並び、回転を始めた。ぐるぐると回りはじめたかと思ったら、ぼたぼたと地に落ちていく。炎同士が繋がって、隙間なく壁ができた。


 熱を感じる。焚火をしたときのような控えめな破裂音がする。緑の草が一瞬で燃えていく。


 即席の地獄みたいな空気だ。


 その丸く囲まれた地獄領域の地面の中に、何かうごめくものが見えた。


 そいつはゆっくりと立ち上がり、威圧感のある顔で俺を見下ろしていた。


「あ……」


 思わず声が出た。俺死んだと思った。


 頭からまっすぐの角が生え、顔面はもじゃもじゃの毛で覆われ、目が赤く血走っている。ところどころ血に染まった虎柄の布を肩から掛けた大男。三メートルもあろうかという巨体は筋骨隆々としていて、握りつぶされるイメージが頭の中を支配した。


 鬼だ。


 青い光に照らされた青鬼が地の底に向かって手をかざすと、強風が吹き荒れ、地面の闇が一部分だけ液状化した。闇の中から金棒がビリビリと稲妻を伴って上がって来て、鬼が手に持った瞬間に、どす黒い空気が金棒に巻き付いた。


「ああああ! やばいやばいやばい! だめだこれ!」


 俺は叫び、逃げようとしたんだけども、腰が抜けて尻餅をついた。そしてもう足が震えちゃって立てない。その場から動けなかった。


 鬼が歩いた。


 一歩踏み出した時、地面が揺れた。


 こっちに向かって歩いてくる。怒りの形相で。


 二歩、三歩、草原を踏みしめるたびに大地が揺れる。


 草がペシャンコでかわいそう。そして俺も間もなく、あの草みたいにかわいそうなことになりそう。


 そんな突然の絶体絶命のピンチ。俺は年上のおねえさんに何とかしてもらうことにした。


 頼りになる戦闘狂のほうを振り返る。


 ところが!


「こらー、何してんだ。戦えー」


「ちょっ、まなかさん、なんでスカートふわっと地面につけてお座りなんてしちゃってんですか! たしゅ、たしゅけてください」


 尋常じゃない焦りから、まともに助けを求めることすらできない。


「あはは」


 指差して笑ってんじゃねぇぞクソが。こんなのが出てくるなんて、聞いてない。


「うおおお! 死んだふり!」


 俺は死体のまねをした。


 どうせ足がマトモに動いてくれないから、俺に残された手段はコレしかなかった。脱力して草の上に寝転び、呼吸を止めてみる。


 無慈悲なギャラリーからは、「いみないぞー」とかいう声がきこえる。


 やっぱり年上の女は最悪だ。


 そして、禍々しいオーラを纏った金棒が振り下ろされた。




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