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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第三章 ネオジュークを目指して
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第67話 もはや獣のキャリーサ(1/2)

 老人は転生者であり、名前があるらしい。ハタアリという名前だ。


 ハタアリはその後、唐突に自分語りを開始したのだが、その内容は、かつてホクキオを拠点に活動し、次にカナノ地区にある私服捜査員を養成する施設の創始者となり、そして今、ネオジュークの情報網を統括する転生者、その男の二つ名が『造反のハタアリ』であるとのことだった。


 ああなんかもうね、嘘か本当かわかんないけども、とがった経歴が多すぎて混乱してくる。とりあえず、「働きたくないぜグループ」の長老が、働きアリを連想させるような名前であることは大いなる皮肉であろう。


 ふと、老人ハタアリから視線を外して周囲を見回すと、アオイさんが薬屋さんに話しかけているのが見えた。


「ねえ薬屋さん。『ケツむしり』って本っ当にヒドくない? ありえなくない?」


 まだ言っていた。


 アオイさんの問いに、薬屋は拳に力をこめて答える。


「そうですよ、アオイさんは仕事でケツの毛をむしっただけじゃないですか、仕事に熱心に取り組んだだけです。私腹を肥やしたわけでもない! にもかかわらず、そんな妖怪みたいな呼ばれ方をされるのは許されません!」


「でしょ? 薬屋さんもそう思うでしょ?」


「ええ、せめて、『おしりむしり』くらいにしないと。さすがに『ケツ』という表現はよくないですよね」


「は? そこなの?」


 薬屋さんは冷たい声を浴びせられていた。


「あっれ、えっと……」


 薬屋眼鏡め、せっかくアオイさんと仲良くなれるチャンスだってのに、何やってんだか。


 ――って、だから、何度も言うけれど、今はそんな他のことはどうでもいいんだ。一刻も早くレヴィアの居場所を見つけなくては。


 と、俺がレヴィアのことを考えながら急にソワソワしはじめたところ、老人ハタアリは心が読めるのだろうか、


「落ち着くのじゃラック。おぬしの(さが)しておる娘なら、こちらで行方(ゆくえ)を掴んでおるわい」


「ほ、本当ですか?」


「当然じゃ。ワシらの情報網を甘く見るでないぞ」


  ★


 ――フレイムアルマ広場。


 多くの人が往来する場所に、怪しげなテントが鎮座(ちんざ)していた。


 紫色のキャリーサが紫色の小さな占いテントを張っていたのは、ネオジュークの中心部にある広場だった。


 このネオジュークという町は常に昼間のように明るい場所である。林立(りんりつ)する石造りの建物が居並ぶ町全体に向けて、ほどよい光が供給され続けているのは、この広場の頭上に鎮座する炎のおかげだ。


 螺旋状の白い炎が、はるか遠くの天井から吊り下げられ、ゆったりと回転しながら、常に光を放ち続けている。


 富士山型のドームの内側にはリアルな青空が描かれていて、閉塞感はあまり感じない。


 俺はハタアリさんから彼女の居場所をきいてすぐ、居てもたってもいられず街の中を走り回った。


 猛ダッシュでアオイさんや薬屋さんを引き離して置き去りにしたつもりだった。けれどもネオジューク中心部の入り組んだ街並みのおかげで迷いに迷い、呼吸を乱しながらフレイムアルマ広場に着いた頃には、すでにアオイさんと薬屋はテントの前に立っていた。


 こんなことなら、一緒に来ればよかったと思ったけれど、そんなちっちゃな後悔はレヴィアを助け出してから存分にやればいい。


 アオイさんに可哀想なものを見る目を向けられながら、なんとか息を整えて、俺はテントに向って叫んだ。


「出てこい、キャリーサ!」


 しかし返事がなかった。


「返事をしろ、キャリーサ!」


 犯人の名前を呼びながら、布をめくり、テントの中を見てみたけれど、薄暗いテント内には誰もいなかった。


 曇りなき眼で凝視してみても、偽装されていはいないようだ。もっとも、俺のレベルを超えた偽装をされていたら、気付くことはできないのだろうが。


 何か痕跡を探したくて、パイプ椅子に触れてみる。


 座席の革の部分が、ほのかに熱をもっていた。


「まだ近くにいるはずだ」


 ひとり呟いてテントを出ると、外で待っていたアオイさんと薬屋が、同じ方向に視線を向けていた。


 何かあるのかと思い、俺もそっちを見てみると、――いた。


 木製のベンチに二人、座っていた。


 遠くから見ても、とても目立つ。ゆったりとしたひらひらの服は紫をベースに黒の水玉模様があしらわれている。あんな服を着ている人は、そう多くないはずだ。特に偽装されてもいないようだし、この目に映っている彼女は、本物だろう。


 波打つ髪の紫女の隣の席には白く輝くレヴィアの姿。うつろな目で上空を眺めている。


 様子がおかしい。


 虚空を眺め続けるレヴィアを見て、俺は寒気に襲われた。胸に突き刺すような冷たさを覚え、手が震えてきた。


「レヴィア……」


 小さな声で彼女の名を口にしても、遠くて耳に届いていないようで、反応を示さなかった。やや遠くからの呟きだったので、届かないのも無理はない。


「レヴィアっ!」


 少し大きな声で読んでも、レヴィアはこっちを向かない。かわりに、隣に座っていた紫女が反応した。


 こちらに気付いて、近づいてくるのが視界に入った。


 彼女の背景には、赤く光るものたちが広く散らばっている。見ると、地面に偽装されたものが空の星座でも映すかのように配置されている。何かのまじないだろうか。たとえば魔法陣とか。


 彼女はゆらゆらと紫色の服を揺らしながら、近づいてきて、そしてニヤリと悪魔的に笑いながら、言うのだ。


「やっと来たかい、待ちくたびれたよ」


 無視して上空を見上げると、そこにあるのは螺旋状の炎、はるか遠く、ゆったりと回転しながら、白い光を放っている。


 遠くのベンチを眺めると、ぼんやりうっとりと炎を見つめるレヴィア。心ここにあらずといった雰囲気。まさかとは思うが、もう魂が抜かれてしまっているとか、そういう状態じゃないだろうな。


 俺はキャリーサをにらみつける。


「レヴィアに何をした!」


「ああん? まだ何もしちゃいないさ。あの子はね、螺旋状のものが好きみたいで、あのぐるぐるしてる炎を見てると落ち着くらしいから、あたいの邪魔しないようにそこに置いてるだけ。あたいの目的は……」


「目的は?」


「――あんただよ、ラック!」


「なに? どうして誘拐までして俺につきまとう!」


「だから何度も言ってるじゃないさ! あたいは、あんたの敵じゃない!」


 初耳だ、そんなの。敵じゃないなんて、今まで一度も彼女の口から出てきたことはなかったはずだ。


 そんでもって、レヴィアを連れ去った時点で、もうあまりにも、はっきりと、どうしようもなくキャリーサは――


「敵だね! いいや敵だ! レヴィアを返せ!」


「あたいは、あんたの敵じゃない。合成獣使い(キメラメイカー)の名にかけて、あたいは、あんたの力になると誓う」


「ラックくん」背中のほうから、アオイさんの声。「落ち着いて。この御方(おかた)なら、話せばわか――」


「うるさい!」


 思わず、俺はアオイさんの声をぶった切って叫んだ。話してわからないからこの状況になってるんだ。


「落ち着いてなどいられるか! 落ち着くのはレヴィアを無傷のまま……心も身体も無傷のままこの悪党から助け出してからだ!」


「はっ! まるで全部あたいが悪いみたいに! こうなったのも、あたいの話に耳を傾けなかったからじゃないさ!」


「だからって、人さらいなんて!」


「こうでもしないと、あんたは話をきいてくれそうもないからさ」


「ふざけんな! なんだそれ! いいかキャリーサ、人間において争いの大半は、すれ違いから起こるものだ。だけど、今回のキャリーサの選択は、人間未満の行為だ!」


「何を偉そうに!」


「お前はカードを読み取って合成した獣を使うから獣使いってことだよな……。だったら、キャリーサ! お前は! もう獣使いだなんて二度と名乗るべきじゃあない! 誘拐なんて蛮行に打って出た時点で、貴様自身が獣となったのだから!」




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