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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第三章 ネオジュークを目指して
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第65話 曇りなき眼(4/4)

 道中、橋のところに偽装されていた検問があった。特に怪しまれることなく通り過ぎることができた。やはり手配書が似ていないから気付かれなかったのかもしれない。だとしたら、どこの誰かは知らないが、へたくそに書いてくれた似顔絵師には感謝しないといけないな。


 ただ、橋の上を通り過ぎながら年上の女が言っていた。


「あそこって、特別に誰かを追いかけてる時じゃなくても、いつも検問敷いてるから、余程のことがなければ職務質問もしないくらいの緊張感のなさなのよね」


 というわけで、そもそも俺を探しているわけではなかった可能性が高い。


 夜になって、ネオジュークの入口にあった門をくぐる。


 黒い門で、鳥居みたいな形状だった。


 友達を助けにネオジュークに行くんだと言っていたのはレヴィアだった。


 まったく、友達を助けに行こうってやつが、助けられる立場になってどうする。


 もしも願いが叶うなら、レヴィアと一緒に境目の川を渡って、レヴィアと一緒に、ネオジュークの黒い鳥居をくぐりたかった。


 と、このように、レヴィアのことばかり考えてしまっていたから、「ふぅ長かった、やっとネオジューク地区に入ったぜ」だとか、「うわぁ、外は夜なのに中はマジでいつも昼なんだなあ」とか、そういう感慨に浸る余裕もなかった。


 二人の仲間を引き連れて、俺は黒富士の胎内に急ぎ足を踏み入れる。


 一人は風呂を借りに来ていたギルドの鑑定士アオイさん。

 もう一人は、アオイさんの知り合いの薬屋さんである。


 なんというか、仲間というほど仲間でもなく、かといって知り合いじゃないわけではなく、微妙な三人パーティであった。


 俺は怒りと焦りから口数が少なくなり、アオイさんと眼鏡は、レヴィア誘拐の原因が自分たちにあるとでも思っていたのだろう、俺への負い目からあまり喋らなかった。


 赤いオーラのトンガリ双子屋根の建物は、人通りの少ない場所にあった。


 近づいてみると思いのほか高くそびえ立っていて、アホみたいに口を開けながら見上げるしかなかった。


 アオイさんと薬屋さんには何も見えていないらしく、どうやら高度な検査スキルがないと壁面内側に描かれた空の絵しか見えないようになっているらしい。


 二人に何がそびえ立っているのか簡単に説明していたところ。知らない若い男に背後から話しかけられた。


「おめえ、見えてやがるな。何故ここがわかった?」


 攻撃的な口調だったので、こちらも咄嗟(とっさ)に応戦する。


「貴様らの低レベルな偽装など、俺には通用しないからな」


「なにッ……」


 門番的な役割だったのか、男は腰にナイフを帯びていた。ナイフは偽装されていて、普通の人間の目には別の物に見えているようだ。


 事実、門番がそれを抜いた時に、薬屋さんは「何故?」とばかりに首をかしげたし、アオイさんは、「あ、名刺ですか」とか言いながら、あちこちのポケットに手を突っ込み、「ありゃ、今は持ってないや」とか言った。


「危ない! 避けろ!」


 と俺が言わなければ、薬屋眼鏡が切りつけられて傷ついていただろう。


 ぎりぎりで避け、赤いオーラをまとったナイフは空を切った。


「こいつ、財布に見せかけたナイフ持ってます」と俺。


「なんだとぉ、もしかして韻を踏んでいるのか。ナイフをサイフに偽装しているなんて、あぶないやつ」と薬屋。


 男はヘヘッと笑いながらナイフをなめた。曇りなき眼で見てもマトモじゃないが、一般市民から見たら自分の財布をなめ回してるように見えるわけで、財布なめてる方がよりヤバいやつかもしれない。


 とはいっても、ここはネオジュークの中でもかなりの端っこで、そんなに人通りが多いわけではないようだから、あまり人目を気にする必要はなさそうだがな。


 財布ナイフ男が言う。


「あんたらギルドのもんだろう。おれは、サウスサガヤの出身だから、黒髪キューティクルのあんたが鑑定士として取り立ての手伝いをしてることは知ってる。ケツの毛までむしりとるから、あんたのことはカゲで『ケツむしり』って呼んでるんだぜ」


 なんてことだ。アオイさんのような見た目は清楚系女子にそのような(よど)んだあだ名をつけよって。


 こちらも対抗して、こいつのことはそのまんま『財布なめ』と呼んでやることにしよう。


 財布なめは天に向かって嘆きを叫び、


「こんなとこまで追ってきやがって、()()()()に安住の地は無ぇのか!」


 その時であった、俺の背後から、老人のしわがれた声がした。


「おぬし、澄み渡った良い()をしているな」


 振り返るとそこには、黒い和服を着た骨と皮みたいなお爺さんの姿。その背後には、赤いオーラをまとった屈強な男たちの姿が十人以上。みな筋骨隆々で、明らかにそれとわかる血気盛んな戦闘員どもが俺を見下ろしてずらりと並んでいた。


 次々に人が湧いて来やがる。何なんだ一体。


「なあ、アオイさん、後ろの人たち、どう見えてる?」


 俺の目には、老人以外は、どう見てもガラが悪くて、肌の露出が多くて、髪型や髪色が個性的で、目つき悪いムキムキにしか見えないのだけれど、アオイさんは言うのだ。


「おじいちゃんの後ろ? 七三分けの礼儀正しそうな人たちが綺麗に整列してるけど」


 まったくギルドの鑑定士が聞いて呆れるぜ。俺のような野良鑑定人よりもレベルが低いとは。


「フォフォフォ」謎のジジイは高らかに笑い、「無理もないのう。今のマリーノ―ツで『曇りなき眼』なんぞを持っておるのは、()()()()()()()()()、おぬしくらいのものじゃ」


 あれ、やばい、やばいよ、これ。今の言葉……。「生きてるのおぬしだけ」って、要するにあれでしょう。これまでも『曇りなき眼』を持ってる人間を何らかの方法で消してきたってことでしょう。


 自分たちの偽装がバレちゃ困るから、偽装を見破るスキルを持つ人間が邪魔というわけか。きっとそうだ、そうに違いない。


 だとしたら、これってもしかして、レヴィアは全く関係ないんじゃないの。目的と全く関係ないところの罠に飛び込んでいって、尋常ならざる窮地に陥ってるんじゃないの?


 なんとかしなくては!


「あー、えーと、俺は、ただ旅してるだけの一般人で、ギルドとか関係なくて、ただ、ちょっとこの偽装が遠くから見て目立つから、興味本位で来てみただけでして、でも、思ってたのと違ったのでね……もう帰るところなんですよぉ」


 しかし、老人は無言のまま動かない。後ろの野蛮そうな部下たちも、俺をにらみつけるのをやめてくれない。


 それどころか、俺の周囲を逃げられないように囲んでしまった。


 これまでマリーノーツに来てから何度も囲まれてきた。甲冑たちであったり、ギルティを叫ぶ聴衆であったり……。だけど、今回は、これまでの囲みとは全く違う。


 今回は、殺意さえちらつかせたような囲みである!


 これは、かつてない窮地(ピンチ)


「本当の目的を言うのじゃ。言っておくが、嘘は通用せんぞ。そういうスキルを持った者がおるからのう」


 嘘を見破るスキル。ベスさんの三つ編みのやつみたいなものか。


 ふと周囲を見ると、俺が囲まれただけではなく、アオイさんと薬屋の後ろにも野蛮そうな奴らが偽装された武器を構えながら俺の言葉を待っているのが見えた。


 どうあっても逃げられないようにされてしまった。


 もうこうなればヤケクソである。


 真剣に、今思っていることをぶつけよう。


 それで死ぬっていうなら、その時はその時だ。


「――俺は、レヴィアを幸せにしたいんだ!」


 それから、やや静かな時間があってから、老人が口を開く。


「はてレヴィアじゃと? そこにいる女はレヴィアなどという名前ではないぞ。『ケツむしり』じゃ」


「ちがう、それはアオイさんだ。レヴィアとは比べ物にならない。レヴィアは、小さくて、痩せていて、ブラウンの髪で、白い服や帽子がよく似合っていて、アオイさんよりも圧倒的に可愛いくて、俺よりも強くて、紫色の服を着た変な女に連れ去られてしまった大事な人です。俺の魂の案内人なんです」


「ほう、ならば、織原久遠」なぜか老人は現実での名を呼んできた。「転生者であるおぬしは、もしも今すぐ現実に生還させてやると言われても、戻らずにレヴィアと生きる道を選ぶということじゃな?」


「……ッ」


 言葉に詰まった。


 レヴィアか現実世界への生還か。


 そんな質問への回答を、俺は用意していなかった。こんなことを誰かにきかれるなんて思っていなかった。ましてや、この状況でそんな質問をされるなど毛の先ほども思っていなかった。一切の対策もない。


 この場合、何を言っても嘘になりそうに思えた。


 嘘だとみなされたとき、俺はどうなるだろう。アオイさんや薬屋はどうなるだろう。


 悲劇的な死が待っているんじゃないのか。


 俺は、現実世界への帰還を望んでいないわけではない。できることなら帰りたい。

 かといって、レヴィアとは絶対に……何が何でも一緒にいたい。


 レヴィアか現実か。


 こんな二者択一、簡単に選べることじゃない。ここはいっそ嘘をつくリスクを避けて黙秘権を……。


「おっと、無回答はナシじゃぞ?」


「クッ」


「おぬしの心からの願望を口にするのじゃ。願いを唱えることにより、聞き届けた誰かが叶えてくれるかもしれん。それを叶えてくれる誰かは、他の誰かであったり、自分自身であったりするのじゃが……。言霊(ことだま)とは、そういうものじゃ」


「だったら……」


 どのみち、はじまりの草原で目覚めた直後に一度は諦めた命だ。誰かに届いてくれるように、恐怖を振り払い、声を振り絞る。


「俺は! この世界で魔王を倒して! レヴィアと一緒に現実に帰るんだ!」


 それは、自分でも、あまりに欲張りな願い事だったと思う。


 そもそも、レヴィアを連れ帰るなんてことができるとは思えない。それでも、何としてでも俺はレヴィアと離れたくなかった。


 こんな思い、誰かに責められることはあっても、賛成されるなんて夢にも思わなかった。だけど、老人は「フォフォフォ」と腹を抱えて笑ったのだ。


「気に入った!」


「え?」


「異世界の娘を連れて、現実に帰るじゃと? その欲! その熱! その愛! 若者が情熱に気付く瞬間の、なんと美しいこと! 青き閃光がまばゆいばかりじゃ。眼福(がんぷく)じゃな」


「え? え?」


 戸惑う俺を見据えながら、周囲の人間たちにきこえるよう大きな声で老いた男は言う。


「気が変わったぞ。この男、敬意をもってもてなすのじゃ!」


 そしたら、荒くれどもが一斉に武器をもってないほうの拳を天に突き上げ、そして、


「仰せのままに!」


 揃った野太い声を上げたのだった。


「あの、俺は本当に、偽装を暴きに来たんじゃなくて……」


「わかっておる。もう言うでない」




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