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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第三章 ネオジュークを目指して
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第64話 曇りなき眼(3/4)

 偽装されていない看板に書かれていた謎の文字列を見るや、アオイさんは突然何やら唱え始めた。


「チカイノ川の御由緒……。『聖典』に()わく、(かつ)て、かの荒ぶる大蛇あり。勇者、龍と(ちぎ)り、黒き炎を以てこれを封印す。勇者、誓いを()べし時、風呼び、雲呼び、雨呼び、晴れ呼び、その(おと)(はなは)だ清し。嵐鎮まり、(ほのお)鎮まり、(よこしま)なる大蛇ついに滅び、人びと大いに(よろこ)びて(かいな)を掴み合う。其の(しかばね)千千(ちぢ)に裂かれ、此の川に投げらる。後に人びと、これを『誓いの川』と称し、ここに五龍を(まつ)る五柱を建つ」


「急にどうしたんすか、アオイさん。まなかさんの呪文みたいでしたけど」


「いや、ラックくんの掴んでる看板に、そう書いてあるんだよ」


「はぁ、なるほど、龍と蛇は別のもので、大昔に勇者が大蛇をバラバラに殺して沈めた川が流れていて、それを埋め立てたのが、後にユウスイ通りと呼ばれる道になったんですね。」


「お、一度きいただけなのに、ポイントをおさえた、なかなか良い要約だねラックくん」


「大学院生になるはずだった男ですからね」


「ふぅん」


 興味なさそうに、アオイさんは喉を鳴らした。


「それにしても、なんで偽装されてるんですかね」


「信仰がなくなったんじゃない? だって、この道の付近で、龍を祀ってるところは見たことないもの。そもそも龍って、ギルドに討伐依頼が出ることもあったくらいで、マリーノーツの一般住民の間ではそこまで人気者ってわけじゃないよ。むしろ災いをもたらす存在として受け取られてる」


「そうなんですか」


「そうなんだよ」


 会話がそこで途切れて、なんとなく俺は空を見上げた。


 赤い鳥が通り過ぎていくのが見えたけれど、あれが本当に赤い鳥なのか、偽装しているから赤い鳥なのか、よくわからなかった。


 俺が看板から手を離すと、再び偽装スキルが悪さをしはじめ、看板は赤いオーラを纏うようになった。看板に書かれている文字も変更された。


 俺はこれから夕焼けを見るときにも、空が偽装されているかもしれないなどと思いながら、景色を眺めるのだろうか。


 赤いものを見るときに、素直に受け取れなくなった世界。


 俺一人だけ認識のずれた世界。


 スキル獲得の時に覚悟したつもりだったけれど、今また、取り返しのつかないことをしたような罪悪感に襲われる。


 本当に、他人と違う、『曇りなき(まなこ)』なんてものを身につけてよかったのだろうか。


 ……よくない気がしてきたぞ。


 他人との共感を薄くする悪行のような気がしてきた。


「それはそうと、ラックくん」


 アオイさんの声が、俺を罪悪感から救い上げた。


「なんですか、アオイさん」


「あなたのせいで眼鏡の薬屋さんとデートすることになったわけだけど、何か言うことは?」


 別の罪悪感を押し付けようとしてきやがった。


 罪の意識から逃れたい俺は、「俺のせいっすか?」などと、とぼけてみせる。


「薬屋さんから、何だっけ、あのツノのやつ、えっと……」


「『スパイラルホーン』ですか?」


「そう、それ。ヤギの角の黒い薬。安く譲ってもらっちゃったんでしょう?」


「ええまあ」


「こっちがその尻ぬぐいすることになったのわかってる?」


「えっと……」


「わかんないの? こっちの名前出して割引してもらったんでしょ? お礼しなきゃいけないでしょ? そんな状況で誘われたら、断れるわけないでしょう? だからラックくんのせいで、あの薬屋の眼鏡さんとお出掛けするはめになったんだよ!」


「ああ、ええ、はい」


「何笑ってんの!」


 どうやら俺は、思わず笑ってしまっていたらしい。


「いや、ははっ、年上の女の人から怒られるの、久しぶりだなあって思って」


「はあ? 頭おかしいの?」


「まあ、おかしいでしょうね。こんな世界で鑑定検査スキルを極めようなんて人は、みんな頭がおかしいです」


「はぁ? ちょっと、それって、こっちのこともバカにしてない?」


「どうなんでしょうね」


 へらへらと笑ったら、彼女は「もう!」と言って、黒富士が見える坂のほうへ、輝く黒髪を揺らしながら戻っていった。


「ちょっと、待ってくださいよアオイさぁん」


 追いかける俺の甘えた声を無視して、彼女は交差点へと戻っていった。


  ★


 アオイさんと一緒に、レヴィアと眼鏡の待つ交差点に戻った時、なにやら不穏な雰囲気だった。


 張りつめているというか、なんというか。


 おそらく、眼鏡が優しく話しかけたのをレヴィアが無視したり強烈に拒絶したりしたのだろう。


 とか思ったのだけれど、薬屋眼鏡のそばにはレヴィアはいなかった。


「すまない、ラックくん……本当に……」


「え?」


 眼鏡の薬屋は頭を深く下げていた。そしてついに、人の往来する坂の上で、彼は地面に膝をつき、


「本当に、申し訳ない」


「ちょっと……あの、何が起きたんですか?」


 すると薬屋は、膝をつき、深く頭を下げたまま、


「レヴィアちゃんが、連れていかれてしまった」


「え?」


 なんでだ、どうしてだ、おかしいだろう。


 俺が連れていかれるならまだわかる。だけどレヴィアがどんな悪い事したって言うんだ。そりゃあちょっと嘘つきだけど、だからって誘拐されるようなことはしてないはずだ。


「レ、レヴィアが……どこに……」


「わからない。ボクには何もできなかった。変なにおいがして、紫色の服を着た女が来たかと思ったら、機械でできた馬がやってきて、ボクが助ける間もなく彼女は気を失って、その馬にのせられて……」


 紫の女っていったら、甘い匂いのあの女しかいないじゃないか。


 しかも、機械の馬を操っていたというなら、もはや一人しか思い浮かばない。


 ――合成獣士キャリーサ。


 そして、キャリーサの誘拐を許したってことは、この薬屋は、もしかしたら……。


「さてはあんた、敵――」


 と俺が言いかけたけれど、アオイさんがさえぎって言う。


「ラックくん。それはない。彼は敵なんかじゃないし、敵の仲間でもない」


「でも! レヴィアが連れてかれたのに、この人はここに残ってる!」


「落ち着いてラックくん。レヴィアちゃんは強いから、そんな簡単に負けない」


「だけど! 現に連れ去られてる!」


「そうだけど……」


 気休めや一時しのぎのなぐさめなんていらない。今やらねばならないのは、レヴィアの居場所をつきとめて、レヴィアを助け出すことだ。


「なあ薬屋、頼む、教えてくれ。少しでも情報がほしい。どっちに連れていかれた?」


「坂の、下のほうに……」


「あっちか……」


 東。ネオジュークの黒い富士山型の超巨大ドームが鎮座する方角だ。


 そちらに目をやると、橋のところには相変わらず赤みがかった甲冑たちが検問を敷いていた。問題は、そのさらに向こう側、黒いドームの中にうっすらと巨大な赤い光が透けて見えた。


「なんだあれ……」


 目を凝らすと、建物全体が赤みがかっているところがあると気付く。トンガった屋根が二つ並んだような形をした建物だ。


「もしかしたら、犯人が偽装で隠れているかもしれない」


「ラックくん? 何か見えてるの?」


「ええ、遠くに赤く光る建物が。誘拐犯が建物ごと偽装してるのかもしれない」


「行ってみましょう。こっちも、できる限りのサポートをするわ。ね、薬屋さん」


 アオイさんの促しに、「あ、ああ」と薬屋が、申し訳なさそうに頷いたのだった。


 俺がステータス画面を確認してみたら、レヴィアがパーティから外れていた。


 この世界では、一定の距離ができてしまうと、パーティから自動で脱退することになる。レヴィアとは出会った直後からずっとパーティを結んできていたけれど、それが初めて(ほど)けてしまったわけだ。


 とても悲しい。


 一刻もはやく見つけ出して、もう一度パーティにならなくては。


 で、レヴィアが抜けてしまったかわりに、戦闘力が皆無の裏方パーティが誕生した。三人ともレベルがそれなりに高かったものの、誰も戦闘スキルに振っていない。


 なんというか、知性は人間に不可欠だとは思うけど、今の状況では敵に対処する武力が欲しいから、正直言って不安しかない。


 キャリーサも毎回のように新しい合成獣を用意してくる上に、今回はレヴィアを人質にとっている。


 目指す先で、無事でいてくれれば良いのだけれども。




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