第59話 キャリーサの秘密/ネオカナノの茶屋(1/3)
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「ご協力感謝したします」
そう頭を下げてきたのは、いかにも普通のお兄さんといった感じの庶民男だった。灰色の上着で下は茶色。俺よりも地味な服であったが、実はこの人、私服捜査員であるらしい。
なんでも、小さな商店街の中にある小さな広場で起きた小さな事件、その犯人についての情報を集めているのだという。
その事件ってのは、つまり、あれだ。
ついさっき、合成獣が町の中で暴れそうになった一件のことである。
俺の検査鑑定スキルによって暴れずに終わったものの、街なかで巨大生物を出しちゃった人は間違いなくギルティってことらしい。
私服捜査員の庶民派お兄さんは語る。
「カナノ地区では、町の中での戦闘スキルの解放は原則禁止されておるのです。こまかく言うと、合成獣士キャリーサが使っているキメラメイカーというスキルは、二つのスキルを限界突破させた時に得られる複合スキルでして……」
「複合スキル?」
「ええ、彼女の場合は、『占い』スキルでカードの本質を掴み、『偽装』スキルで占いの結果からイメージされたものを具現化するのです。だからこそ、『偽装』された現象部分に『検査』スキルが見事に効いたというわけです」
偽装スキルを破るためには、鑑定スキルを限界突破する必要があるのだ。そして、鑑定スキルなんて取得する人も珍しく、ましてや限界突破して検査まで身に着ける転生者は、本当に少数であるとのことだ。
「ってことは、ある意味、俺ってキャリーサにとっては最悪の天敵なのかな」
「ええ、我々も驚きました。正直、検査鑑定などというゴミのような死にスキルがこんなところで力を発揮するとは、我々も考えていませんでしたよ」
私服捜査員は、その後も俺から情報を聞き出していく。
キャリーサとはいつどこで出会ったのか、町に巨大兵器を産み落とした彼女の目的は何なのか。とか、質問攻めである。
キャリーサと出会ったのはサウスサガヤ近くの草原という嘘をついて、彼女は俺とレヴィアのストーカーだと断言してやった。
そしてさらに、こちらからも質問を返す。
「あの、キャリーサって何者なんですか?」
「……ふぅ、どうやら見透かされていたようですね。あなたへの質問は、あなたがキャリーサ様のことをどれだけご存知か、見極めるためのものでした」
相手の求めていた質問を投げかけることができたのは全くの偶然だけれども、とりあえず「まあな」と自信満々に言って、情報を引き出すために知的アピールをしてみる。
語りたい人を相手にしたら、わかってるふりをした方が気持ちよく喋ってくれる。そのほうが有益な情報が得られることが多いと個人的には思う。
「質問にお答えしますと、あのお方は、もとは、ものすごい有名な方です。今ではホクキオ貴族街に住んでいるのですが、もっとずっと高貴なお方なのです。昔から紫色が好きで、かわった子供だったそうです。国王のオトキヨ様とも、近くで過ごされたこともありまして、なんと近衛隊の一員だったのですよ」
「近衛隊? 赤い甲冑の王室親衛隊とは違うんですか?」
「そうですねぇ。かなり昔のことなので、知らなくても無理はありませんね。今はなき本当の王室親衛隊は、以前は近衛隊と呼ばれていて、予言者マリー様の親族でかためられていました」
「ん? てことは、キャリーサは、その予言者マリーって人の子孫ってことになりますよね」
俺がそう言った時、私服捜査員はものすごく険しい視線を俺に向けた。
「呼び捨てはダメです。『様』をつけてください。しにますよ」
「え?」
「私服捜査員を養成する学校がある関係で、この地域のわれわれ私服捜査員の力はそこらの軍隊なんぞを軽くしのぐ程です。マリー様のお名前を口にする時に『様』をつけなかったりすると、我々が飛んでくるかもしれませんので、くれぐれも気を付けてください」
「え、あ、はい」
「いいですね、マリー様とキャリーサ様です」
「お、おう、申し訳ない」
それにしても、予言者の親族。
どこかで聞いた響きだ。三つ編みの牧場ベスおばさんも、そんなことを言っていたような気がする。とすると、ベスさんとキャリーサは親戚同士ってことになるのだろうか。ううむ、なんだか混乱してきたぞ。
ベスさんは俺を逃がしてくれた。キャリーサは俺とレヴィアを追い回して捕まえようとしてくる。
片方は味方で、もう片方は敵だ。
ってことは、だ。俺はもしかして、親戚同士の争いに巻き込まれてると考えられるんじゃないか。
甲冑のシラベール家といい、予言者マリー様の子孫といい、身内の争いなんて見苦しいから見たくもないんだけどもな。
人間の争いの大半はすれ違いなんだから、みんな仲良くすれば良いのにと思うのだけれど。
私服捜査員は遠い目をして話を続ける。
「幼少期より、オトキヨ様とカードゲームをしたり、悪趣味な合成獣をつくって、よくオトキヨ様と一緒にマリー様に叱られたりしておりましたが……現在の、大聖典派などという連中が王室内を半ば支配するようになってからは、強制力のある呪いのおかげでオトキヨ様に近づくこともできなくなったとか。あまりにもおいたわし……おっと、今のは聞かなかったことにしていただきたい」
こうして取り調べは終わり、俺たちはネオジュークを目指す旅を再開した。
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「落ち着くなぁ、レヴィア」
「そうですねぇ」
多くの人や馬車などが行きかう交差点を眺めながら、俺とレヴィアは茶屋の切り株型の椅子に座って、まったりお茶していた。
真っ赤な敷物の上に、木製の椅子がいくつも並んでいて、日陰をつくるためだろう、大きな赤い和傘が広げられている。
ものすごく目立つ休憩所なのだが、道行く人たちはみんな忙しいのだろうか、あまり客は多くなかった。
「いやあ、それにしてもヒドイ目にあったな、レヴィア」
「そうですね、ラックさん。人間が湧く場所があるとは聞いていましたが、まさかあれほどとは……」
カナノ地区の西の玄関口であるネオカナノには、南西方面に向かう幅の広い道が通っている。
多くの人や馬車が往来しており、数分に一回、遮断機が交互に下りて信号機の役割を果している。数分間かけて人が溜まっていくので、まるで現実世界のスクランブル交差点のような人の多さであった。
これまで人の少ない牧歌的な道を進んできたから、この都会感のある街の雰囲気ってやつには、新鮮さすら感じる。現実とはちょっと違うけれどもな。
都会を感じるなんて、現実世界で転落した日以来だから、実に十年ぶりってことになる。
てなわけで、俺はあまりに久しぶりだったし、レヴィアなんかは慣れなかったこともある。うまく通り抜けられずにもみくちゃにされてしまった。
俺たちは押され、蹴られ、倒れ、踏まれ、挟まれ、罵られた。ふらふらになったところで、またぶつかり、「目ぇついてんのか!」と叱られた。見えていたって避けられないものは避けられない。こちとら弾幕だらけの高難度シューティングゲームは経験が浅くて苦手なのだ。
そんなわけで、俺は疲労困憊。そのうえレヴィアが人に酔い、気分が悪くなったと訴えたので、休憩できる場所を探したら、石畳の幅広い二つの道が交差するところにくつろげそうな店があるのが見えた。
日本式の茶店というやつである。
敷かれた赤い布を歩き、木の机と椅子が並べられた席に座りながら頭上をみると、大きな和傘が覆っていた。
そして、レヴィアは藍色の服着たシブいおっさんに出されたあんこ餅を見て「色が悪い」とか「まずそう」とか言い放っておっちゃんを苦笑いさせたものの、口にした途端に「おいしいです!」と声を弾ませ、泡立った深緑色の茶を思いっきり飲み込むや「あっつい!」と舌を出し、「にがっ、にがい、なにこれ、なにこれぇ」と涙目になっていた。
それ以後、お茶にはもう二度と手を出さないとばかりに残った茶を遠ざけている姿があった。なんというか、とてもいとおしい。
だけど、一つ気に入らないのは、この茶店で接客をしてるのが、チョイ悪な感じのシブいおっさんであることだ。
とても茶屋っぽくない容姿で、腕毛がもじゃもじゃしている。
この異世界は本当にわかっちゃいない。常識的に考えて、和風な茶店といったら年上のキレイなお姉さんが着物で接客しているものだろうに。
おっさんは俺に向かって言う。
「どちらまで行かれるんです?」
「はぁ、これからネオジュークに行くんですよ。ホクキオからの長旅です」
俺は気のない返事をした。
レヴィアに話しかけないのは、彼女が高貴に見える服装だからであろう。どうも、この地域では貴族には気軽に話しかけてはいけないことになっているようだ。みんなして俺を彼女の召使だと思って話しかけてくる。
あまりいい気分ではないけれども、そのおかげで結果的にここまで正体がバレていないのではないかとも思う。
「ほぅ、ホクキオですか」おっさんは優しく微笑んだ。「ホクキオといえば、異端の教えが蔓延るところですね」
「異端?」
「おや、ご存知ありません? 死刑の廃止だとか、偶像崇拝を禁止をするなど、現在の王室に従わない異端の決まり事を勝手にいくつも作って遵守している町なんですよ、あそこは」
なるほど、あのギルティ教会はやはり異端だったのか。その情報を十年前に得ることができていれば、俺の旅立ちはもうちょっと早まったに違いない。だけど、何度も言うように、あの町が異常だったおかげでレヴィアに出会えたのだから後悔はない。
おっさんは、不意に思い出したように、手を叩いた。
「そうだ。異端といえば、ホクキオには自警団というものがあるそうですね。噂によると、少し前に王室親衛隊と夜明けまで戦って引き分けたとか」
「そうなんですか」
引き分け?
それだとどうなるんだろう。反逆者オリハラクオンの指名手配はまだ続くのだろうか。まあ、俺はもう、「ラック」として生きると決めていて、その現実での名前を名乗れないことは覚悟を決めているから、構わないのだけれど。