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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第三章 ネオジュークを目指して
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第58話 ラック対キャリーサ

 甲冑のひんやり冷たい籠手(こて)が、俺の肩に触れた。


「そこのお前、今、なんと言った?」


 やばい、と俺は思った。鏡がないからわからないけど、きっと顔面は青ざめてしまっていたことだろう。


 レヴィアは、このヤバい事態にまだ気付いていないようで平然としていた。


 くぐもった甲冑ごしの声がする。


「お前は今、この号外記事をみて、『似ていない』と言ったな」


「え、えっと、どうだったかな……えっと……俺はそんなこと、言ってないと思うんですけどね……」


 ここは、知らぬ存ぜぬで押し通す!


「いいや言った。たしかに言った。俺の耳はたしかに貴様の『似てない』をとらえたぞ。この似顔絵のオリハラクオンが似ているかどうかを判断するためには、本物のオリハラクオンの顔を知っている必要がある」


 甲冑は手を振り上げて仲間を呼んだ。わらわらがちゃがちゃと集まってくる薄紅色の甲冑たち。王室親衛隊の一人はなおも尋問を続けてくる。


「全然似ていないと不満そうにしていたということは、まさかオリハラクオン本人ではあるまいな。少なくとも、オリハラクオンの関係者、もしくは協力者、そうでないにしても、オリハラクオンのことを知っている人物である可能性が高い」


 そしてついに、甲冑が命令を下す。


「――確保ォ!」


 甲冑たちは、「うおおお」と雄叫びを上げながら囲みを狭めてくる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、俺は知らない! 俺は何もしてないんだァ!」


「いいから来るんだ。何もやってないとしても、疑わしいから話だけは聞かせてもらう。オリハラクオンについて知ってることを吐いてもらおう」


「ちょ、レヴィア、助けてくれ。頼む!」


 しかし、頼みのレヴィアも、新たに群がってきた甲冑たちに取り囲まれてしまっている。


 絶体絶命のピンチ。


 しかしその時、耳なじみのある声が響いた。


「――待ちな!」


 甘ったるい匂い。紫色の衣をまとった紫の女。


 その名は、合成獣士キャリーサ。


「あんたら、このあたいが誰だかわかるかい?」


「これはこれは」と甲冑の一人が頭を下げる。「お疲れ様です、ええと……キャリーサ様」


 やはり赤みがかった甲冑と仲良しだった。これでキャリーサが王室親衛隊側の人間であることが濃厚になったわけだが、次に放った彼女の言葉が、俺を混乱させた。


「いいかい、あんたら、よくききな。この人はラックって名前さ。オリ何とかなんて名前じゃあないよ。あたいの仕事のターゲットさ」


 甲冑は「え?」と驚いた声をあげる。


「そ、そうですか、合成獣士キャリーサさまが身分を保証するというのでしたら、さぞかし高貴なお方なのでしょう。これは大変失礼いたしました」


 頭を下げ、逃げるように去っていく甲冑男。他の甲冑たちも散らされた蜘蛛の子のように撤収していき、俺たちの周囲の人口密度が一気に低下した。


 実はキャリーサさんって、貴族的な人なのだろうか。見た目はただの怪しい占い師なのだが。


「さて、これでやっと落ち着いて話せるね、ラック」


「キャリーサ、何で助けてくれたんだ」


「ふん、何度も言ってるだろうさ、あんたは、あたいのターゲットだって」


「俺を捕まえてどうする気なんだ?」


「どうって……あんたを守るんだよ」


「は? じゃあなんで俺とレヴィアを攻撃するんだ?」


「そっちがあたいから逃げようとするからさ。あとその女は危険すぎる。ただでさえ化け物だし、あたいの最新の占いじゃ、嘘と裏切りの星が出てる」


「嘘や裏切りだと? そんなの余裕だね。年上の女なら平然とやってくるから、もはや慣れているんだよ。レヴィアはお前と違って、どう見ても年上じゃないけど、年上じゃないからこそレヴィアの嘘は可愛いもんだって言い張れるね! 余裕で耐えられるね!」


「あんた、正気かい? 頭大丈夫かい?」


「もちろん正気さ! 頭の中は人生でかつてないほどクリアさ! 言い切れるね、嘘とか裏切りがレヴィアと離れる理由にはならないって」


「へぇ、そこまでイカレちまってるなら話は単純だ、今度こそ、あたいがレヴィアを倒して、あんたを力づくで連れて行ってやる」


「連れてくって、どこにだ」


「問答無用! 目を覚まさせてやる!」


 戦闘、開始。


 キャリーサは見慣れた滑らかな動きで扇子を広げるようにカードを取り出す。黒、銀、白のカードを抜き出して、新たな獣を召喚する。


「今回のあたいのカードは、家電量販店(カデンリョーハンテン)とやらのポイントカード三種! あたいの混沌の美学には反するけれども、背に腹はかえられない。大手量販店ってやつに厳選させてもらったから、きっと優秀なのができるだろうさ、なにせ、ポイントってのががタップリたまってるカードもあったらしいからねぇ、きっと立派な合成機械獣が出来上がるに違いない!」


 キャリーサの言うとおり、なかなか見事なやつができた。紫色の煙が晴れた時、そこにあったのは、長い尻尾とメタルに輝くボディ、歯車が回る音、機械獣の関節部が滑らかに動き、前傾姿勢の二足歩行を実現している。


 こんな小さな広場に、突如として高さ三メートルくらいの恐竜型機械モンスターがあらわれた。


 ええと、はっきり言って、迷惑すぎないか、これ。


「そもそも機械獣なんてのが、あたいにとっては美しくないんだけどねぇ、相手がレヴィアだと、どういうわけか『生きている獣』は逃げちゃう。だけど機械だったら生命はない。死を恐れない動く無機物なら、レヴィア相手でも逃げないで戦うってわけさ」


 さらにキャリーサは続ける。


「しかも、この子には魔術に対する耐性がついている。レヴィア対策は万全!」


 キャリーサは長い腕を胸の前で振るって、格好つけて言う。


「さあ、二千三九号、やっておしまい!」


 対レヴィア用の戦闘兵器は、ガショコンと動き出し、一歩を踏み出した。町の広場が、ちょっと揺れた。


 ハイエンジの時と同じように、人だかりができてきた。「なんだなんだ」「どうしたどうした」という呟きが繰り返され、だんだんと人だかりが大きくなっていく。


 このまえは、レヴィアが立ちふさがって助けてくれた。だけど今度は相手がレヴィア対策を敷いてきたみたいなことを言っている。もし本当なら、レヴィア最大のピンチに違いない。


 じゃあさ、今度は俺がレヴィアを助ける番だろう。


 とはいっても、戦闘スキルなど全くない俺に、何ができるというのか。


 俺の武器って何だろう。


 この異世界マリーノーツでは、知恵や知識も重要だけれど、何よりもレベルとスキルがものをいう。


 今の俺にできることって、何だろう。


 俺はレヴィアのために、何をしてやれるんだろう。


 今の俺が持っているスキルは、何だ。


 そう、それは――。


「検査! 鑑定!」


 ラストエリクサーを鑑定するために限界突破した地味な商人スキル。


 はっきり言って、機械獣を相手に非戦闘スキルを放ったからって何が起きるとも思えなかった。


 だけど、何もしないよりは、スキルを浴びせてやるべきだと思ったんだ。もしも、ここでキャリーサに負けたら、俺はレヴィアと離れ離れになってしまうのだと思った。そんなのは絶対に嫌だ。


 だったら、もうさ、だらしなくても、格好悪くても、的外れでも、抵抗するしかないじゃないか。


 あきらめたくない。どうか、どうかと願いを込めて、機械獣を検査鑑定する!


「な……そんなばかな………」


 キャリーサの絶望の声が耳に届いた時、俺の目の前には三枚のただのカードがあるだけだった。


 信じられないことに、機械獣に検査スキルが刺さったのだ。


 即死である。


 閃光を放って巨体は霧散し、三枚の小さなカードに変化してしまった。


「う、うそだ! もう一回! よみがえれ、二千三九号!」


 再び現れた巨大な機械獣。


「うおおおおお検査鑑定!」


 俺の叫びとともに、機械獣は再び光を散らして消し飛んだ。


 キャリーサは四つん這いになってこの世の終わりかってくらいに悔しがっている。半泣きである。


「こんなことってあるかい? あたいの最高の合成獣錬成術(キメラメイカー)が、通用しないって! 何で!」


「いや、何でって言われてもな……」


「くっ、おぼえてなさいよぉ!」


 キャリーサは、下っ端感あふれる台詞と強風を残して駆け逃げてゆく。


 レヴィアは風に飛ばされないように真っ白な貴族帽子をおさえながら、どういうわけか、不安そうに立ち尽くしていた。


「レヴィア、俺、やったぜ。紫女に勝ったんだ」


「よ、よかったですね、ラックさん」


 そう言ったレヴィアは、やっぱり無理に笑顔を作っているようなぎこちない表情だった。




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