第57話 ネオカナノゲート
「そちらのお嬢様、申し訳ないんですが、ここを通る人は全てチェックするよう指示を受けておりまして、少し調べさせてもらっていいですか?」
門での検問。
兵士からの呼びとめ。
この流れはまずい。いつぞやのホクキオに初めて足を踏み入れる時のことが思い出され、「おまえオリハラクオンだな! 確保ォ!」への流れが想像されてしまう。
だいたいにして、俺の身分証は偽造されたものだし、レヴィアは身分証なんてものを持っているのかも怪しい。俺の勘が正しければ、彼女は絶対身分証もってない。なんとかうまいこと対処しなくては!
「お、俺たちですか?」
絞り出すような声が出た。
「ああ。すみません、上からの命令でしてね。なんでも、オリハラクオンとかいう凶悪犯がこちらに逃げてきているかもしれないとかいうんですよぉ。ホクキオの貴族街に逃げた可能性が最も高いようですが、念のため、こちらでも検問を敷いているわけです」
「ななな、なるほどぉ、そうなんですねぇ……」
「間もなく、その男の似顔絵が届く予定なのですが、少々作成に手間取って遅れていましてね、本当なら通してはいけないんですが……もしや急ぎの用ですか?」
甲冑の男は、帽子をおさえるレヴィアのほうをちらちらと見ながら言った。
俺は答える。
「ええ、そう……ですね。まあ」
「念のため、ご家来さまの身分証だけ確認させてもらっていいですか?」
「家来って、俺のことですか?」
「ええ。すみませんが、ご協力お願いします」
相変わらず兵士は、レヴィアの様子を、ちらちらとうかがってくる。
どうやらその高貴な白い帽子や龍が浮かび上がるドレスのおかげか、レヴィアのことを本物の貴族だと思い込んでくれたらしい。
俺は「じゃあ、コレを」と言ってドキドキしながらベスさんにもらった偽造身分証を提示する。
「なんと、これは!」
「え、なんだ」
もしや、偽造がバレたとでもいうのか。俺は逃げる準備をして身構える。
ところが、甲冑は言うのだ。
「いやーこれはこれはラック様、大変失礼いたしました。サウスサガヤギルド所属の赤銅等級の冒険者様だったのですね。ということは、今は、この高貴なお嬢様の護衛任務を?」
「そそ、そうだ。その通り」
「ああ、冒険者ラック様、どうかお許しください。家来などと言ってしまって、不快に思われたことでしょう?」
「いや、任務だからな。家来のふりをせねばならない事情があるのだ」
相手の勘違いに乗じて、嘘を並べ立てていく。なんだか良心がズキズキしちゃうけど、すべてはレヴィアを守るためだ。
やがて、赤みがかった甲冑の男は言うのだ。
「どうぞ、お通りください。カナノ地区へようこそ」
こうして俺たちは無事、壁の中、カナノ地区へと足を踏み入れた。
ネオジュークまで、あと少しだ。
★
正直、またお前かって感じだ。
香水の甘ったるい匂いが漂ってきて、またしても彼女の来訪である。
「レヴィア、気をつけろ、あいつが近くにいる」
「ええ、わかってます。鼻が曲がりそうです」
「本当、あのくさい女は待ち伏せが好きだな」
ちょっと女の人を相手にそんなことを言うのは良くないのだろうけど、あまりにもしつこいので、悪口も言いたくなるというものである。
ただ、あの女は姿を見せてこないので、もしかしたら別の人間が同じ香水を使っている可能性もゼロじゃないけど、たぶんキャリーサだろう。
「出てこないところをみると、私たちの力をこわがっているんですよね、きっと」
「そうだな」
私たちの力っていうか、レヴィアの謎の力を警戒してるんだろうけども。
「とにかく、あいつが襲ってこないうちに、用事を済ませてさっさと次に行こう」
「そうですね」
カナノ地区では、これまでのナミー硬貨が一切使えなくなる。そこで、町の入口にある銀行のような施設で換金することになっていた。
カナノ地区での金銭のやり取りは、すべて紙幣で取引され、数え方はハーツ。ハーツ紙幣一枚の価値はナミー銅貨一枚と同じである。ハーツ以外のお金のやり取り一切禁じられていて、別地区のマネーを使おうものならカナノ地区が誇る私服捜査員が駆け付けて逮捕してしまうらしい。
すなわち、もしも身分証のないままにカナノ地区で買い物をしようとしていたら、間違いなくギルティになってたってことである。あらためて旅の準備を整えてくれたベスさんには感謝をしておきたい。
てなわけで、この小さな商店街の中にある換金施設には、誰もが必ず寄ることになるってわけで、そこで紫女は待ち伏せをしてるってわけだ。
俺たちは、換金が終わるのをじっと待ちながら、合成獣士キャリーサの香水の匂いに耐えているのだが、そろそろ匂いがきつすぎて限界が近づいている。早く呼び出してくれと心から願う。
すると願いが届いたのか、
「サウスサガヤギルドからお越しのラック様、ハーツ紙幣への換金が済みましたので、窓口までお願いします」
窓口の女性からの、救いの声。
札束を手に入れてすぐに、レヴィアの手を引っ張り、大急ぎで外に出た。
「ふぅ」
ようやく新鮮な空気が吸えてよかった。
きつい香水なんてのは、室内ではテロみたいなもんだろう。みんな眉間にしわを寄せてたぞ。
「ラックさん、死ぬかと思いました。私って、ちょっとヒトより嗅覚が強いので……」
「ああ、毒攻撃に打って出るとは、キャリーサもやるようになった」
「でも、これで一安心ですね」
「ああ、カナノ地区を越えればネオジュークはすぐそこだ」
「ええ、無理せず行きましょう」
と、安心して次への道を歩き出そうとしたのだが、そう簡単には進ませてくれないのが、このマリーノーツという異世界である。
「号外~! 号外~!」
赤みがかった甲冑を装着した屈強な男たちが紙の束を手に接近してきたがっちゃがっちゃと音を立てながら接近してきて、俺に新聞を渡した。
「号外~! 号外~!」
渡すなり別の通行人のところに走っていき、
「ご協力お願いしま~す! 凶悪犯罪者の捜査にご協力お願いしま~す!」
レヴィアが紙面を覗き込んできて、二人で新聞を見つめる。そこには、ぐちゃぐちゃと細かい読みにくい文字と、巨大な似顔絵が描かれていた。
なんだこの不細工な顔は。
一体、誰の似顔絵なんだろうな。
俺の思考に答えるように、甲冑がいう。
「凶悪犯罪者オリハラクオンの似顔絵でーす! どんな些細な情報でも構いません。ご協力おねがいしま~す!」
なんと、俺の似顔絵だという。
「どうしました、ラックさん」
「いや、この似顔絵なんだがな……」
「もしかして、これラックさんを描いたつもりなんですか?」
「ああ、そうらしい」
だけど、俺は絶対にこんな顔をしていない。こんなけったいな似顔絵を描いたのは、一体誰だ。
というわけで、俺をこんな風にクソみたいな顔に書いた犯人をさぐるべく、紙面を凝視してみると、似顔絵の隅っこに注意書きがされているのを発見した。こういう短い簡単な文ならかろうじて読める。
その文字を読み上げてみる。
「描画者、ハニノカオ・シラベール。捜査スキル、精神聞込読取術を使用」
マインドモンタージュってどこかで聞いたことあるね。
あれはたしか、ついこの間、ハイエンジ地区の終盤での絵描きイベント、俺がかつて好きだった人の絵を描いてくれた時に使われたスキルだ。
いやしかし、それにしてはあまりに精度が低すぎる。俺は彼女が描いてくれた感情のない絵は好きではなかったけれど、マインドモンタージュとやらで描き出された女性の顔は、その人にそっくりだった。
それが、このオリハラクオンの似顔絵ときたらどうだ。崩れかけのジャガイモを描いたみたいで、いかにも凶悪そうではあるけれど、正直言ってあまりにもヘタクソすぎるだろう。
俺はもう少しだけイケメンである。
どうやら、そう思ったのはレヴィアも一緒だったようで、紙面と俺の横顔とを交互に見つめながら、
「全く似てないですね。実物のほうが優しそうです」
「だろう? 似てないよな。オリハラクオンはここまでヒドイ顔をしてない」
「ええ、もっとフツーな感じです」
「レヴィア、そこは、もっとカッコイイとか言ってくれると嬉しいんだけどな」
「無理です、私は嘘はつきませんので」
まったく、嘘つく人ほど、「嘘つかない」って言うよななぁどと俺は呆れかけたのだが、その時だった。いつの間にか、やかましかった甲冑の音がすべて消えていて、甲冑の奥の視線が、俺たち二人に集中していることに気付いたのは。