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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第三章 ネオジュークを目指して
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第55話 帽子の中身は気にしない

 一人、ベッドの上、俺は目覚めた。まだ太陽が頭の先も出していない早朝だった。


 てなわけで、レヴィアと俺は、ハイエンジ地区に宿をとって宿泊した。


 まあ別々の部屋にしたので何事も起きなかったんだけども。


 愛しいレヴィアとの恋愛イベントが発生しなかったのは残念なような気もするけれど、もしも心の準備のないままにイベント発生したら、何かとんでもない破滅が訪れそうな気配があったので、質素な部屋でおとなしくしていた。


 レヴィアはちゃんと休めているだろうか。レヴィアの部屋は、ちょっと高級な部屋にしたので、きっと快適に眠れたとは思うけど……。


 レヴィアのことを考えるとすぐに落ち着かなくなってしまう俺は、テーブルの上に置かれていた聖典とかを開いてアオイさんからもらった日本語版と見比べて文字の勉強をしてみたり、部屋の中をうろうろしたり、ユニットバスの湯舟に浸かったりして気を紛らわせていた。


 やがて、俺はベッドに横たわり、これまでの道のりを思い出す。


 思えば、急に自分の家にいられなくなってから、ここまで来るのにけっこう大変だったからな。大して時間は経っていないんだけど、なんというか、濃い時間を過ごしたと言える。


 シラベール兄弟の衝突とか、ベスさんの三つ編み裁判についての謝罪とか、レヴィアとの出会いとか、合成獣士キャリーサさんのつきまといとか、アオイさんの助け舟とか、大道芸大会で金を稼ごうとしたこととか、レヴィアが絵のモデルになって禍々しい漆黒が完成したことだとか……。


「本当に、色々あったな……」


 転生者ってのは便利なもので、マナ……じゃなかった、魔力さえ使わなければ疲れることもないし、睡眠も食事も必要としない。眠るとすべてが全回復するし、おいしいゴハンを食べると気分がアガるけども、生きるために必須ってわけじゃない。転生者という人種は、常人よりも疲労がたまりにくい超人的な存在なのである。


 でも、ここまでの色んな出来事を思い返すと、どうも精神的な疲労を感じる。


 何よりも、自分の情けなさに落ち込んでしまっているのだ。


 鑑定検査スキルしか持たない(ザコ)は、年上の女二人に借金をし、ウサギ狩りもろくにできず、大道芸には失敗した。芸だと勘違いした観客の()()()()のおかげで旅の資金が得られたけれど、これはレヴィアの勇気のおかげじゃないか。


「疲れた。こういう時は二度寝をしよう」


 ベッドに再びパタリと横たわり、現実逃避的に目を閉じた。ゆっくりとまどろんでいったその時である。


 バサバサという羽根の音と、カラスの控えめな声が響いた。こんな夜中にカラスが宿に何の用だろうか、カラスには不吉なイメージがつきまとうから、心配になった。上の部屋にいるレヴィアは無事だろうか。


 窓を開け、声のした方向を見上げた。


 そこにいたのは、女の子。ぼんやりとした街灯の明かりに照らされながら、新しい白い帽子をかぶって漆黒のカラスに小さく手を振っている女の子の姿があった。


 早い話がレヴィアだった。


 こんな時間に起きるとは早起きだ。とてもえらい。頭を撫でてやりたいくらいえらい。でも、それにしたって早すぎるけれど、鳥の餌付けでもしていたんだろうか。


 真夜中の空に飛び立っていくカラスの影を見つめながら、彼女は呟く。


「ちゃんとお父さんに届けてね」


 返事をするように、カラスは「かぁ」と鳴いた。


  ★


「帽子かぶってメシ食うたぁ何事だ! 出ていけ!」


 怒鳴られたレヴィアは、ぎゅっと帽子をおさえながら小刻みに震えていた。


 ハイエンジで一泊した朝、宿泊代には朝食代も含まれていたので、レヴィアを伴ってレストランに来た。そこまではよかった。だが、そのレストランのシェフ的な人が、大昔に滅んだはずのマニアックなラーメン屋の頑固親父みたいな人で、その人に絡まれてしまったのだった。


 その宿屋お抱えのシェフだって話なので、どうやら泊まる宿屋を間違えたようだ。


「いいか、オレァな、相手が貴族であっても容赦しねぇ。メシを食う時には神であるオトキヨ様に感謝し、祈りをささげるもんだ。それをこの小娘ときたら、帽子も脱がずに食うだと? 不敬にもほどがある!」


 一理ある。食事中には特別な事情が無い限り、帽子を取るもんだ。だけど、レヴィアの帽子へのこだわりはすごいんだ。普段から何かと帽子をおさえて脱げないようにしているくらいで、一緒に旅をしてるってのに、一度も彼女の帽子の中身を見たことがないからな。


 そこには隠さねばならない重要な秘密があるのだろう。


 だいたいにして、食事中に帽子をとる文化があるのなら、帽子をとらない文化だってあるはずじゃないか。郷に入りては郷に従えとは言うけれど、それで相手の衣食住(スタイル)まで縛りすぎる必要はどこにある。帽子をかぶったまま食事をすることで、誰が誰に迷惑をかけるというのだろう。


 だから俺は、帽子とれとれ教の信者である頑固シェフに向って言うのだ。


「まってください!」


「なんでぇ、付き人はだまってな。おれはこのいけ好かねえ貴族女に話してんだ」


 ほう、俺に向って付き人とな。


 レヴィアはその可憐で上品なシルエットと美貌から貴族だと思われているようだった。ならば好都合、その貴族と付き人っていう誤解設定をいかしてこの場を切り抜けてやろうじゃないか。


「いいですかシェフ、よく聞いてください。この方の配慮は海よりも深いのです。この方は、神様への感謝をしていないわけではございません。髪の毛が料理に混入したら大変なので帽子をかぶりなさっているのであって、彼女なりの敬意の払い方なのですよ。幼いながら、そのような細かいところに気遣いができる高貴さこそ、彼女が貴族であるゆえんなのです」


 フフフ、われながら素晴らしい機転である。さすが大学院に行くはずだった男であると自画自賛してもいいくらいだ。


 これにはシェフも「なるほど」と呟いて続けて、


「な、なんでぇ、そうならそうと……」


 と言いかけ、うまくいったと喜んだのも(つか)の間、


「――ラックさん、全然ちがいます」


 あれれ、フォローだいなしー。


「おい、ちょっとレヴィア……」


 レヴィアの融通のきかない言動は、時々底なしに恐ろしく感じる。


「最悪です。私が神に感謝とか笑わせないでください」


「なんだと?」再び怒りの中年シェフ。「おれは相手が女だからって容赦しねぇぞ? 豊穣の神であらせられるオトキヨ様を侮辱する魔女に食わせるメシなんぞねぇ!」


 こうなったら仕方ない。朝食は別のところで食べるとしよう。


「レヴィア、出ようか」


 むくれた表情で頷いたので、俺はレヴィアの小さな手を握って、レストランの外に出た。


「二度と来るんじゃねぇ! 俺のメシが食いたければちゃんと聖典を勉強してきやがれ!」


 どこの世界にも勘違い信者ってのはいるもんだよな。たぶんさ、オトキヨ様ってのがどんなヤツか知らないけれど、客に浴びせる捨て台詞に「聖典勉強しろ」とか言い出すのは、きっとオトキヨ様とやらは望まないだろうに。


  ★


 俺とレヴィアは、作法にうるさくなさそうな店を探した。具体的に言うと、帽子をかぶりながら食事をしている人間を探して、その人と同じ店に入ろうとした。


 しかし、この町は聖典を遵守する人が多いようで、残念ながらそんな店は無かった。そこで俺は、近くの屋台で持ち帰りできるサンドイッチを注文して、それを次の町へ向かう街道沿いの芝生で食べることに決めた。


 透き通る青空の下、馴染みの深い石畳の道から芝生に入り、ピクニック気分で緑の上に座り、闊歩(かっぽ)するザコモンスターを遠くに眺め、木々の新緑がこすれる音だとか、小鳥の鳴き声を遠くにきく。そこには平和な時間が広がっていた。


「ラックさん、これ、何が挟まってるんですか?」


「素早いウサギの薄切り肉を焼いたものだって話だ。そこに特製なんとかソースと新鮮野菜を挟み込んだ絶品サンドがどうのこうのって宣伝してたな」


 レヴィアは、小さな口でおそるおそるサンドイッチをかじり、ぴかっと目を輝かせた後、かぶりついた。ごくりと飲み込んで、


「おいしいです! 歯ごたえがあって、深みのある味わい。こんなお肉、初めて食べました」


 そんなに上等な肉でもないはずなのだが。ただ、ものすごい喜んでいるところ水を差すかもしれないからそういうのは口には出さないけども。


「うまいか、そうか……レヴィアは、ホクキオ育ちか?」


「そう、ですね。ホクキオの近くです。生まれも育ちもホクキオあたりです。ホクキオ周辺を離れたことなくって。だから、このウサギのお肉なんて初めて食べました!」


「ホクキオの安い料理屋にだってウサギの肉は売ってただろう?」


「そ、そうですね。そうでした。でもホクキオで食べたのとはちょっと違う感じですね」


「そうかぁ? そのサンドイッチって、ホクキオでも同じレシピで出してる店があったはずだけども」


 そうしたら、レヴィアは黙りこんでしまった。きっとレヴィアの家はあまり裕福とはいえなくて、外食が禁じられていたとか、そういう感じだろう。まぁ特に気にすることでもない。話を変えよう。


「なあレヴィア、ひとつきいていいか?」


 青空を眺めながら彼女は「何ですか?」と返してきた。


「レヴィアは、なんで帽子をとらないんだ?」


「…………」


 無視である。サンドイッチで口を塞いでしまった。


 てっきり以前かぶっていた雪山用みたいな帽子が大切なんだとと思っていたけど、実は服屋であっさり捨てようとまでしてたからな。結局捨てずに俺が預かったけども。


 そうして貴族帽子を新調してしまった。だとするなら、帽子が大事なんじゃないってことだろう。


 じゃあ何でレヴィアは帽子を外したがらないのか。何か理由はあるはずだ。


 帽子をかぶるという行為によって隠せるもの……か。


 ものすごく太陽光線に弱いとか、うっかり部分的にハゲちゃってるとか、帽子の中にハトとか小動物でも飼ってるとか、考えられる可能性は色々あるけれど……。


 まぁ、気にしないでおこう!




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