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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第三章 ネオジュークを目指して
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第53話 レヴィア対キャリーサ

 合成獣士の紫女、キャリーサに隙ができた。そこで俺はレヴィアの手を引いて二人で逃げ去ろうとしたのだが、どういうわけかレヴィアは一歩も動かなかった。


「どうしたんだ、レヴィア……」


「ラックさん、戦いましょう。この紫の人はしつこいので、ここで命を奪っておかないと面倒です」


 どうしよう、帽子を変えた途端にレヴィアが不良になってしまった。もしや、この純白の貴族帽子は呪いの帽子だったのだろうか。


「レヴィア、命を奪うって……殺すってことだよな。そういうの、冗談でも簡単に言っちゃダメだぞ。人間は人間を殺さないんだ」


「なんでですか?」


「レヴィアだって誰かに殺されたくないだろう?」


「場合によりますけど」


「もしも誰かのために自分自身が死んでもいいって思ったとしても、大事な人には死なれたくないだろう」


「大事な人って、どういう人のことです?」


「家族とか」


 するとレヴィアは、しばし帽子をおさえて考え込んでから、


「なるほど、それもそうですね」


 わかってくれた。


「でもラックさん。あの紫の人は、大事な人とかいなくて誰からも大事にされてない感じがするので、やっちゃってもいいんじゃないですかね」


「こらこら、勝手に決めつけるのはよくないぞ。それに、もしそうなんだとしても、これから大事な人ができるかもしれないし、これから誰かから大事にされるかもしれないから、やっちゃったらダメなんだよ」


「……わかりました。ラックさんが言うなら、命を奪うまではしません。ちょっとこらしめるくらいで我慢します」


 キャリーサは言う。


「クッ、あたいの能力が獣を扱う以上、この女を相手どるには()が悪すぎる……けどね、あたいにだって奥の手はあんのよ。要するに、カードで産み落とすのが生きた獣じゃなければいいんでしょう?」


 そしてキャリーサはニワトリをカードに戻して引っ込めたかと思ったら、別のカード二枚を取り出した。これまでのカードとは違い、基盤に金色の線がいくつも走り、びっしりと丸や四角のパーツが取り付けられている。


 一言で言うと、パソコンのパーツだった。


「デスクトップパソコン用のグラフィックカードというものを使う。しかも二種類。この世界だと激レアよ。これなら機械獣をよびだせるはず」


 ほとばしる紫色の煙のなかで、新たな合成生物が生まれる……かに思われた。


 ところが、あらわれたのは、テレビであった。モンスター感がないただのテレビ。しかもアナログ放送しか受信できない骨董(こっとう)ジャンク品のブラウン管であり、画面は砂嵐をズバーっと流し続けている。しかもチャンネルを回してみても、どこも砂嵐ばかりである。


「クッ、カードが古すぎたようね」


 そして紫の女は機械のカードを回収してテレビを引っ込めると、


「くそう、おぼえてなさいよ!」


 ダッシュで逃げて行った。


 こうして、またしても紫女の危機は去った。何なんだ一体。


 そして、この戦いが終わったとき、大勢集まっていた観客から拍手が響いた。


「いい劇だった!」

「よかったぞー」

「続編希望だー」

「どうやって、あのでっけぇニワトリ出したんだ?」

「レヴィアちゃん、こっち向いてー!」


 大喝采である。どうやら出し物の一つだと思われていたようだ。


 温かい声を送っているのは男ばかりではない、女性もレヴィアに声援を送り、老人も子供もみんなレヴィアに笑顔を向けていた。


 そしてなんと! じゃりんじゃりんと投げ込まれるナミー硬貨。これで俺もホクホクの笑顔にならざるを得ない。


 レヴィアは戸惑いながらも控えめに手を振って、みんなの声援に応えていた。


  ★


 ハイエンジ地区の東側は、イーストハイエンジと呼ばれ、芸術特区であるという。


 この街には、銅像や絵画や壁画などが溢れていて、偶像崇拝とは何だったのかって気分になる。本当に、ホクキオとホクキオの外は別の世界が広がっていて、もっと早く外に出ていれば、もっと違った異世界人生があったような気もしている。


 けれども、後悔はしていない。十年間の苦しみや、くすぶった時間の果てに、俺は鑑定検査スキルを限界突破するに至ったし、レヴィアと出会うこともできた。


 できれば、これから先もずっと、レヴィアと一緒に旅を続けたいのだけれど。


 いっそ、彼女の目的地であるネオジュークになんか辿り着かなければいいのに……なんて、そういうわけにもいかないよな。


 さて、通り過ぎる予定だったイーストハイエンジの道を歩いていると、不意に声を掛けられた。


「ちょっと、そこの」


 黒ずくめの服に身を包んだ女の人だった。肌触りのよさそうな黒いひらひらした服。漆黒のブーツ履いた足を組んで、膝で頬杖をついていた。細くて長い手指は、ピアノでも弾かせたら上手そうな感じである。


 服装や細長い体型からいうと、紫色のキャリーサさんに似ていて、色違い黒バージョンかと思ったけれど、キャリーサさんほどヤバイ雰囲気ではないし、寝不足なのだろうか、目の下にクマがあって、とてもやつれている。


 年上か同年代か、どっちだろうか。たぶん年上に違いない。なぜなら俺のセンサーがプチトラブルにあうだろうという雰囲気を感じ取っているからな。


「そこのって……俺ですか?」


 と返してみたら、


「ちがう。あなたじゃない。真っ白帽子の女の子のほう」


「私ですか?」


 レヴィアが首をかしげたところ、女は「そう」と言って手招きした。


 何だろうかと二人で歩み寄ってみると、黒ずくめの女はいきなり自己紹介を始めた。


「あたしは、ボーラ・コットンウォーカーって芸名で絵描きをやってるもんだけど、ちょっとあんた、絵のモデルになってくれない?」


 そこで、「俺ですか?」と明らかに俺じゃないってのを知りながら言ってみたら、思いっきりにらまれた。あまり冗談が通じるタイプではないらしい。


「あなた、とってもかわいいわ。白く輝く羽根つき帽子やシルクの服も似合っているけれど、あなたの本質はあたしのような漆黒。あなたを見ていると絵のインスピレーションがものすごい勢いで湧いてくる。どうしてもあなたをモデルに絵を描いてみたい」


「却下だ」


 と俺が言った。無視された。


「なあお願いだよ。あなたを描かせてくれ。なんでもするから」


 黒い絵描きがそんなことを言ってきたので、レヴィアの様子を見てみたところ、なんだかまんざらでもない様子である。絵のモデル、やってみたいのだろうか。ちらちらと俺の方をうかがっている。


 そこで俺は、まるでアイドルのマネージャーとかにでもなった気分で言うのだ。


「えっと、ボーラさんとか言ったか。レヴィアを絵に描きたいっていうなら、それなりのものを払ってもらいたい」


 レヴィアのおかげで旅の資金は得られたから、そこまで金に困っているわけでもないのだが、お金様ってやつは、あって困るものじゃない。レヴィアにいい宿をとってやるためにも、稼げる時には稼がねば。


 と、思ったのだが。


「あいにく金はないんだ。だけど、何か払えっていうなら、あんたの望む絵を描いてやる。だから、お願いだ。この子、レヴィアって名前なんだよな。レヴィアさんの絵を描かせてほしい」


「お金のかわりに、俺の望む絵……か」


 絵画と言えば、思い出されるのは、ベスさんの三つ編み裁判が起こる前に、大勇者まなかさんが描いてくれた幸せな絵。すみれ色の満開のアジサイを背景に、俺と好きな人が並んで描かれるという、事実を越えた幸福な絵。


 偶像崇拝を理由に自警団に取り上げられた後、行方がわからなくなってしまった。


 今頃、あの絵はどこにあるんだろうか。まなかさんの絵は素晴らしいものだったから、燃やされてしまっていたらもったいないよな。


 俺が遠い目で過去を思い出していると、レヴィアが声をかけてきた。


「ラックさんだったら、どんな絵を描いてほしいですか?」


「そうだなぁ……好きな人の絵を持ち歩きたいタイプの男だけども」


 なんて、今の好きな人ってのはレヴィア以外に考えられないんだけども。と、そんなことを考えながらニヤニヤしていたら、


「え、ラックさんの好きな人って、どんな人です?」


 唐突な直球が飛んできた。


「え、えっと……」


 どうする。どうしよう。今の好きな人からいきなり誰が好きなのときかれて、どう答えればいい。


 俺は、しばらくなるべく表情に出さないように悩み苦しんだ末に、俺は彼女の名前を口にした。


「レ、レヴィア……」


「え?」


「――レヴィアには好きな人っているのか?」


 情けないことに俺はレヴィアのことが好きだとハッキリ口にできずに、質問返しを選択したわけだ。


 しかし、この話の流れは、なかなか悪くない。


 レヴィアの気持ちを確かめることができるかもしれないからだ。


 俺はドキドキしながらレヴィアの答えを待つ。身体が熱かった。きっと顔は赤くなっていたに違いない。


 そしてレヴィアは笑顔で言うのだ。


「私は、お父さんが好きです」


 あ、そうっすか。




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