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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第三章 ネオジュークを目指して
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第51話 純白のレヴィア

「なんつーかな、勝負にゃあならなかったが、ラビットたちのあんな姿、マジで初めて見たぜ。珍しいもんを見せてもらった礼に、お嬢ちゃんに二羽だけくれてやんよ」


 敏捷おじさん・鳥ックさんは、そう言って、目にも止まらぬ速度で、ウサギの亡骸を置いた。俺の足元では、いつの間にやらウサギが二羽ほど死んでいた。


 なんだろう、祭りの日の金魚すくいで一匹も救えなかった時、オマケで一匹もらう感じに似ている。


 祭りはもう始まっているのかもしれない。なんてな。


 そして見えないおじさんは言う。


「それじゃあな、オレは、ラビットたちを追っかけるからよ、また会うことがあったらよろしくな」


「え、あ、はい……」


 その後、大風が吹いた後には、おっさんの声がしなくなった。(とり)ックおじさんは去っていったようだ。


「なあレヴィア、敏捷おじさんは、本当に存在したのだろうか」


「見えなかったんですか?」


「むしろ、どうしてレヴィアには見えてたんだ?」


「…………」


 彼女は黙って目をそらし、両手で帽子をおさえていた。


 というわけで、最後までおっさんの姿を見ることができなかった。動くのをやめると全身に酸素が回らなくなって死んでしまうとか、そういう呪いでも掛けられているのだろうか。


 それともただの趣味で高速移動してるのだろうか。だとしたら変な人だな。


 何はともあれ、これでウサギ二匹という財産を得ることができた。引き締まった良い肉だから、さぞかし美味しいだろうし、高く売れるに違いない。


  ★


 夜が来て、朝になった。三番目のまち、ニューハイエンジに着いた。


 ここは、サウスサガヤと雰囲気が似ていて、雑然とした街である。木造、レンガ、ガラス、石など、建物の種類が多く、石畳の街道に沿って様々な商店が並んでいる点はサウスサガヤと似ている。ただ、サウスサガヤよりかは作られた街っていう雰囲気があって、まっすぐな路地が多めだった。


 そして、その街道沿いの商店でウサギを売り払った結果、銅貨二枚分になった。これは、食材としてはそこそこの値段である。


 祭りの日が近づいているとラピッドラビットの買取金額はもっともっと高くなるらしいのだが、あいにく最高品質とまではいかないんだそうだ。


 もしかしたら金がないのが見透かされていて、商人に足元を見られたのかもしれない。


 いずれにしても、この付近で狩りを続けたところで、長旅の資金を稼ぐことはできなさそうだった。俺じゃ捕まえられないし、レヴィアが接近すると逃げちゃうしな。


 いかにして金を稼げば良いのやら……。


 考え込みながら歩いていると、ふと軽快な音楽が流れる広場に出た。


 広場には舞台があって、壇上には女性たち。頭にウサギの耳をつけ、ほんのり白っぽいドレスを着た可憐な女性たちが音楽にあわせて舞い踊っていた。しばらくそのまま踊りを見ていると、観客から踊り子に向かって銅貨やら銀貨やらが投げられ、じゃりんじゃりんと激しい音が響く。


「なあレヴィア、ダンスってできるか?」


「ダンスって何ですか?」


「いやまあ、なんていうか、あんな風に踊れたりしない?」


「ラックさん、私を見世物にしようとしてます?」


「いやいやー、そんなことないけど」


 クッ、なかなか鋭い。


 女性たちのダンスが終わって、壇上からウサギ娘たちが降りていく。同時に、次の演者が舞台に上がった。


 今度はファイヤーダンス。炎をつけた棒をジャグリングしていたけれど、昼間だったから全然目立たず、見ていてなんだか可哀想だった。もっと遅い時間にやらせてあげればいいものを。


 やはりと言うべきか、さっきのウサギさんダンスチームに比べると、投げ込まれるナミー硬貨の数が圧倒的に少ない。


「ラックさん、これは、何のイベントなんでしょう? お祭りですかね?」


 レヴィアはきいてきたが、俺は「さあ」としか返せない。


 かわりに、通りすがりの知らない男が答えてくれた。


「可愛い帽子のお嬢ちゃん。これは、大道芸大会。すなわち、コンテストだ。本番の祭りに参加するために、みんなが芸を競ってるのさ。参加自由だから可愛い帽子のお嬢ちゃんでも出られるぞ。審査方法はシンプル。イベント内でのナミーの稼ぎだ。暇なら挑戦してみたらどうだい、可愛い帽子のお嬢ちゃん」


 まったくどうでもいい話なんだが、「可愛い帽子のお嬢ちゃん」と言うときに、可愛いのは帽子なのだろうか、それともお嬢ちゃんの方なのだろうか。あるいは両方を意識してるんだろうか。


「おじさんは、何の芸を持っているんですか?」


「可愛い帽子のお嬢ちゃんには特別に教えてあげよう。おじさんはな、即興で相手の顔を彫刻するのが、大の得意なのさ」


 この発言の中で、俺が気になったのは、


「あれ、偶像崇拝禁止なんじゃ?」


「あん? 何言ってんだぁ。そんなこと言うのは、ホクキオの連中くらいのもんさ。ホクキオの信仰はちょっくら異常だからな。あそこ以外の地域じゃあ、偶像崇拝したところで、とやかく言われることなんてねぇよ」


「そうなんすか……」


「それより、あんたも芸人かい? どうだい、何か芸をもってるなら、いっちょこの大会に参加してみるってのは」


 なるほど、これはちょうど渡りに船というやつではないか。実を言うと、俺には自慢できる芸が一応ある。今まで用途が限定的すぎて活躍の機会がなかったが、ついに役に立つ時がきたのかもしれない。


 今まで隠していたのだが、俺は円周率を七十桁くらいまで唱えることができる。以前は百二十桁くらいまで言えたが、披露する機会が少ないので芸もさび付いてしまった。


 そして、これはマジな話なのだが、高校の時、この円周率を黒板に書きなぐったら、「すごーい」と女子に言われた。スポーツが得意な可愛い女の子だったから天にも昇る気持ちになった。だが次の瞬間に、その同じ女子から、「でも何の役にも立たないよね」と奈落に突き落とされた。人生なんてそんなもんだ。


 そんな黒歴史はともかく、俺はノリでエントリーを済ませ、壇上に上がり、「さんてんいちよん」から始まるこの世の真理を唱えだした。


 唱えだした途端、人々は俺に大注目した。


 ああ、怪しいものを見る目つきでな。


 コソコソと話す通りがかりのおばさんたちの声は、「悪魔教かしら」だとか「やだ悪魔教よ」とか、そんな感じ。


 そして、俺の耳は、ある重要な情報を拾い上げた。


「というか、見て、あの服装って、さっき親衛隊が探していた人にそっくりじゃないかしら? たしか、オリハラクオンとかいうウルトラ凶悪犯罪者とか……」


 風に乗って届いたおばちゃんの声に驚いた俺は、思わず円周率の暗誦も止めてしまった。


 俺が急に何も言わなくなってしまったので、辺りを静寂が包み込み、多くの視線が集中してしまっている。


 くっ、まずい。まずいぞ、実にまずい。このままでは、王室親衛隊に通報されてしまうかもしれない。


 なんとか怪しまれないように誤魔化さねば……。


 俺は大きく息を吸った。そして言うのだ。


「なにィ! クッ、馬鹿な、逃がしたか……もう少しで悪魔を捕まえられたのに、なぜ気付かれたのだろう。これは悪魔教の呪文を敢えて唱えることで悪魔をよびだし、まんまとおびき出された悪魔を倒すという極秘作戦だったのだが……近くの誰かが『悪魔』という単語を口にでもしたのだろうか? チラッ」


 だいぶわざとらしい口調になってしまったが、俺がそう言ってすぐ、ヒソヒソしていたおばさんたちは、そそくさと去っていった。


 うまくいった。


 おばさんたちは自分らのせいで悪魔を逃がし、退治の邪魔をしたとでも思ったに違いない。単にヤバい人だと思われた可能性もゼロではないけれど、とにかくこれで通報される可能性を下げられたような気がする。


 俺は再び、「ムッ、新たな魔の気配! あっちか!」などと悪魔の降臨を察した演技をして、壇上から飛び降り、戸惑うレヴィアの手を引っ張り、俺たちも、すぐにその場を離れた。


 ……いや本当に、通報されていないといいんだけども。


  ★


「なんてこった……」


 俺は息をのんだ。


 試着室から出てきたレヴィアは新しい真っ白な帽子をかぶっていた。中古品の、幅の広い羽根つき白帽子は、まるで何年も前からレヴィアのものだったかのようによく似合っていた。


 さっきのおばちゃんたちの会話から察するに、俺の特徴を言いふらして回っている兵士がいるようだからな。つまり、このままではレヴィアの身に危険が及ぶ可能性があるということ。俺を捕まえるためにレヴィアが誘拐されることだってありえる。


 そこで俺は、古着屋に駆け込み、レヴィアに新しい帽子を買ってやることにしたのだ。


「ほんとです? 大丈夫です? 派手じゃないですかね?」


 試着室から出てきたレヴィアを見た時、俺は息をのんでしまい彼女の質問に答えられなかった。


 着替えたレヴィアは、これまで以上に最高のレヴィアだった。ただ、派手か派手じゃないかと言われれば、純白ってのは光を反射するからすごく派手だけども。


 今までの雪山帽子も良かったけど、新しい真っ白な帽子は身分の高い人が使っていた中古品らしく、ゆたかに広がった布地や、控えめについた飾りの羽根からは優雅な気品が漂っていた。レヴィアの頭上に天上の妖精が舞い降りたかのようだ。


 とても古いデザインだと店主は言ったけれど、帽子は新品同然だった。しかも不自然なくらいに安かった上に、これを買うと言ったら、白く輝くシルクの(ドレス)も一緒につけてくれるとか言い出した。見る角度によって薄く龍の紋章が浮かび上がる高級そうなドレス。


 この世界でもシルクと呼ばれる布は超がつくほどの高級品であるから、一体どういうことなのだろう。


 そういえば、これまでホクキオ、サウスサガヤ、ハイエンジと三つの地区を進んできたけども、町行く人の中で、今のレヴィアほど白い服を着ている人はまずいない。庶民もそうだけど、ホクキオの貴族街の人でも、真っ白い服を着た人は、意外なほど少なかったな。


 シラベールさんたちの甲冑は白に近い白銀だけど、完全な白ではなかったし、それ以外の人でも、白い服を着た人を見た記憶があまりない。くすんだクリーム色みたいな服は、わりとみんなが身に着けるけど、白は本当に少なかったような気がする。


 鳥やウサギなんかは白いのがいたけども……。


 もしかして、白という色は、()み嫌われているのだろうか。


 いや待てよ、十年前に一人だけ……出会った時のまなかさんが、透き通るように真っ白なブラウスを着ていたっけ。


 何はともあれ、すごいオマケの量だった。まるでその帽子を店から追い出したがっているようである。なんてな、そんなわけないか。きっとこの帽子に相応しい人がいなかったことが理由に違いない。


 そう、たぶんこの帽子は、レヴィアが店に来るのを待っていたのだ。


 これまでのふわふわした上着とか、何の変哲もないスカートとかも悪くなかったけれど、やっぱりちゃんとした服を着ると彼女の可憐さが際立つ。もうどう見ても最高に高貴な貴族である。


「派手? まあ派手と言えば派手かもだが、とても可愛いぞ、レヴィアによく似合ってる」


「ラックさんも、新しい服がよく似合ってます」


「そうかぁ?」


 俺も茶色い服の襟をつまんでみせた。


 そう、ついでに俺も、店主がくれるというので自分の服も全身を交換してみたのだった。


 なるべく目立たない地味な服を選んだつもりだ。その地味服がよく似合っているというのは、喜んでいいのやら、何なのやら。


 はじめは、モコモコヤギの革でできた皮の服をすすめられた。ロックな感じでところどころ破けた派手な服は、それなりに格好良くて欲しくなったが、逃げている身で目立ちたくはない。


 だからとにかく地味な服。普通の町の普通の男が来ている普通の服にした。どこからどう見てもモブキャラになり、前にもまして可憐になったレヴィアとは釣り合わないような姿になってしまった。


 だけどそれでも、レヴィアに危険が迫らなくなるなら、それでいいんだ。俺のオシャレなんて、いくらだって犠牲にしてやる。レヴィアが可愛く着飾ってくれればそれでいい。


「他に何か欲しいものはないか? そんなに高いものは買えないけど、どうしてもレヴィアが欲しがるなら、借金してもいい」


 レヴィアは首を横に振った。いらないらしい。正直ありがたい。借金したくない。いやまあベスさんとかアオイさんからすでに借金してるんだけど。


「じゃあレヴィア、何が食べたい? そろそろ腹が減ってきたろう?」


「え、特におなかすいてませんけど」


「大丈夫か? 無理してないか? 遠慮しちゃダメだぞ? また倒れられたら俺はどうすればいい?」


 そうしたら、ふふふ、と新しい帽子の両側を掴んで曲げながらレヴィアは笑った。そして言うのだ。


「なんだかラックさんといると楽しいです」


「い、いきなり何だよ……」


「外の世界って、楽しいですね」


 なにがなにやらって感じだったが、俺もレヴィアと同じ気持ちだ。


 レヴィアとの旅は本当に楽しい。


 ベスさんとアオイさんに借金してしまったのは気がかりだけども、いずれ十倍返しくらいにして恩返しがしたいと、そんなことを思った




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