第5話 ゆきずりの冒険者(2/10)
草原をしばらく歩いたら、野犬がでてきた。グルルルとか言っていた。スライムもいた。鋭い目で俺を見ていた。
敵だ。転生したばかりの俺を襲ったのと同じ組み合わせだ。
「まなかさん、敵ですよ、やっちゃってください!」
俺がそう言ったら、ものすごいあきれ顔をされた。
「あなたが戦うんだよ」
「えぇっ?」
「本当は、ホクキオのまちに行くとチュートリアルみたいなのがあるんだけど、わたしが教えてあげる」
「そんなこと言ったって、か弱い犬を殴ったり、か弱いスライムをやっつけたりするなんて、俺にはできない! みんな生きているんだ!」
「あーほらほら、言ってる間にもう、噛まれてるから」
「痛たたたぁ!」
「スライムも君の左手に取り付いてるし」
「あぁあああ、気持ち悪い感触ぅうう!」
パンツ一枚しか装備してないから、噛みつくところもいっぱいあるし、ネットリとへばりつくところもいっぱいある。
なんという不利な戦い!
しかし、冒険者まなかは助けてくれない!
「ほら戦え戦え。その拳は飾りなの?」
「どうやるんですか。何か技の名前を叫んだら、技が出るとか、そういうシステムないんですか?」
「あーまぁ、レベルが上がればね。たとえば……」
まなかさんは、ゆったりと剣を抜いた。その黄金の剣を左手に持ち替え、一度、真っ青な天に向かって突き上げて鞭をしならせるようにヒュンヒュンと手首のスナップをきかせて横倒しの8の字を描き、剣を勢いよく地面に突き立てたかと思ったら、声を張った。
「堕天闇黒龍!」
澄んだ声。
彼女の身体から禍々しい黒い閃光がほとばしる。エンジェル感はあまりない。ルシフェル感すごい。
黒髪がふわりと揺れる。これまでの無風が嘘みたいに風が出てきた。青空を暗雲が覆い隠し、薄暗くなった。
かっこよさげな動きで技名を唱えた途端に天気が悪くなったのは、何かの魔法ってことなのだろうか。
冒険者まなかは、両手で地面に刺さる黄金の剣をおさえながら、力強く、
「――我が聲に應え、來たれ我が僕! 蹂躙せよ! 我に視せ! 太古に五龍をも統べし其の力を!」
上空遥かな高みから、ゆらめく闇がとろりと落ちてきた。
はじめは緩やかに落ちてきた闇だったが、やがて炎の形になって揺らめきはじめた。どう見ても禍々しい闇の炎は、ぐるぐると螺旋を描きながら、俺に向かって降りてくる。
あれ、これやばいんじゃないの。
実は、まなかおねえさんは、俺を殺しにきてるんじゃないの。俺は二度死ぬの。俺を殺してもパンツくらいしかあげるもんないよ。そのパンツすら、闇の炎に抱かれて消滅しちゃうよ。
「あ、動かないでね」
いやっ、こわくて動けないっす。声も出せないくらいっす。ていうか、動いちゃダメってことは、それは一歩間違れば俺の脳天に上位魔法っぽい何かが刺さる可能性があるってことじゃないか。
ボイスで技が出るシステムの紹介とかいらないから、はやいとこ黒い炎の龍をキャンセルしてほしい。どう考えてもスライムとワンちゃんを燃やすには火力オーバーが過ぎるだろう。
ドドン、二つの場所で同時に音がした。急に明るくなった世界には、地面に小さな穴があいていて、そこにいたはずの犬とスライムは消えていた。代わりに、透明度のある数字列が浮かんでいた。。
えっと、これダメージ表示だろうか。だとするなら桁がおかしい。
『81811584』
八千万ダメージ超。犬は跡形もない。
『558837564』
五億ダメージ超。スライムが死んだ後には、薬草らしきものが落ちていた。それは自動で取得され、俺のアイテム袋の中に入っていった。『鑑定アイテム:謎の草』を手に入れた。
俺は恐怖から動けずにいた。だって五億だよ。数えたことないよそんな数。両手の指を何千往復すればいいんだよ。
で、試しに、俺は草むらから懲りずに飛び出してきた犬を殴ってみた。
『2』
この拳が繰り出したダメージ、わずか一桁。しかも、びっくりしたことに犬はガラス片になって砕けて消えた。
ジャジャジャジャーン、みたいな音が周囲に鳴り響いた。
「お、レベルアップしたね」とまなかさん。
どうやらレベルが上がったらしい。目の前に、何か白っぽいウィンドウが表示された。後ろが透けて見えるオシャレなインターフェイスである。
まるでゲームのステータスとかメニューとかの画面だ。
そのウィンドウには、こう書かれている。
『レベル2になりました。ステータスボーナスポイント1を獲得。今すぐ振り分けますか?』
イエスかノーかの選択肢。
なんだろう、俺はゲームの世界に転生してしまったというわけなのだろうか。とりあえず、能力を上げられるというなら、上げてやろうじゃないか。と、思ったのだが、
「あ、それ待って。スキルとかステータスとかは、すぐに上げない方がいいよ」
「そりゃまた何故ですか?」
「わたしの経験からいうとね、スキルとかステータスをバランスよく振っちゃうと、上限突破ができなくなるんだよ。中途半端にスキルばらまいて、器用貧乏になった場合、終盤に過酷なレベル上げか、スキルリセットのための地獄のお金集めのどっちかが必要になるから、適性を見極めてからのほうがいい」
なるほど、普段の俺なら戦闘系のスキルに攻防バランスよく振り分けているところだが、まなかおねえさんが言うなら、その通りにしよう。ボーナスポイントはしばらく放置だ。
まなかさんは、「さて、と」と言いながら地面から剣を抜き、鮮やかな身のこなしでザコスライムとザコ犬を切り裂き始めた。
「堕天十字斬!」
と叫びながら残像を伴った十字切りをし、
「堕天三叉矛!」
などと叫びながら、三方向に向かって斬撃を飛ばし、地面にまで裂傷を負わせていた。きれいな断面だったので、切れ味抜群のようだ。
毎回、ダメージが桁違い。相当やり込んでいる感じだ。
「まなかさん」
「なーに?」戦闘中にもかかわらず、余裕の返答がかえってきた。
「ちなみに、まなかさんは、今は、どういう風にスキルを振ってるんですか?」
「攻撃に全振り。攻撃値の上限突破して、数値でいうと、+34500くらいかな」
「それって、どのくらいのレベルなんだ……」
「ん? レベルでいうと、これも上限突破してて、『計測不能』っていう表示が出るくらい。遊び心があって粋だよね」
それはなんとも化け物じみてる。実は、まなかさんが魔王なんじゃないの。魔ナカさんなんじゃないの。そんな疑惑さえ浮上してしまうほどの異常な火力だ。
「魔王七回倒してるからね」
うわぁ、ゲーマーだ。ゲーマーが出たぁ。最大ダメージを出すための研究にもそろそろ飽きて低レベル短時間アイテム無し回復なしのナシナシスーパー縛りチャレンジとかを始めちゃうところまでやりこんでいく人種だ、この人。
その考えに行き着いた途端に、目の前の綺麗なはずのおねえさんから廃人オーラが漂ってきたぞ。
「まなかさん。防御スキルとかって、ないんですか?」
「あるけども、当たらなければ問題にもならないから、攻撃に全振りしてる」
「それって、本当に大丈夫なんですか? この世界で死んだら、人はどうなるんですか?」
「さあねえ。死んだことないからわかんない。ただ、目の前で死んだ人は、身体から魂っぽいものが抜け出して北の方に飛んでいったよ。湿原と森があるほうだね」
「それって、どういう……」
「さあ。たぶん、次の世界とかに転生するんじゃない?」
ってことは、この世界で死んだら、また別の世界に飛ばされるということなのだろうか。少なくとも、話をきく限りでは、この世界からいなくなるというのが有力だ。次の世界ってのが、全く想像がつかなくて恐怖しかなかった。
その後しばらく、喋りながらも、ざくざくと雑魚を狩り続けるおねえさん。相変わらずダメージの数値がおかしい。
俺はといえば、さっきスライムにとりつかれた左腕が痒くて仕方なくて、彼女の見事な狩りを見ながら、ひたすら掻きむしっていた。