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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第三章 ネオジュークを目指して
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第48話 反逆のアオイさん

「アオイさん、いまさらなんですけどね」


「なに?」


「この部屋、汚すぎじゃないですか?」


「そう? ちょっと散らかってるけど、食べかすが転がってるわけもなく、衛生的には問題ないと思うけど」


 古い本がホコリかぶって畳の上に転がってる八畳間が衛生的かどうかは、ちょっと微妙だけども、それよりなにより、ヤバいのは建物そのものだ。


 今にも崩れそうな角度で傾いている。


「こんなのがギルド寮とは」


「みんな出て行っちゃったから、住んでる人はほとんどいないんだけどね」


「ギルド職員って、ひょっとして儲からないんですか?」


「ううん、給料はそれなりだよ。けど、こっちの場合は、書物を買うとすぐにお金なくなっちゃって」


「ボロボロの本が多いですね。貴重な古文書ですか?」


「ま、そんなところ」


 アオイさんの部屋にあるのは、目の粗い茶色っぽい紙ばかりだった。崩れかかっているものも多い。


 本棚に入りきらないような大型本や巻物が多く畳に積み重ねられていて、手に取って広げてみると、本の中身は全て手書きであった。


「なるほど、大量印刷の技術が確立されていないから、情報がコンパクトにできないんですね」


 などと俺は知的な感じに格好よく言ってみたのだけれど、


「違うよ。そういうスキルあるし」


 一瞬で否定された。とても格好悪い。レヴィアが寝ている時でよかった。起きていたら俺の知的なイメージが崩れてしまうところだったぜ。


「ラックくんなら転生者だから通じると思うけど、印刷スキルっていうのは、たとえて言うなら、霊能力による自動筆記のようなもの。だから予言者だと思われたりするんだけどね。とにかく、印刷スキルっていうのは、たくさんの筆と紙を同時に高速で動かすことで書き込むんだよ。ラックくんも、この世界の新聞とか読むでしょう?」


「見たことはありますね。あまり読めませんけど」


「うそ、読めないの? マリーノーツに来て何年?」


「かれこれ十年になります」


「うっそ、やばくない?」


 何がどうヤバイのか、よくわからないけれど、とりあえず、「ヤバイっすね」などと適当に返してみた。


「ふぅん、そんなんで商売なんかしようとしてたんだ」


 アオイさんの言葉が、ザクっと刺さってきた。年上の女は、すぐに痛いところをえぐってきやがる。


「てことは、聖典も読んだことない?」


「聖典?」


「そう。『聖典マリーノーツ』っていう、この世界のこれまでの歴史と、()()()()が記してある本があるのよ。ホクキオでは『書物にすると偶像崇拝にあたる。それは教えを広めているようでいて逆に聖典に背くことだ』とかいって取り締まってるから、ホクキオから出ない人にはわからないかもね。なんていうか……ホクキオは他とは違う特異な町だから」


「そうなんですか……。たしかに、聖典なんてものは一度も目にしたことなかったです」


「やっぱりか。じゃあ、数百年前に印刷された日本語訳があるから貸してあげる。貴重な資料だから、ちゃんと返してよね」


「はぁ」


 俺は彼女から、『ツゥノィリマ文和』と表紙に書いてある文庫サイズの本をもらった。持ち運びしやすいサイズの本である。全く意味わからん文字列だと思ったけれど、右から読むと、なるほどそういうことか。『和文マリィノゥツ』というわけだ。


 本を開くと、縦書きでびっしりと文字が書かれていた。古文書らしからぬ、読みやすいキレイな文字だ。


「アオイさんは、その聖典ってやつの研究をされてるんですか?」


「まあね。聖典をさ、だいぶ長いこと調べてるんだけども、隠された真実にはまだ辿り着けていないんだよね」


「隠された真実……ですか?」


「おっと、ラックくんと話してると、うっかり色んな秘密を語ってしまいそうになるわね。なんか不思議ね。……けど、まあ、そうね……ラックくんなら、大丈夫でしょう」


 そして、鑑定士にして聖典研究者でもある彼女は言うのだ。


「これは、間違いなく反逆罪に問われるようなことだから、絶対に秘密なんだけどね、今の世の中に出回ってる『聖典マリーノーツ』は……本物じゃないの」


 わりと衝撃的なことを言われた気がする。


「今はオトキヨ様の名のもとに布教が行われているけれど、もともとはそうじゃなかった。真の教え自体が、いつのまにか上書きされ、人々の目から隠されるようになった。それを調べていく過程で、もう一つの聖典が存在することを知ったの。それが、これよ」


 アオイさんは、ひときわ古い巻物を手渡してきた。


 タイトルはついていないし、慎重に広げてみると、ところどころ文字が欠けて読めなくなっている部分がある。


「アオイさん、これは……?」


「これこそが書き換えられる前の原典、『ホリーノーツ』。断片的な断章が続いていて、今の聖典と比べると洗練されていない。記述の重複も多くて、虫食いや読めない字も多い。そして何より、魔術や呪術のことばかりで、創世神話に関する記述が全くない。ごっそり抜け落ちてる」


「創世神話、ですか? それは、世界が混沌だったとか、七日間で神によって作られたとか、ビッグバンとか、そういう種類のものですか?」


「それそれ。『聖典』は、現実のある一神教が説いてる七日間説(なのかかんせつ)に似てるんだよね。その記述が『原典』には全く存在しないっていうのは、どういうことなのか。ラックくんは、どう思う?」


 この境目の世界が、どうやって生まれたのか。世界の果てはどうなっているのか。マリーノーツ以外の別の世界があるのか。


「じゃあ、本当は全部を知ってる人がいて、人々に知られると都合が悪いから、隠してしまった……っていうのはどうです?」


「たしかにね、その可能性はゼロじゃない。けど、どうなのかな……。ま、たぶんさ、もともと創世神話なんて『原典』には書かれていなくて、現実世界の宗教に詳しい人が、『聖書』とかの記述を真似して、神聖ナントカ様を名乗るために……でっちあげたんじゃないかって」


「え」


 思わずびっくりしてしまった。


 この発言は、世間知らずの俺からみてもヤバすぎる。きっとウルトラギルティだろう。俺なんかよりも、よっぽどひどい反逆者が、ギルドの中にいたわけだ。


 赤っぽい甲冑のシラベールさんこっちでーす、と言いたいところだけど、あの人にこの話をしたところで、俺の反逆罪が確定するって結果しか生まれない。そんでもって、俺のせいでアオイさんまで捕まることになってしまったら、それは、とてもとても悲しいことである。


 だから、ちょっとこれは、聞かなかったことにしたい。


 アオイさんは、なおも続けて言う。


「根拠はちゃんとあるんだよ? だって、『聖典マリーノーツ』の成立時期は、この世界に転生者と魔王が出現し始めた時期と重なるんだから。そして『原典ホリーノーツ』はそれより遥かに昔に書かれてる。ってことは、だよ? 要するに、この今はマリーノーツと呼ばれている異世界には古い信仰があったはずで。だけど、新しい神聖さを創作して上書きした人たちがいるってことね」


 今日のアオイさんは、本当によくしゃべる。まさに水を得た魚のようである。今までこういう話ができる友達がいなかったに違いない。


 でも、俺だって、今のところ、そこまで『聖典』だの『原典』だのに興味があるわけではないし、明らかにこの会話って、言い逃れできない反逆会話だから、正直あまり深く語ってもらいたくないのだけども。


 それでもアオイさんは、話すのをやめない。


「ギルドで鑑定士なんかやってるとさ、『聖典』関係の情報は、けっこう多く入ってくるんだ。本当は大勇者とかになれれば、皇帝の住処にも入ることができて、神聖皇帝オトキヨ様が隠し持ってるであろう真の『原典(ホリーノーツ)』とか、『聖典(マリーノーツ)』を作る際の原稿とか草稿なんかも見れるチャンスがあるんだろうけどね」


「真の『原典(ホリーノーツ)』ですか……」


「最も古いものはメモ書きのようなものが未整理のままの形になってるって他の文献に書いてあったから、その最古のものを見れば、本当のことがわかるかもね」


 簡単に言うと、こういうことである。


 この世界の呼び名の由来になった『聖典マリーノーツ』のほかに、隠された『原典ホリーノーツ』がある。もともと『原典』のほうがおおもとなのだが、転生者と魔王が歴史上にあらわれる時代に書き換えられて『聖典』が成立している。


 そして、『原典』には現在信じられている『聖典』に記された創世神話に関する記述が全く存在せず、大半が呪術と魔術に関する記述である。


 誰が何のために『原典』に書き足しを行い『聖典』を作ったのか。

 隠された真実とは何なのか。


 ただ、アオイさんは、そのことを知って、何がしたいんだろうか。


 もしかしたら、目的なんてものはないのかもしれない。ただ本当のことが知りたいと、それだけなのかもしれない。


 だとしたら、アオイさんみたいな人のことを、真理の探究者とでも言うのだろうか。


 何はともあれ、俺としては、ここまで真実に対して真剣になれる彼女のことを、本当に尊敬できる人だと思ったのだった。


「アオイさんは、現実に帰ろうと思わないんですか?」


「うん? ちゃんと謎が解けたら帰るよ」


 彼女にとって、この世界の謎こそが、運命の魔王なのかもしれない。




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