第47話 薬屋へ(2/2)
俺は二人の年上の女から借りているお金を薬屋に差し出した。
現在の全財産を提出したのだ。
男が中身を開けると、じゃらじゃらと音を立てて、板張りの縁側のようなところを銀貨や銅貨が転がり、やがて止まる。
男は、眼鏡を頭の上にずらし、猫背でうつむきながら、「ひぃ、ふぅ、みぃ……」と、ゆっくりのそのそと金額を数えて、言うのだ。
「これだと、質の低い栄養剤くらいしかお出しできません」
「なに? 万能薬的なものは、そんなに高いのか? 別に、エリクサーじゃなくてもいいんだぞ」
そしたら、丸眼鏡は次のように説明してくれた。
「いえね、そもそもホクキオのほうで内輪もめみたいな戦闘があったらしくて、赤っぽい色の甲冑を着た方々が、安い万能薬を大量に買っていってしまってですね、万能薬として使わているもののなかでは、上等なものしか残っていなんです」
おのれ、王室親衛隊。おのれサカラウーノ・シラベール。
レヴィアが目を覚まさなかったら、絶対に赤っぽい甲冑を許さない。
しかし、丸眼鏡は、なかなか話のわかるやつだった。
「ですが、あなたの焦りは本物のようですね。本当に急病人ということであれば、上等なほうの万能薬をお出しできます。さすがにエリクサーは無理ですが、かなり栄養満点で、万病がたちどころに治ると評判のものを差し上げましょう」
丸眼鏡は立ち上がり、奥にあった壁いっぱいに広がった小さな引き出しの前に立った。そして、そのうちの一つを迷いなく開けた。そこまでは格好良かったんだが、
「あれ、これじゃない。こっちか? んー、違うか。あ、端っこに移したんだった……ないな、あれれ、おかしいな」
などと呟きながら探して、やっとのことで目的のものを発見した。なんだか不安になるなぁ、すんなり出てこないと。
眼鏡をずらしてじっと見つめた後、ぐるぐる巻き角の形にフゥとおもいっきり息を吹きかけた。舞い散ったホコリが落ち着く前に、ずずいと差し出してくる。
「こちら、お確かめください。『スパイラルホーン極』になります」
「ほう……効能は?」
「まずは、栄養がすごいですね。そのほかにも、呪術の程度にもよりますが、百八種類の呪いを防ぐ効果があります。スパイスとして料理に混ぜると、食事による魔力回復量が大幅に上がるとか」
「それはすごい。」
価値を失ったラストゴミクサーさんとは大違いだぜ。
だが、ちょっと待てよ。
これまで何度か騙されてきたからな、俺も慎重になるというもの。ここは、なんとか不安をぬぐうべく、スキルを使用する。
渡された、どっかで見覚えのある漆黒のスパイラルホーンとやらに手をかざす。
――検査。
――鑑定。
特に問題はなかった。確かに、まちがいなく『スパイラルホーン極』であるし、ステータス画面に記された効能も、薬屋眼鏡の話と一致する。大回復、魔力回復、呪い状態解除、調味料としても使用されるとある。
「なんと、お客様、珍しいスキルをお持ちですね。鑑定と検査のスキルなんて、アオイちゃんくらいしか持ってないと思っていましたが」
ん?
アオイちゃん、だと?
「え、俺も、アオイさんとは、一応知り合いですけど」
俺がそう言った瞬間に、雰囲気が一気にトゲトゲしくなった。
「なんだと? どういう知り合いだ?」
突然の低い声。
急に乱暴な口調になってしまった薬屋眼鏡である。敬語が完全に失われていた。にらみつけるような目になっちゃって、豹変っていうのは、こういうのをいうのだろうか。なんかこわい。
「どうって、俺の家に風呂入りに来てただけですけど」
そう言ったところ、彼の表情が再びやわらいだ。
「あなたがラックさんでしたか。ホクキオのお風呂屋さんの。なるほどですぅ」
敬語も復活してくれた。
実にわかりやすい。この人はアオイさんのことが大好きなんだろう。
というかな、俺は風呂屋じゃない。商売はしてないから全く風呂屋ではないのだが、アオイさんは俺の家を、そんなふうに触れて回っていたのだろうか。ただまあ、後で面倒になりそうだから、「実は風呂屋じゃないぜ」とか口に出すのはやめておこう。
実際、俺とアオイさんはそんなに深い関係ではないのだ。
薬屋は言う。ニコニコ笑いながら。
「なるほど、ラックさんかー。そういうことなら、特別に多めに出しましょう!」
アオイさんの名前を出して、俺が風呂屋のラックだとわかると、急に大サービスが始まった。
おろし金のような道具で、ゴリゴリゴリゴリと軽快に巻き角が削られ、粉状になっていく。
「その角って、なんの角なんですか?」
「これですか? これは、野生のモコモコヤギの角ですよ」
なるほど、道理で見覚えがあるわけだ。
あれは十年前、大勇者になる前の冒険者まなかさんに連れられて山賊洞窟に向かう途中、野生のモコモコヤギに遭遇した。ものすごい強いヤツだったが、俺がヤツの神速の連続攻撃に耐えて生き残り、その隙をついて、まなかさんが抜刀一閃、角を破壊するという協力プレイで撃退したんだ。実にいい思い出だぜ。
……ちょっと美化しすぎたかな。
まぁとにかく、あの時に出会った立派な角のモコモコヤギが落としていったものに、よく似ていた。
結局、三つ編み裁判のどさくさで、『鑑定アイテム:謎の角』も行方不明になっていたのだが、案外、その角と十年の時を経て再会できたのかもしれないな。細かく形まで記憶してるわけじゃないから、違うモコモコヤギの角かもしれないけど。
「野生のモコモコヤギの角は、かなりの激レアなんですよ。何せ、野生だと尋常じゃなく強いので、かなり上位の勇者でないと絶対に勝てません。野生のモコモコヤギの強さは、角の立派さで計れますから……そうですね……この角の持ち主は、その中でも、かなりの上物です。伝説クラスの化け物だったことでしょう」
「ほう、本当はいくらの品なんだ?」
「正直、この黒い粉末をひとつまみくらいの量でも、金貨の二枚や三枚では買えないシロモノでしょうね」
「そんなスゴイものを、こんなにもらっていいのか?」
薬屋丸眼鏡から渡されたのは、ひとつまみどころではない。小瓶いっぱいの、きめ細かな黒い粉だった。
「ええ、アオイさんに、よろしくお伝えください」
「わかった、伝えよう」
こうして、俺は『スパイラルホーン』という黒い粉を手に入れた。
★
俺は布団で寝ているレヴィアを背に、正座をさせられていた。
転生者は、正座をしたからといって足がしびれまくるなんてことはないから、大して苦痛ではない。
「何でお釣りがないの? ねえ、なんで?」
年上の女は、真顔だった。けれども彼女の瞳の奧には怒りの炎を感じる。
なめらかな黒髪をもつギルドの鑑定士様は、はじめ人見知りだったけれど、風呂に通ってくるようになって、いつもスーツの格好良いギルドの人ってわけでもないことを知ったし、きれいな黒髪ではあるけれど、さほど大和撫子でもないことも知った。
さっきは思い切り怒られたりもしたし。
だから、見た目とのギャップがあっても、こんな風に怒られたりしても、もう戸惑ったりはしない。
でもね。俺はレヴィアを助けるために必死で走って来たんだ。高価な黒い粉が入った小瓶を大事に抱えて、このクソ汚い部屋に戻ってきたんだ。それの何が悪いっていうんだ。
「言ったよね。お釣りもらってきてって言ったよね」
「お釣りは出なかったです。薬が高くなってて」
「そーんな高級な薬を買ってこいなんて言ってないでしょ? ちょっと栄養がつくものでいいって言わなかったっけ?」
「聞いてください、アオイさんの名前を出したらオマケしてくれたんです。本来なら、これは金貨ウン十枚の値が付く量の黒い粉で。栄養も満点で。呪いも解いてくれるような、素晴らしい粉なんですよ」
「オマケしてもらったですって? 何から何まで面倒くさいことしてくれるわね、ラックくん」
「なんでですか、これでレヴィアを治すんです。お金はちゃんと返します。レヴィアが助かってちゃんと稼げるようになったら倍にして返すので、それでいいでしょう?」
「いい? ラックくん。相手によくしてもらったらお礼が必要でしょう。ラックくんは、オマケしてもらって嬉しかったでしょうけど、こっちの名前でオマケしたもらったなら、こっちが薬屋さんにお礼しなきゃいけなくなったじゃないの。ああ本当に面倒だわ」
「あぁそっか……なんか、すみません……」
「だいたいにして、その薬を使うまでもなくレヴィアちゃんはもう治ったんだけど」
「えっ?」
俺は勢いよく回転し、背後にいたレヴィアを見た。
レヴィアは、なぜだかとてもスッキリした表情で言うのだ。
「ラックさん。ご迷惑おかけしましたね。私はもう大丈夫です」
「レヴィア……よかった……」
心の底から安心した俺は、彼女の頭を撫でてやろうとした。
そしたらレヴィアは咄嗟に帽子をおさえ防御の姿勢をとり、撫でようとした俺の手はアオイさんに掴まれた。
「ラックくん、話は終わってないんだよ? 何かこっちに言うことあるでしょ?」
「ああ、はい。ありがとうございます、アオイさん」
「へ?」
今にして思えば、多分このとき、アオイさんが求めていたのは、謝罪だったんだろう。
「レヴィアを治してくれたの、アオイさんなんですよね。だから、本当に、ありがとうございます」
「え、ああ、うん……」
突然の『ありがとう』にびっくりして、混乱を隠せない様子だった。
★
なぜレヴィアが倒れたのか。
レヴィアは病気ではなかったし、頭をぶつけたわけでもなかった。
原因を一言でいえば、それは『魔力切れ』というやつである。
さっき、レヴィアが再び眠りについた後、アオイさんが説明してくれたんだ。
「ラックくんも、鑑定スキル使うんだから、身に覚えあるでしょ? スキルを使いすぎた時に、異常におなかすいたり、気を失ったり」
要するに、腹が減っているときに運動しすぎて倒れた、みたいな感じらしい。
「魔力切れってやつか」
と俺が言うと、アオイさんは不審そうな表情で、
「……マナ? あのさ、ラックくん、どこでおぼえたかは知らないけど、その呼び方はやめた方がいいよ。『魔力』って普通に言いなよ」
「え、何でですか」
「古い呼び方なの。『魔力』のことを『マナ』って発音してると、悪魔教信者だって疑われたりもするから、即刻やめたほうが身のため」
じゃあ、レヴィアにもそう伝えておかないとな、とか思った。
それからしばらくの間、レヴィアは、アオイさんの布団の上でぐっすり眠り続けた。