第45話 合成獣士キャリーサ(2/2)
レヴィアが目を閉じるよう頼んできたので、俺は言われるがまま、目をしっかり閉じた。心配だったから、薄目を開けてみていたいと思ったけれど、なんとか我慢して、視覚を遮断した。
「しばらくそのままでいてくださいね」
レヴィアは俺に向かって言うと、すぐに敵に話しかけた。
「キャリーサさん、こっちを見てください」
「あ、あんた、それって……」
怯えが混じった年上の女の声。予想外の何かを目の当たりにしたのだろう。ものすごく目を開きたい衝動に駆られた。けれども必死に我慢する。レヴィアが目を閉じていろって言うんだから、俺はちゃんと目を閉じていなくちゃいけない。
なんていったって、俺の先行きの道を照らす案内人だからな。
もし約束を破って目を開けてしまったら、俺はもう、彼女と一緒にいられないような気がした。だから、開けない。彼女を信じて、ぎゅっとまぶたを閉じ続ける。
「キャリーサさん」声がした。レヴィアの震えた声だ。
きっと、勇気を出して戦おうとしているんだ。
「キャリーサさん、私はラックさんとネオジュークに行くんです」
「そうはいっても、あたいにだって役目が……」
「邪魔を、しないでください」
「そうはいくか、召喚獣がダメなら、物理で攻める! 目を見開いてよく見ときな、あたいの芸術的なカードさばきをさ!」
残念ながら見られないんだ。レヴィアが目を開けて良いって言ってくれてないから。
「邪魔を、しないでって言ってるでしょう!」
「なッ……う、嘘でしょ……だったら……」
これはキャリーサさんの声である。
「ちょ、うそ……そんなっ。じゃ、じゃあ……あたいも、とっておきのコレクションを――ああっ、なんですって……」
それから、しばしの沈黙があって、やがて、
「お、おぼえてなさいよー!」
ばたばたという足音が遠ざかっていった。
目を閉じているので詳しい状況がよくわからないが、レヴィアがキャリーサさんを撃退したといったところだろうか。
でも、一体、どうやって?
どうして俺は目を閉じていなくちゃいけない?
いやいや気にしてはいけない。誰にだって知られたくない秘密はあるだろう。それを盗み見るようなことは、絶対にしてはいけない。……してはいけないんだ。
俺は心の中で自分に、「絶対に目を開けるなよ」と何度も言い聞かせた。
やがて、音がなくなった。
おかしい、レヴィアはいいよと言っていない。何か不慮の事態があったのだろうか。
「レヴィア?」
返事がない。
「レヴィア、まだか」
これにも返事がない。
「レヴィア、目を開けてもいいか?」
良いとも悪いとも言ってくれない。
「まだなのか……」
そのまま、二十秒くらい待った。
「開けるぞ、いいか? 目を開けるぞ、三分間待ってやる。三分したら目を開けるからな? いいな?」
これにも返事がなかった。
おかしい。俺はもしや、試されているのでは?
実はわざと返事をせずに、じっと観察されていて、ちゃんと約束を守れるかどうかをテストされているのではないだろうか。
まさかそんな馬鹿な。可愛いレヴィアちゃんに限ってそんなことするはずがないだろう。年上の女ならまだしも。
三分間待った気分になった。実際に何秒が過ぎたかは数えなかったのでわからない。ただ、もう心配が限界を迎えていた。
もしも、レヴィアが倒れていたらどうする。
もしも、俺が目を閉じている隙にレヴィアが誘拐されていたらどうする?
もしも、もしも、もしも……。
「もしもーし、レヴィアー。いいか、目を開けるからな。さん、に、いちで開けるからな。いくぞー。……さん、に、いち」
そして開かれた俺の目に飛び込んできたのは、横たわるレヴィアの姿だった。
「レヴィア!」
キマイラ二千二十号もいなくなっていたし、怪しいキャリーサさんの姿もない。ただレヴィアだけがそこにいて、手足に力なく横たわっている。周囲には小さな白い砂の丘がいくつか不自然にできていた。
俺は駆け寄って、レヴィアの細くて熱い身体をゆすってみる。
「レヴィア、しっかりしろ! しっかり! レヴィア!」
頬を優しく叩く。「んぅ」と苦しげな声で反応した。でも目を覚まさない。
「どうすれば」
目の前には知らない町。医者のいる場所も知らない。町の中では王室親衛隊が巡回しているだろうし、見つかると面倒だとは思う。
だけど、そんなこと言っていられる場合じゃない。
レヴィアが意識を失って倒れているんだぞ。
帽子が外れかかっていたので、直してやる。
いつも、このスノーボーダーみたいな帽子を飛ばされないようにおさえていたから、すごく大事なものなんだろう。なくしたらきっとレヴィアが悲しむだろう。だから、深く深く、外れないようにかぶせてやる。
「待ってろ、レヴィア、今、医者に連れてってやるからな!」
俺はレヴィアを抱きかかえた。まるで人間とは思えないくらい、ひどく軽くて、とても熱かった。
★
初めてサウスサガヤの町に足を踏み入れたのだが、もはや感慨もなにも有ったものじゃない。
目を覚まさないレヴィアを抱きかかえていたのだから。
俺は、一直線にギルドを目指した。何としても医者のいる場所を教えてもらわなくちゃならない。たとえ王室親衛隊に先回りで占拠されていたとしても、だ。
なぜなら、人間の命が掛かっているのだから、たとえ敵のど真ん中だろうと飛び出していかねばならない。
と、そのはずなのだが……。
「何やってんだ俺は、こんな時に……」
蚊の鳴くような小声で呟いたのは、敵に見つかるとマズイからだ。
予想していたこととはいえ、サウスサガヤギルド前広場には、赤みがかった甲冑がうじゃうじゃいた。
少し離れた細い路地の陰から様子をうかがうのが限界で、ギルドに近づくことができない。
覚悟を決めていたつもりだったのに、いざ目の前まで来てみると、やっぱり近づけない。
はやくレヴィアを助けないといけないのに、このままでは医者の一人も見つからない。
いっそギルドを諦めてサウスサガヤの一般町人にでもきいてみようか。けど、もしも、レヴィアが親衛隊に突き出されたらどうしよう。案内人として俺の案内をしたからという理由で死刑になってしまうかもしれない。許されない、そんなの。
かといって、このままでいたら、腕の中のレヴィアが助からなくなるかもしれない。絶対にダメだ、そんなの。
「どうすれば……」
見下ろしたレヴィアの顔は辛そうに歪んでいる。
「ん……うぅ……お父さん……」
苦しげにつぶやいた。
背筋が凍るような感覚が走り抜けた。
声が出せるのだから心配するほどでもないかもしれない。だけど、わからない。俺が目をつぶっている間に、最悪の角度で頭をぶつけたかもしれない。
だから一刻も早く、医者スキルのある人間に見せるんだ。
やるべきことは、わかってる。なのに、足が踏み出せない。
どうしちまったんだ、俺の足。
年下の、小さな女の子も助けられないなんて、情けない事この上ない。
行こう。
見つかったら、その時はその時だ。ほとぼりが冷めるまで待つなんて悠長なことを言ってたらレヴィアが助からないかもしれないんだ。
何よりも優先されるのは、レヴィアの無事だ。
行くぞ、行くんだ、レヴィアを助けるために飛び出すんだ。
レヴィアは、なおも苦しそうに、
「……だめです……いかないで……ぅう……」
うなされている。悪夢を見ているのかもしれない。
俺が出て行こうとするのを止めているってわけじゃない。
「よし、いくぞっ」
俺はかすれた小声で言って、一歩を踏み出そうとした。
しかし、その時である。「ラックくん、こっち」という囁き声が、背後からきこえてきた。
「え?」
振り返ると、そこには知り合いの姿があって、長く艶めく黒髪の人は囁くのだ。
「ラックくん、こっち、はやく」