第44話 合成獣士キャリーサ(1/2)
新しい町の入口にまで来た。
サウスサガヤの町には門が無かった。
「ここも無防備だな」
俺が呟いたところ、レヴィアは言うのだ。
「モンスターを防ぐ結界が敷いてありますね。ホクキオもそうでしたけど」
「それって、人間に影響はないの?」
「特定の脆弱なモンスターを近づかせないようにするだけなので、ほぼ害は無いですよ。ここではウサギ、モコモコヤギ、犬、スライム、猫、蛾、蜂などが不快に思う波長を次々に出して、近づかせないようにしているのです」
害虫よけ装置みたいなもののようだ。
「じゃあ、こういうのをモノともしないような強いモンスターが来てしまったらどうするの?」
「そんなこと、ありえませんよ」
「へー、そうなのか」
ずいぶん自信満々に言い切るものだ。
その時である、ふと俺の視界に、派手な格好をした女が目についた。波打つ漆黒の髪に、紫色の蛾みたいな服を着ている。そう、ムラサキ女である。
俺は、その女を指さしながら、
「じゃあ、レヴィア、あの入口横に小さなレンガ小屋があるよな。そこに寄りかかっているいかにも怪しい害虫っぽい女は、どうして町に入っちゃってるんだい? 結界が効かないのかい?」
レヴィアは「さあ」と首を傾げた。
貴族の町で追い掛け回してきたあの女、俺やレヴィアを追ってきたのだろうか。
高さのある歩きにくそうなヒール、ひらひらした上下の服は肌触りがよさそうで、派手な紫色。背中をレンガの壁にピッタリくっつけて、目を閉じながら、しなやかな人差し指と中指でカードを挟み、顔の付近で上下に揺らしている。三十メートルくらいは距離があるのに、甘ったるい香りがここまで漂ってきた。
「先回りされていたってことか」
紫の女に見つかってはいけないというので、峠越えを選んだはずだった。
だけども、貴族のまちでそうだったように、ムラサキ女は俺たちを待ち構えていた。
別に、誰が悪いわけでもない。レヴィアの膝を治したり、魔王討伐戦の話をきいたり、遠回りしてきたわけだから待ち伏せされているのは仕方のないことだ。
だけども、どうしてわざわざ姿を見せつけるようにして待ち構える必要があるのだろう。俺たちがその姿を見て逃げてしまう可能性は考えなかったのだろうか。
まさか、ただの目立ちたがり屋さんなのか。
「なあレヴィア、あれは何なの?」
「え? えっと、その……敵です」
目をそらしながら、レヴィアは言った。いつものように、帽子をおさえながら。
ベスさんは言っていた。案内人に会えと。レヴィアがベスが言っていた案内人で仲間だとするなら、自然にあの女の立場も明らかになるというもの。
俺が町の入口に歩み寄ると、ムラサキ女はふらりと壁を離れ、こちらに歩み寄ってきた。お互い声が用意に届く位置に来たときに立ち止まり、俺の目を見て言うのだ。
「待っていたよ、ラック。さあ、あたいと来るんだよ」
レヴィアは出会ってすぐの時に、この女を指差して言っていた。「この人は私を追い掛け回してるヤバイ人です」と。
今は、何故か俺を追いかけているっぽい発言をしているが、これはきっと、俺を亡き者にしてレヴィアを手に入れようとしているに違いない。
そうに違いなんだ。
だから俺は言ってやる。はっきりと。
「いや、何言ってんだ、なんでお前みたいなのと一緒に行かなきゃいけない。お前は敵だろう」
「は? 何でさ、あたいは……」
「実は王室親衛隊よ、とでも言うんだろう!」
「はァ?」
「とぼけても無駄だぜ! 反逆容疑で俺を追ってきたんだろ!」
俺は、レヴィアをかばうように、彼女を背中に隠し、何とか女を追い払おうとする。
女は一つ、ふぅと呆れたように息を吐くと、突然自己紹介した。
「あたいの名前はキャリーサ。あんたの味方だよ」
いやいや、信じるな。こいつは、さっき出会ったばかりの年上の女だ。
そう、年上で、女である。それだけでもう嫌なイメージしかない。
俺は、いつも帽子をおさえて申し訳なさそうに震えている年下の女の子を信じるぞ。
「ラック、見た目に惑わされてはダメ。そいつは邪悪な存在」
女は、レヴィアを指差した。
「何言ってんだ。証拠があるのかよ」
「証拠は、あたいの占いスキルの結果。DEVILが出たわ。そう、まさに悪魔」
手に持っていたのは、タロットカード。
「なるほど、タロット使いというわけか。いかにも怪しいぜ」
「タロット使い? いいや違うね、カード使いさ。ありとあらゆるカードで占いを行うのさ。たとえば銀行のキャッシュカード。たとえば学生証。たとえば免許証なんかでね」
「ていうか、デビルだって? キャリーサとかいったか、お前はひどいことを言うやつだな、こんなか弱い女の子に向かって、デビルだなんて」
レヴィアは帽子をおさえて俯き、震えている。なんてかわいそう。デビルなどと言われたことに悲しみを隠せないのかもしれない。
「とにかく!」ムラサキ女は威圧するように叫び、「勝手なことされちゃ困るんだ! あたいの言うことを聞かないんだったら、無理にでも連れて行くよ!」
そして、しゃらりといつの間にか左手に持っていたカード束を扇子のように広げた。まるでマジシャンのような滑らかな手つき。そこから三枚のカードを右手でピックアップすると、左手の束をふところにしまい込み、空になった左の手のひらに三枚を置き、指先でするりと撫でた。
かと思ったら、鮮やかな紫色の炎が三枚のカードを一瞬で燃やし尽くした。
煙が広がり、その煙が、だんだんと形を成していく。
「あたいは、カードに内在する雰囲気を読み取って、獣に変換することができる。『合成獣士キャリーサ』って名前くらい、きいたことあるだろう?」
俺とレヴィアは、ぽかんとした。全く知らない。合成樹脂なら知ってるけど、合成獣士なんてきいたこともない。
煙は、やがて固まって、地に足をつけた巨大な獣の姿になった。獰猛な狼のような顔なのに、ボディは馬で顔とのアンバランス感がある。身体の大きさのわりに顔が小さすぎだ。そして昆虫、トンボのような透明なハネが四つ生えている。思わず眉をひそめたくなるような禍々しい生物の姿がそこにあった。
なるほど合成獣。複数の動物を組み合わせた化け物。またの名をキメラとかキマイラとかいうやつか。
合成獣士キャリーサは思わずドン引きするような声でアヒャヒャと笑うと、
「この異物感、最高だねぇ! 行きな、キマイラ二千二十号! やっておしまい!」
生まれたての獣に命令した。
獣は「グォォオオ!」と叫びながら突進してくる。
サウスサガヤ入り口前の草原で、突然バトルが始まってしまった。
俺は戦おうと拳をかまえた。
俺に戦闘スキルは無い、あの獣が恐ろしく強いかもしれない。だけど俺は、レヴィアを守るって決めたんだ。何千、何万もの犬とスライムを狩ってきた実力が、今、試される!
と、思ったのだが、犬なのか馬なのか虫なのかよくわからない化け物は、突然おとなしくなった。俺の真横に並ぶように出てきたレヴィアの姿を見た途端にだ。
「え、なんだい、どうしたんだい。攻撃だよ、二千二十号!」
キャリーサが再び命令したが、犬の頭はすっかりしおらしくなり、馬のボディは不自然に後ずさりしていく。トンボのハネは最初から一度も動いていない。
「攻撃しろ、二千二十号!」
しかし攻撃どころか、生み出した女の方を見つめ、助けを求めた。
キャリーサは一人、自問自答でつぶやいて、
「失敗作? ううん、絶対そんなわけない。なんで、なんでなの?」
そんな風に、ムラサキ女が大混乱をしていたとき、レヴィアは俺に向かって言った。
「ラックさん。少しの間、私が『もういいよ』と言うまで、目を閉じていてもらえませんか?」
「ん、ああ、これでいいか?」
俺は言われるがままに目を閉じた。
「はい、ちょっとしばらく、そのままでいてくださいね」