第43話 サウスサガヤへの道
景色を眺めながらレヴィアの話を聴いていて思ったのは、何より、なんで魔王側の目線なんだろうかってことだけれども、そのあたりは気にしないことにしよう。
女性は嘘をつくものなのだ。
でも嘘だと明らかにわかる嘘だから、まだいいよな。俺の知ってる年上の女性は嘘だとわからない嘘を連発してきて、時に突き放し、時に気を引き、俺を惑わし、波立たせるんだ。
正直、年上の相手には疲れてしまう部分がある。どうかレヴィアには、このままわかりやすい嘘つきのままでいて欲しい。正直者になれとは言わないさ。人間は誰もが嘘をつく生き物なのだから。
とにかく、アヌマーマ峠の頂上で話を聴き終えた俺は、相変わらず風に飛ばされないように帽子をおさえている彼女に言うのだ。
「つまり、レヴィア、こういうことだな? 魔王たちが残らず殲滅されてしまったから、ラストエリクサーがいらなくなった。平和な世の中には戦いの道具であるラスエリは、むしろ呪われたアイテムとして扱われるようになった、と」
これは本当のことだと思う。俺が色々集めた情報とも一致する。
「そうですね……ひとり残らず……本当に、ひとり残らずです。本当ですよ」
嘘っぽい。だけど、俺は言ってやる。
「そんなに強調しなくても疑ったりしてないって」
嘘である。疑わしいにも程がある。生き残りの魔王がどこかにいるってことだろうか。だけど、レヴィアの嘘を、俺は許す。
「ま、とにかく、ラスエリの暴落の原因が詳しくわかってよかった。やっと納得できたっていうか、整理がついたっていうかさ。もう魔王と戦うことが無い平和な世界になったんなら、何よりだ」
「ラックさんは、なんだか優しいですね」
「そうかぁ? 人間なら、みんなこんなもんだろう」
「人間って、すごいんですね」
なぜか目の奥を輝かせるレヴィアなのであった。
★
今までホクキオの外には出たことがなかった。
転生して十年。転生者は老いることがないから、ずっと同じ姿のままホクキオで過ごしてきた。
きっと、始まりの町で過ごした苦難に満ちた日々の記憶は、だんだんと薄れてしまうだろう。
本当に苦難に満ちた日々だったんだ。
山賊のアンジュさんに騙されたこと、三つ編みのベスさんに裁かれたこと、まなかさんに家を吹き飛ばされたこと、ラスエリ転売に失敗したこと、豪邸をギルドのアオイさんに差し押さえられたこと。
よくもまぁ、これだけの憂き目に遭えるものだと自分でも感心してしまうくらいだ。
でもね、これから先はきっと違う。
新しい俺の、新しい冒険の日々が、きっと俺を待っている。
だって俺は案内人のレヴィアに出会ったんだ。
まずは彼女と一緒に東のネオジュークまで行くことが、俺の当面の目標になる。
変なムラサキ色の女に追われてるっぽいのが不安ではあるけれど、どちらかといえば期待のほうが大きい。
ここからは年上の女に騙されたり振り回されたりする生活じゃない。年下の女の子とのワクワクするような冒険の旅になってくれるはずだ。そうなることを心から願う。
さて、アヌマーマ峠の頂上から先は、まだ俺にとっては未踏の地である。
ここから先は、ホクキオではなく、サウスサガヤという地名になる。
なんとも感慨深いなぁ。やっと俺は、先に進むのだ。
「ラックさん、どうしたんです? さっきからずっと立ち止まって」
後ろにいたレヴィアが不審そうに話しかけてきた。
「いや、この境界を踏み越えるのが、初めてだからさ、これまでの日々を思い返していたのだ。」
「あまりモタモタしてると、見つかっちゃいますよ」
「そうだな」俺はウンウンと頷いた。「あの怪しげな紫色の女に追いつかれると面倒そうだ」
「そう……ですねぇ。そっちもありますけども……」
「そっちも? そっち以外に何が追ってくるっていうんだ?」
すると彼女は、何だかゴニョゴニョと言いよどみ、やがて誤魔化すように、
「とぇいっ」
背中をドスンと押してきて、その衝撃で俺はついに境界をこえた。ごふぁ、とか言いながらこえた。
ていうか、なんだ今の突進力は。ちっちゃくて可愛い見た目からは想像もつかないような、強烈な体当たりだったぞ。
記憶が吹き飛びそうだ。パーティメンバーになっているからダメージはほとんど無いけれど、もしも敵だったら体力を三割くらい削ってくるような威力だった。
「ラックさん、先を急ぎましょう」
「ああ、そうだな」
そんでもって、しばらく歩いていくと、さっそくこれまで未体験の出来事に遭遇した。
真っ白なウサギたちが姿を現したのだ。大きさは現実世界のウサギよりも少し大きいくらい。
こいつらのことは知っているぞ。しかし、生きている姿を見るのは初めてのことだ。市場の商人の話では、この動物の名前はラピットラビットというらしい。
こいつらは面白いことに、祝祭の日が近づくと狩られないように動きが速くなるように進化したという特徴がある。祭りの日にごちそうとして饗されることが多かったから、祝祭の日のために脚力を蓄えるようになったらしい。
だというのに、「祭りの日のラピッドラビットは引き締まってて美味い」などと評価されて、逆に祭りになると乱獲されるようになってしまったというのは皮肉な話であろう。
そろそろこのエリアの祝祭日も近いようだけれど、まだ当日じゃないから、素早さを味わえないかもしれない。とはいえ、その片鱗くらいは味わえる可能性がある。もっとも、俺のレベルは長年のザコ狩りによってそこそこ高いから、サウスサガヤ地区のモブ敵など瞬殺してしまうかもしれんがな。
「ラックさん、どうしたんです?」
「ちょっとウサギでも狩ってくか、と思ってね」
「ラックさん! 見つかっちゃうって言ってるでしょう!」
初めてレヴィアに怒られた。角でも生えるんじゃないかってくらいの怒り方だったな。
★
レヴィアは、すぐに目をそらすし、いつも帽子をおさえて目線を下げている。恥ずかしがり屋で引っ込み思案なのか、それとも何か後ろ暗いことがあるのだろうか。
明らかに後者だ。
後ろ暗い何かがあるんだろうと思う。
だけど、彼女からは、そんなに邪悪な雰囲気は感じないんだ。それどころか、俺は不器用で嘘が下手な彼女に対して大きな好意を抱いている。
現実世界では年上の人に憧れていたし、こちらに来てからも、アンジュさん、まなかさん、ベスさん、アオイさんと、年上の人にばかり囲まれていたけれど、たぶん本来、俺は年下の方が気が合うのかもしれない。
もしかしたら、俺自身も不器用な人間だから、なんだか一生面倒みたくなっちゃっているのかもしれない。
とにかく、なんというか、守りたいと思ってしまっているんだ。
十年間の異世界生活で、何も変わっていないと思っていたけれど、ちょっとずつ俺は前に進めていたのだろう。
少なくとも、レヴィアと一緒にホクキオを出ることができた。
他人から見たら、なんてことない、ほんの小さな一歩かもしれない。でも、俺にとっては大きな一歩だ。
そのまましばらく峠を下ると、後ろからレヴィアが「あ」と声を出した。
「ラックさん、見てください。町が見えてきましたよ」
顔を上げると、草原の中に新しい町が見えていた。
建物がごちゃごちゃとひしめき合っている町だ。ホクキオも北側の一般の市街地は細い道が多かったりして、ぐねぐねと迷路みたいで、計画された都市ではなかったけれど、はるかに望むサウスサガヤの町も、道を一本間違えると同じ場所には戻れなさそうな雰囲気がある。
しかも、ホクキオはオレンジ屋根の建物が並んでいたりして、計画性があったのに対して、石畳街道の先に見えるのは、色も大きさもバラバラな街並みである。木造もあれば、石造りもあり、レンガやガラスの建物も混じっている町だ。
ギルドの建物は、ひときわ目立つガラス張りのビルだろうか。町で一番大きい建物だって話だから、きっとそうだ。
今はサウスサガヤのギルドにも用は無いし、そもそも追われる身だから、王室親衛隊がわらわら張り込みしてそうな場所には近づかないようにしようと思う。
鑑定人アオイさんには、書類を書き換えてもらったりとか、いろいろ裏で手を回してもらったみたいだから、お礼を言わないといけないと思うけれど、ほとぼりが冷めてからでないと逆に彼女に迷惑がかかることになる。
今は、案内人レヴィアの言うとおりに、急いで東のネオジュークを目指すことにしよう。
てなわけで、このサウスサガヤの町は素通りだ。
「このまま石畳の道に沿って進もう。きっとこの町を探検しても、今まで見たことのないようなものが見れるとは思うけど、ここは通り抜けるだけにしよう」
と、俺が言って、「はい、ラックさん!」などと嬉しそうな返事が飛んできたけれど、なんだかこれって、俺が案内してるような気分になる。レヴィアが案内人のはずなのにね。