第41話 荒れ地の決戦(3/4)
大魔王フェルキェル様の魔核が北へと飛び去った時、大魔王軍の士気は落ちる所まで落ちていました。
砂が巻き上がる荒れ地を放棄して逃げ出そうとした魔王たちの姿がありました。敵前逃亡です。最低です。ある者は空を飛び、またある者は穴を掘り、地上を走り抜けようとする者もいました。そのうえ、もう軍師までもが逃げようとする有様。
当然、そんなの絶対に許されないことです。
逃げようとした者たちは、皆、粘着質の糸に絡めとられて、晒しものにでもされるかのように持ち上げられました。
クモの身体をもった大魔王が、逃げようとした大量の魔王を捕まえたのです。
魔王や大魔王を名乗る資格なしと判断したのでしょう。無理矢理に捕食する形で、彼らの魔力を取り込みました。
これにより、クモの大魔王はさらに巨大化し、吐く糸も太く重くなりました。
八本の足で飛び上がると、地面が大きく揺れ、着地ではもっと激しく揺れました。
とても立ってはいられない揺れに襲われ、勇者軍は半壊。カードコレクターしまりすの加護を失った情けないヒラ勇者たちはあっという間に死んだり逃げたりしていきました。
残されたのは、大勇者三人。
大勇者アリア、大勇者セイクリッド、大勇者まなか。
たったの三人で、巨大なクモ型大魔王にどう挑むのか、と思ったところで、三人の中から一人が歩み出て、言うのです。
「あたしの見せ場ってやつよね」
大勇者セイクリッドは、黒いマントを羽織った銃使いです。二丁の赤い猟銃を操り、おおざっぱな射撃で敵を殲滅するヤバイ人です。
え、戦略兵器?
核弾頭クラスって何ですか?
ラックさんの言う「かくだんとう」というのはどういうのかわかんないんですけど、彼女の砲撃は、一撃で山を一つ消したり。町を一つ消したりできるらしいですよ。
特に全てを跳ね返す盾の人、ロックブロックさんと組んだ時が最悪に厄介で、ロックブロックさんを空に配置して彼女の砲撃を跳ね返させるのです。そうすると砲撃が拡散されて地上は穴だらけ。もう最悪ですよね。
え、絨毯爆撃? 無差別非人道兵器?
まあ、そうですね。そんな感じに成り果てるんです。
最高出力で撃つと盾の人も消し飛ぶので、威力をセーブしてそれですからね。
本気で撃ったら、どうなるかというと……。
赤黒い銃撃は荒れ地を切り裂き、クモの姿をした大魔王の足を一本焼き切りました。高密度の魔力をあびて荒れ地の砂がカラフルに結晶化しました、赤や緑や青や銀色に光り輝く線が生まれたのです。
大魔王はたくさんの魔王を従えていましたが、このとき、大魔王の中にいた大勢の魔王たちは、銃撃の恐怖からクモ魔王の支配を離脱して逃げ出しました。バラバラの方向に逃げ散っていき、クモの子を散らすとはまさにこのことよ、とでもいうべき光景が広がったのです。
それでも、やはり腐っても大魔王といったところでしょうか。クモ大魔王は逃げた魔王たちの力を借りずとも残った戦力で強大な力に立ち向かいます。
クモ大魔王は、考えました。
――あの者の銃撃はかなりヤバイ。だが、接近して銃を奪い取れば、あの攻撃は出せないのではないか。
そもそも引き金を引かせなければ良いというわけです。
特大のクモ大魔王は、おびただしい量の糸を吐き出します。
この攻撃は、かなり有効でした。両手に銃を持った大勇者セイクリッドはどちらかというとスピードタイプではないので、回避は苦手なのです。しかも、ヒラヒラはためくマントを装備しています。糸がくっつきやすいのです。
セイクリッドからすれば、相性の悪い相手と言えるでしょう。
というわけで、しばらくは赤い銃撃によって防がれていましたが、ついに彼女の防御を崩す時がきました。
漆黒のマントに張り付いた極太の粘着糸は、ついにセイクリッドを上空に持ち上げることに成功したのです。
咄嗟に自分のマントを撃ちぬいて難を逃れようとしたセイクリッドですが、空中で姿勢を整えている隙に、彼女の胴体がヌメヌメの糸に絡めとられ、続いて右腕が、その次に左腕が。じたばたと暴れる手足も拘束し、セイクリッドは「X字」状態。
これには、大魔王や、その姿を眺めている魔王軍の方々も、爽快感を感じずにはいられなかったでしょう。
――大勇者め、いいざまだ。
セイクリッドは何とか手首を回して銃口を特大グモに向けましたが、引き金を引く前に糸が彼女から銃を奪い取り、反対の手からも銃を取り上げました。
――やった、これはいける。大勇者セイクリッドを倒せば、敵の火力を大幅に減らすことができる。
大魔王軍の士気は大幅に上がります。セイクリッドを倒せば、さらに勢いが増すに違いありません。
そしてクモの前足が、制裁の一撃を加えます。クモ大魔王は禍々しく叫び、大きく振りかぶって、大勇者への恨みを晴らすような一撃をお見舞いしたのです。
どんな勇者だって、力を増大させた大魔王の本気の近接攻撃に耐えられないはず。そう思っていたのですが……。
あんなヒドイことってあるんですかね。
本当にもう、大勇者のスキルはズルいです。
薄紅色の光が大魔王たちの視界を覆いました。
これは別に浄化の光とか見えない銃から放たれた光線とか、そういうわけではないのです。ただ、このまぶしいほどの光が放たれた直後、彼女の髪や目の色が輝く薄紅色に変化したのです。
そして次の瞬間には、二人目のセイクリッドが彼女の指先からニュルリと現れました。
同じ姿で、同じマントを着て、銃を取り出すと、両手に持って赤い銃撃をするのも同じです。
何を言っているのかわからないかもしれませんが、本当なのです。そこには二人のセイクリッドがいて、銃撃で糸を断ち切って、拘束を逃れやがりました。せっかくあそこまでの犠牲を払って動きを封じたのに。
嘘でしょうと、誰もが思ったことでしょう。
その後も、薄紅色の女は増殖していきました。銃ごと増えていくという異常事態に直面して、大魔王は焦りました。
突然色が変わった銃使い、増殖する赤の銃撃。
しかも、分身なのに威力が変わらないのです。
吐き出す粘着糸は、ことごとく撃ち消されてしまいます。
クモ大魔王は銃撃で穴だらけにされました。
大魔王の殲滅が終わった後には、荒れ地に銃撃の痕跡がいくつも走り、成分が高密度の魔力で焼き固められたため、非常にカラフルになりました。飛んでいく大量の魔核を反射してきらきらと輝きました。
とても、きれいな景色でした。
圧倒的な破壊力を前に、クモ大魔王はバラバラにされてしまいました。
あの方は、ものすごく高位の大魔王なのに、なんでこんなことに。
薄紅色の分身たちは、セイクリッドの手のひら叩くと、次々に消えていきました。
――え、勝利後のハイタッチ? なんですハイタッチって?
ラックさんは、時々よくわからない表現をしますね。