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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第三章 ネオジュークを目指して
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第37話 ミステリアスガール(1/2)

  ★


 ……認めよう。俺は嘘ばかりの彼女が好きになってしまったんだ。


 どう見ても年下の、小さな彼女のことが。


 この時の彼女は、それまでの雪山用みたいな服を脱ぎ捨て、高貴な貴族のような羽根つきの純白の帽子をかぶり、輝く白い服に身を包んでいて、長めの白いスカートをはいていた。


 これから先も、一緒に行きたいと思った。この石畳の街道の終点であるフロッグレイクや、そのさらに先まで二人で行きたいと思った。


 だけど彼女はここで別れるという。このネオジュークでやるべきことがあるのだと言う。


 どんな用事かとたずねたら、彼女は急に泣き出した。


「ごめんなさい。ごめんなさい。嘘ばかりで、ごめんなさい。でも、言えない……絶対に言えないんです……ごめんなさい……」


 もともと小さな体をさらに小さくして、謝罪の言葉を繰り返す。


 嘘。


 ああ確かにね、ホクキオからこのネオジューク広場までの旅路において、彼女は、本当に嘘ばかりだったと思う。


 本当に、わかりやすい嘘ばかり……。


 だけど俺はね、塗りたくられた青空を背景に、泣きじゃくりながら謝罪を繰り返す彼女に、恋をしていたんだ。


 彼女が発する言葉なら、どんなひどい嘘だって愛せるくらいに好きなんだ。


 たとえ運命が俺たちを引き裂こうとしたって、全力で抵抗してやるくらいに好きなんだ。


 俺が言えるのは、ただ一言。


「レヴィア、俺は、お前と一緒にいたいんだ」


 彼女は、自分の帽子を両手で強く掴んで、深くうつむいた。


  ★


 ベスさんと別れて市街地を風のように走り去った後、俺は石畳の街道を抜けて、貴族の住むエリアに足を踏み入れた。


「あうっ!」


 不意に背後から甲高い声が響いた。まるで小型動物の鳴き声のような声。


 声がしたほうに振り返ると、石畳に女の子。スノーボードプレイヤーがつけているようなゲレンデ感のある帽子をかぶった小さな女の子が膝を抱えて横たわっていた。


 帽子からはみ出した髪はブラウンで、肌は白くて綺麗だと思った。


 よく見ると、服もちょっとフワフワした素材で暖かそうで、ますます雪山にいそうな感じである。


 見た目は、どう見ても年下。


 年上の女じゃない!

 年下の女の子!

 これはきっと吉兆(きっちょう)である!


 苦悶の表情をみせる少女の横には、高い塀がそびえたっている。


 さすが貴族の塀だぜ、今にもこちら側に倒れてきそうな威圧感がある。まるで城壁って感じだ。


 この子は、もしかしてこの高い塀から飛び降りて着地に失敗でもしたのだろうか。頭は帽子に守られてるとはいえ、ぶつけ方が悪かったら大変だ。


 俺は急いで駆け寄った。


「君、大丈夫?」


 手を差し伸べると、「はっ」として急に立ち上がって飛び退いた。その拍子に、塀に後頭部をぶつけ、「あやぁ……」と鳴きながら頭をおさえていた。


 いや、俺は悪くないよな。普通に声をかけただけだ。俺の優しすぎる声と行動にびっくりして塀に頭をぶつけただけだ。


「平気か? 怪我してないか? 頭を打ったよな」


 そうして帽子を装着した頭に触ろうとしたら、「いやあああ!」と叫び声をあげて逃げられた。まるで追い詰められたかのように塀に背中をつけている。


 やがて、傷ついた左膝に力が入らなかったのか、がくんと尻餅をつく形で崩れ落ちた。


 俺の紳士行動がまるでセクハラ扱いだぜ。何だか心が痛いんだが。


「膝、怪我してるね」


 彼女と同じ目線になるようにしゃがみ込むと、少女は背中を塀につけて座り込んだまま、こくりと頷いた。


「あのう、急いでて……走ってて……えっと、転んで……」


 びくびくしながら、たどたどしく言葉をたぐる彼女は、なんだかとっても可愛らしい。


「そっか。塀から飛び降りたとかじゃないんだ」


 ふるふると首を振った。


「お父さんとか、お母さんは? 一緒じゃないの?」


 しかし、彼女はこの質問には答えずに、


「私は、レヴィアっていいます。人を探してて……」


「へぇ、いい名前だね。よければ手伝おうか?」


 俺もホクキオ暮らしが長いから、彼女の探し人に心当たりがあるかもしれない。王室親衛隊から逃げ回っている身ではあるけれど、困っている可愛い年下の女の子を見捨てて行くことなどできないのだ。


「その探してる人っていうのは、なんていう人だ?」


「あ、えっと、そのぅ、ラックっていう人を知っていますか?」


 ああうん、どこかで聞いたことあるねぇ……ラック……ラックねぇ……って俺じゃん。


 え、なんでだ。どうしてこんな小さな女の子が俺のことを探して走り回っていたんだろう。


 そこで、ふと思い当たる。ベスさんが言っていた声をかけてくる案内人というのが、この女の子なのではないかと。


「君が案内人?」


ところが、レヴィアはかくんと首をかしげた。


「アンナイニン?」


 首の骨曲がるんじゃないかってくらいに、首を傾げまくっている。人間の限界に挑むような首の傾げかただ。案内人という言葉がわかりにくかったのかもしれない。言いかえよう。


「わかりやすく言うと、ナビゲーターってやつ?」


 自分で言いかえてみてなんだけど、なんかちょっと違う気がする。


 やはり伝わっていないようで、首を逆方向に傾げてしまった。


「とりあえず、ラックっていうのは俺のことだけども」


「え? ほんとうに?」


 目をまん丸くして、希望に満ちた表情になった。


「ああ、ラックってのは、大勇者まなかさんにつけてもらった名前なんだ」


「転生者です?」


「ああ、転生者だ」


「転生者で……大勇者まなかの仲間……じゃあ本物ですね」


「え、なに?」


「ラックさん、今すぐここを離れてください」


「どうしてだ。この貴族エリアに来たばかりだってのに、それに、まずは、えっと、レヴィア……だっけ? 君のすりむいた膝を消毒しないと」


「放っとけば治ります」


「そうはいかない。小さな子が傷ついているのを見過ごすのはギルティ深い行為だ。三つ編み裁判にかけられたら一瞬でギルティ祭りになるぞ」


「早くしないと見つかっちゃう」


 レヴィアは、どういうわけか焦っていた。


 わけがわからない。なんだっていうんだ、なにか予想外のことが起きているのだろうか。


 ベスさんは、「しばらく身を隠して、ほとぼりが冷めたらホクキオを出るように」というようなことを言っていた。けれど、考えてみれば事態ってのは刻々と変化するものだ。貴族エリアにも強大な敵の手が及ぶようになったというのなら、確かに今すぐどうにかして逃げなくてはならないのかもしれない。


「あのぅ、ラックさん……私のこと、どう見えます?」


 脈絡なく、丸っこい帽子をぎゅっとおさえながら、彼女は怯えたような声でそう言った。


 急に何を言ってるんだろう。ものすごい唐突である。このレヴィアという少女は会話パターンが人間離れしているぞ。


「どうって……どう見ても可愛い小さな女の子だけども」


 俺がそう言ってやると、ほっと安心したような息を吐いた。何なんだ。


「それよりも、君が案内人……でいいんだな?」


「んー、ええっとぉ……そう。あんないにん? アンナイーニン? んー、そう、それ、それが私。レヴィアは、あんないにん。たぶん。うん」


 なんだか挙動不審である。視線をぐらぐら揺らしまくり、ずっと帽子をおさえたままだし。


 だけど、とにかく彼女は案内人を名乗ったんだ。ならば信じよう。こんなかわいい小さな子が悪い嘘を吐くはずがないんだ。世間知らずと笑わば笑え。たとえ明らかな嘘だとしても、そんなわけないと打ち消して、俺は彼女を信じるぞ。


「じゃあレヴィア。俺はどこに行けばいいんだ」


「ここではないどこかに……」


 この子は家出少女か何かなのだろうか。適当過ぎるだろう。案内人なんじゃないのかよ。笑えない冗談すぎる。


 と、その時である。不意に風が吹いて、甘い匂いがした。突き刺すような独特の甘い香りに驚き、俺はきょろきょろと周囲を見回した。


 左を向いても何もない、右を向いても何もない、正面を向いたら、小首をかしげるレヴィアがいる。背後には何もない。もう一度香りの強い方を注意深く見てみると、視界の上の方で、紫色の物体がゆらゆらと揺れているのに気付いた。


 視線を青い空に向かってあげていくと、屋敷の塀の上に、不気味な女の姿があった。


「――ラック、見つけた」


 初対面の女は俺の名を呼び、塀から飛び降りると、カツンと石畳に軽やかな着地を成功させた。波打つ髪が揺れる。ゆったりとしたひらひらの服は紫をベースに黒の水玉模様があしらわれている。とにかく不気味だ。


 たぶん、この人も年上だ。同い年だとしたら、ちょっと老けている。違っていたら申し訳ないけれど、おそらく俺より五つ以上多く年を重ねていると思う。つまり、二十八よりも上。


 アラサーってやつだろう。


 服や化粧の毒々しさからすると、まるで毒をもった蝶の化身である……。いや待てよ、「蝶」っていうとちょっとキレイめのイメージが強すぎるから「蛾」っぽい雰囲気であると言いなおそう。


 姿勢が良く、雰囲気も洗練された貴族感はあるけれど、服装が全てを不気味に見せてくる。一体何者なのだろうか。


「あ、そうだ。」ひらめき声をあげたレヴィア。「この人、ずっと私のあとをつけてきたヤバイ人です」


「何ぃ? ストーカーってやつか」


 レヴィアは、俺の腕にしがみついた。そして、震えた上ずった声で言うのだ。


「たすけてください」


「よし逃げよう!」


「あ、待て!」と紫の女。


 この状況で、待てと言われて待つやつがあるかって話だ。


 俺は小さなレヴィアの手を掴んで駆け出した。道幅の広い貴族のまちを。




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