第34話 王室親衛隊(1/2)
ある日、俺はいつものように届いたラストエリクサーの袋を開けて、検査と鑑定を行おうとしていた。
ところが、作業場に入った瞬間に、入口の方から声が響いた。
「動くな!」
甲冑を着た男が、俺に向かって叫んでいた。
「え。シラベールさん?」
いや、でも甲冑の色が微妙に違う。いつもの白銀ではない、ほんのり赤みがかっている。声も普段より少し低い気がする。なんだろう、格好つけているんだろうか。
「甲冑、新しくしたんですか? ていうか、『動くな』って何ですか急に。こんなところまで勝手に入ってこられちゃ困るって、前にも言いましたよね」
「いかにも、我が名はシラベールだ。しかし貴様とは今日初めて会ったばかりだ」
いや、何を言っているんだ、この人。ものすごい気取った言い方だし、なんというか貴族感をみなぎらせている。
普段と違いすぎて戸惑いしかない。
もしかして怒っているのだろうか。微妙に甲冑が赤くなっているのは怒りの炎を表現しているのだろうか。
いやいや腑に落ちないぞ。知らぬ間に、何か彼を怒らすようなことをやらかしたっていうのだろうか。
思い当たることがあるとするなら、このあいだ彼の奥さんのベスさんが布一枚で俺の前に立ってたことがあった。けれども、特に何かマチガイがあったわけじゃない。ただ珠玉のラスエリグッズを売りつけようとした俺が、可哀想なものを見る目を向けられただけだ。
赤みがかった甲冑はがっちゃがっちゃと音を立てて、俺の前までくると、ふんぞり返って見下ろしてきた。
「オリハラクオン、この倉庫について説明してもらおうか。ここにある大量の草の正体は何だ?」
「ご存知の通り、ラストエリクサーですけども」
「やはりラスエリ……情報は正確だったということか」
「あの、シラベールさん。本当に何なんですか一体。俺が何か悪いことしました?」
「そうだな……まだしていないよなぁ。まだ、な……。だが、我が研ぎ澄まされた第六感が告げているのだよ。こいつは反逆のニオイがするとな」
「はぁ?」俺は不快感を全開に表明した。「反逆って何ですか? 何に対する反逆だって言うんですか? まさか、いまさら俺の商売が自警団やギルドに対する反逆だとか言いだしたりしませんよね? こっちは追加の税金を払わされて、財産なんてほとんど残っていないんで、あなたがたに反逆している余裕すら無いってのに」
「反抗的だな。追い詰められて余裕がなくなっているのか。やはり謀反の意志があるということだな」
もう何から何まで説明不足すぎて、全くついていけない。
そして赤いシラベールさんは、ビシッと俺を指差して言うのだ。
「オリハラクオン。ずばり貴様は、我らが神聖皇帝オトキヨ様の統治に反対している! そして、オトキヨ様に対して武力による大反乱を計画した容疑がある!」
ポカーンとせざるを得ない。何言ってんだこの甲冑。甲冑姿のままで長時間お風呂に入りすぎて頭がわいちゃいましたかって感じだ。
「ふん、うまいものだな、いかにも『心当たりがないですよ』といった風な表情や仕草をする。この大罪人め。やはり隠蔽や偽装が得意なようだな。だが我が目は誤魔化せぬ」
そして、赤い甲冑は号令をかけた。
「拘束しろ!」
するとどうだろう、別の甲冑たちが姿を現した。目の前のシラベールさんとは少しデザインの違う、安っぽい甲冑だった。色は普段のホクキオ自警団のものではなく、やや赤みがかっていた。
「え? えっ?」
戸惑う俺の耳は、がっちゃがっちゃという大量の甲冑の音で蹂躙された。十年前のトラウマが、今、よみがえる。
「確保しましたァ!」
自宅の倉庫で、不法侵入の甲冑たちにもみくちゃにされて、俺はまた、囚われの身となった。
無抵抗の俺の確保があっさり終わると、甲冑は耳元で言った。
「覚悟はいいか、オリハラクオン。教会施設を借りて、オリハラクオンの取り調べを行う。反逆の理由については、そこでたっぷりときいてやるからな」
怒りの色を帯びた囁き声が、耳の奥にしばらく残り続けた。
★
「これより、オリハラクオンの断罪を行う!」
ふぅ、やれやれ、断罪ときたか。裁判をすっとばして、ほぼ有罪は確定しているらしい。ていうか、シラベールさんは、なんで俺をいつまでもオリハラクオンと本名で呼ぶのだろう。俺にはラックっていうこの世界での名前があって、もはやそっちで呼んで欲しいのに。
さて、ひどくなつかしい教会の雰囲気。周りには甲冑がいっぱいいて逃げられないようにされており、観客が集まってきている。十年前の三つ編み裁判と違うのは、買収された弁護人たちと裁判官がいないことである。
どうとでもなれ、という心境には全くなれない。
俺は反論する。
「納得いかないです! 反逆とか言われても、俺はオトキヨとかいう人を知らないんだ」
この発言には聖堂内が思いっきりざわついた。
赤みがかった甲冑を着たシラベールさんが、わなわなと震えながら言う、
「なんと不敬な!」
おそらく甲冑の下は、大量の苦虫を噛み潰したような顔をしていることだろう。怒りに震えた声だった。
どうやら、偶像崇拝禁止と同じくらいの、この世界における常識だったらしい。
会場中からも、「ギルティじゃね?」とか「これギルティだよ」とか「いま再びのギルティ」とか「織原ギルティ久遠に改名すべきじゃん?」とか「オトキヨ様しらないとかギルティオブギルティ」とか、「ギルティ深いね」などと、まるでベスさんが分身したかのようなギルティ連呼である。
やがて多くのギルティはビッグなウェーブとなって俺に襲い掛かってくる。
「ギールティ! ギールティ!」
いただきました、十年ぶりのギルティコール。
しかし、俺はこの空気を経験済みなので、前回とは違って落ち着いていられた。十年のうちに、少しはトラウマがやわらいでいるのかもしれない。あるいは、俺の心が強くなった可能性もある。
たぶん、一番大きいのは、死刑制度が存在しないことだ。経験上、有罪となっても、しばらくの間ボランティア活動を強制されるだけなのだ。
無実の罪に問われて強制ボランティアなんて辛くないわけはないけれど、それでもそれなりにやりがいはあるし、何より殺されない安心感のおかげで、冷静でいられるわけだ。
「ちょっと待ってください、シラベールさん。話せばわかると思うんですが」
「問答無用だ! オリハラクオン!」
赤い甲冑は聴衆のコールを切り裂くような大声を出した。
それでも鳴りやまない周囲のギルティコール。
俺は有罪回避のために再び口を開く。真実を包み隠さず語れば、聴衆の中の誰か一人はわかってくれる人がいると信じて。
ギルティコールに包まれた世界で、俺は罪を告白する。
「シラベールさん。それから、教会にお集まりのホクキオの町の皆さん。俺は、確かに悪いことをしたかもしれません。罪悪感が全く無いと言えば嘘になる。だけど、それは、誰かに反逆するのがバレたからってわけじゃないです」
「誰かとは何だ、オトキヨ様に対して、あまりに不敬だぞオリハラクオン!」
だから誰なんだよオトキヨ様ってのは。絵とか写真とか見せてくれればわかるんだけども。でも、そんなことを言ったら、「貴様ァ偶像崇拝悪魔教信者だなァ!」とか言われて本格派のギルティ祭りになってしまうだろうから、口には出さなかった。
かわりに、俺はラストエリクサーを集めるに至った経緯を説明する。
「俺は知り合いに、家を吹き飛ばされました。で、お詫びにラストエリクサーをもらった。その時はラストエリクサーはまだ高値で取引されてたから、売り払ったら金貨五百になったんです。たぶん、あれはただのラスエリじゃなくて、ラストエリクサー極、その中でも高品質なものだったんだと思います。俺に何か罪があるとするなら、もらったラスエリをしめしめと売っぱらったことだけです」
赤いシラベールさんは黙って耳を傾けてくれている。聴衆は相変わらずギルティコールを続けている。
「そうして大金持ちになった俺は、身の丈に合わない豪邸を建てました。そこで満足しとけばいいのに調子に乗った俺は、自分に商売の才能があるだなんて思いこみ、愚かなことにニセモノのラストエリクサーを掴まされて、それを大して調べもせずに転売。自分でもまじギルティだって思います」
聴衆のギルティコールも少しおさまってきた。俺の身の上話に少しは耳を傾ける気になったのかもしれない。
「俺は反省しました。大量にラストエリクサーがあったのは、ニセモノを送ってしまった転売先に送りなおすことを目標にしていたからです。品質のいいラストエリクサーを集めて送り直すには、大量のラストエリクサーを検査鑑定する必要があったんです。だから――」
そして、俺は力をこめて、甲冑をしっかりと見据えて言ってやる。
「俺は、ラスエリを反逆のために使おうとなんてしていません」
「オリハラクオン、貴様は死刑だ」
「え?」