第33話 ラストエリクサー(8/8)
どうにかして、ラストエリクサーの使い道を考えなくてはいけない。
俺は貧乏を味わいながら、孤独な試行錯誤の日々に突入していた。
「とりあえず、食ってみるか」
高値で買った草だから、ちょっと躊躇ったけども、思い切って味を確認してみる。
「うん、草だ。めっちゃ草だ」
もしゃもしゃと噛み続けても、草の味しかしない。しかも、全く回復しない。
どうやら戦闘中じゃないと回復効果すら得られないようだ。
ザコを狩りに行って確かめてみたところ、戦闘中に使うとステータスは確かに大幅に上がった。本当に桁違いに跳ね上がった。全ステータスが三倍されて、しかも効果の重ね掛けが可能なのだ。二本食べれば九倍になるわけだ。三本食べれば二十七倍。
まるでチートだ。
これがあれば、どんな敵もこわくないはず。とはいえ、戦闘が終わると戻ってしまう。
使う場所が限られるのが、暴落の原因なのだろうか。
未だに詳細はわからない。
何がどうしてどうなって、大暴落を引き起こしたのだろう。
だけどさ、暴落の原因が究明できたからって、すぐにラストエリクサーの値段が上がるわけじゃないんだ。他の活用方法を見出してラストエリクサーの価値を高めなければ。
――エッ、あのラストエリクサーに、そんな使い方があったなんてー!
と、お茶の間で誰かが叫ぶような画期的なアイデアを捻りださなければならない。これぞ、大学院生になるはずだった男の知能の見せどころである。
まずは食材として考えてみると、ラストエリクサー饅頭、ラストエリクサーもち、ラストエリクサー炒め、ラストエリクサーのソース。
試してみたけれど、まあそこまで絶望的にマズいわけじゃない。なんとか食べられる。だけど、どれも美味しくならない。料理スキルでもあれば味の違いを引き出せるのかもしれないが、はっきり言ってそこらへんの雑草との違いが見いだせない。ステータスを見る限り健康への影響も全くないし、呪いや毒や病気を治すわけでもない。
シラベールさんの傷口に塗り込んでみても効果がないって話だったし、もうどうすればいいのかわからない。
考えられる限りのアイデアを試したつもりだけれど、本当に戦闘が無いときはただの草そのもので、そのほかに役立ったことといえば鑑定スキルの上限突破アイテムとしてだけである。
じゃあ他のスキルの上限突破に使えるのか、これを風呂に入りに来たギルド所属のアオイさんに聞いてみたところ、
美しい黒髪を扇であおいで乾かしながら答えてくれた。
「ギルドのデータによると、鑑定スキルだけだよ、上限突破にラストエリクサーが必要なのは」
「じゃあ、アオイさん、他のスキルはどうなんですか?」
「他のはねぇ、戦闘系スキルだったらスキルの使用回数とか敵の討伐数とかとセットで入手しにくいレア武器を求められたりする。上限突破には、それぞれのスキルの特色に合った条件が提示されるんだね。だからさ、入手アイテムが他のスキルとかぶることは無いよ」
じゃあ鑑定を上限突破しようとしている人には、それなりの値段で売れるかもしれないと一瞬だけ思ったが、今や一回の食事代よりも安く出回っているのだから、どう頑張っても以前のように値が上がったりはしない。
「ラックくん、それ以前にね、鑑定スキルを上限まで上げる人はいても、上限突破しようなんて転生者は、そんなに多くはないからね」
だったら本当にもう、存在価値なんて無いじゃないか。俺の倉庫に大事にしまってあるラスエリたちはどこに活躍の場を求めればいいんだ。
編んで縄とか防具とかにしてみればと思ったが、そんなに丈夫にはならない。すぐれた耐久度は得られなかった。
いい匂いがする草ってわけじゃない。見た目も匂いも、「草オブ草だぜ」と言いたくなるような雑草感。もう『ラストエリクサー』という名前にブランド価値がなくなってしまった今、『ちょっといい薬草』とかの方がいい匂いがするぶん価値が高いとさえ思える。
そして、すっかり俺の家に風呂通いを続けているアオイさんは言うのだ。長い黒髪をクシで梳きながら。
「ま、何にしても、ラストエリクサーに価値を見出すなんて、もう百パー無理なんじゃないかな」
「なんでですか」
「世界はね、平和になったんだよ」
★
俺は実験を続けた。
諦めきれなかった。誰に何と言われようと、ラストエリクサーを復権させてやりたかった。元の地位とは言わないまでも、尊敬される役立つアイテムに戻してやりたかった。
損とか得とかってのは、もちろんある。だけど、それよりも、冒険者や勇者たちに使われるはずだったラストエリクサーたちの居場所が失われてしまったってことが問題だ。
可哀想じゃないか。何の役割も持たされずゴミクズ扱いされたんじゃ、まるで俺自身のようで、可哀想じゃないか。
「きゃあああ!」
「いやぁああ!」
不意に、風呂のほうで二人分の悲鳴がきこえた。
「ム、何事? ノゾキでも出てしまったのか! それとも事件か!」
神殿の倉庫にいた俺が、風呂方面に急ぐと、二人の年上の女が布一枚で身体を隠しながら、どすどすと俺の方に向かってくるではないか。怒りの表情で。
これは何事だろうか。
「いた、オリハラクオン!」
「ラックくん! あんた何してんの!」
一人は人妻の牧場主ベスさんで、もう一人はギルドの鑑定官アオイさんである。最近はこの二人がお風呂仲間になった。勝手に来て、勝手に風呂に入って、勝手におしゃべりをして、勝手に帰っていくのだが、今日みたいに叫びながら俺を呼ぶのは初めてのことだ。
三つ編みをほどいたベスさんはとても色っぽく、長い黒髪のアオイさんは白い肌とのコントラストが印象的だ。二人とも、布でちゃんと身体が隠れているけれど、なんというか、とてもドキドキする。
「ラックくん!」アオイさんが不満全開で叫ぶ。「どういうこと! お風呂に変な草が大量に浮いてるんだけど!」
よく顔を合わせるようになって気付いたが、アオイさんは、大人しそうな見た目とは裏腹に、それなりに激しい性格のようである。
それに続いてベスさんも、
「草っぽい、草っぽい、草っぽい! これはギルティ案件だよオリハラクオン!」
こっちこそ「色っぽい、色っぽい、色っぽーい」などと叫び返してやりたいところだが、あいにくベスさんには甲冑の旦那さんがいる。余計なことは言わないでおこう。
「ラックくん、マジで何なのあれ」とアオイさんもまだ不満がおさまらない様子。「シャンプーとか石鹸とかも雑草の香りで、まじで気持ち悪かったんだけど」
「すべてラストエリクサーを使って作りました」
「何やってんの、ありえない!」とアオイおねえさん。
「ギルティ、ギルティ、ギルティ!」とギルティおばさん。
「二人とも落ち着いてください。ジャングル風呂ってあるじゃないですか。あれみたいなものっすよ」
これに反応したのは、アオイさんだけだった。「ラスエリにジャングル感ないよぉ!」と叫んだ。ベスさんのほうは何の話かわからないようでキョトンとしていた。
「いいから、はやく掃除して!」とアオイさん。
「ひどいなぁ、ラストエリクサーくんたちを、そんなゴミみたいに」
「実際、ゴミが浮いているのかと思ったわよ」とベスさん。
「ラスエリ風呂、いいと思ったんだけどな、菖蒲湯みたいなものとして定着しないかなって」
「あんた脳みそ腐ってんじゃないの? ちょっと頭出しなさい、鑑定してあげるから」
「待って、アオイちゃん。鑑定結果はスキルを使うまでもない。こいつの頭はギルティだよ!」
散々な言われようである。
だが、ここ最近、嫌なことが重なりすぎたからな。ちょっとの暴言では、俺はもはや傷つかなくなった。
不動の心を手に入れた俺は、にこやかに言う。別の商品を引っ張り出しながら、
「そこの美人なお二人さん、どうですか。他のラスエリグッズも試していきませんか? こちらはラストエリクサーを詰め込んだラスエリ布団です。以前だったらおよそ金貨六枚分のラスエリを詰め込んであります。いまなら、こちらの敷布団もお付けして、なんと銅貨二百枚!」
羽毛のかわりにラスエリを入れると、そこそこ暖かい。でも羽毛とかモコモコヤギの体毛とかをいれた方がもっと暖かいし、何よりラスエリ布団は、布団から雑草のニオイが生み出され続け、しかもすぐに劣化するから頻繁に交換が必要なのだった。
ああうん、そうだなゴミだよな。だけどもう退くに退けないんだ。
「さらにさらにィ! 今ならこのラストエリクサーが入ったダウンジャケットもお付けしてしまいます! いやぁ、ほのかに土の香りがして、雑草感がたまらないクセになる品ですね。これをつけても、なんとお値段はそのまま! しかも、それぞれ世界に一つだけです! お二人さん、今がチャンスですよ、銅貨二百枚で販売しています!」
「ラックくん……」
「オリハラクオン……」
なんか可哀想なものを見るような視線を向けられてしまった。
「さあ、お二人さん、今だけですよ? あとで欲しいと言われても、他の誰かが買っちゃってるかもしれないですよ! どうですか!」
しかし、二人は布で身体を隠した姿勢のまま、視線をそらして固まっていて、買うとも買わないとも言ってくれなかった。
「なんていうか、おいたわしいね、オリハラクオン……」
「なんか、ごめんね、ラックくん。税金の取り立ては、仕事だったから……」
頭がどうかしちゃったと思われてしまったようだが、俺はぎりぎり正常である。と思う。
いやまあ、大学院に行こうなんて言い出す人の多くは頭おかしいから、俺もぎりぎりおかしいと言えなくもないけどな。