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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第二章 旅立ち
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第31話 ラストエリクサー(6/8)

「オリハラクオン、どうしたんだ? 新しいファッションか?」


 甲冑のクテシマタ・シラベールさんは戸惑ったような声を出した。


 しかし、今の俺はカラフルなものに視界が(さえぎ)られて前が見えないから、彼の表情を見ることはできなかった。もっとも、彼は常に甲冑に身を包んでいるから一度も表情を見たことがないんだけども。


「オリハラクオン、暑くないのか? 羽毛は熱がこもるだろう」


 そう、何を隠そう、俺は今、色とりどりの鳥たちに囲まれているのだ。


「徴税バードに群らがられるなど誰にでもできることじゃあない。今度は何をやらかしたんだ?」


「いや、悪いことは何も。ただ、ラストエリクサーを買い集めているだけですよ」


 俺にまとわりついている鳥たちは、この異世界マリーノーツ中のいろいろな街から飛んできた速達の便りである。二つくらいの商会にラストエリクサーを売ってくれという連絡をしたところ、いろんなところから途切れることなく連絡がきている。


 一つ一つに手紙を書いているのだが、はっきり言って処理し切れない。こっちが連絡していない商人からも鳥が飛んできて、催促(さいそく)のためにくちばしで浅く突いたり爪を甘く立てたりしてくる。


「そっちの紫のはカナノ地区の大きな商会の鳥だな。ラックの頭に爪を突き立てているのはフロッグレイクのだ。腕にとまっている小鳥はサウスサガヤのギルド前商店のやつだな」


「すごいですね、今言ったのは全部正解です」


 鳥にモテている現状については、複雑な心境にならざるをえない。


「しかしなぁ、オリハラクオン。そんなにラストエリクサーなんかを集めて、何をしようっていうんだ?」


「俺は、けじめをつけなきゃならないんです」


「けじめ?」


「偽物を送ってしまったところに、今度こそ本物のラストエリクサーを送らないと、俺の戦いは始まらないんですよ」


「よくわからんが、慎重にやったほうがいいぞ」


「はい、ありがとうございます」


 俺は生返事して、鳥を押しのけながら注文の手紙を書く作業に戻った。


 クテシマタ・シラベールさんは、最近よく遊びに来るようになった。どうも露天風呂が気に入ったらしい。


  ★


「見える、見えるぞ! わかる! 俺にも本物と偽物の違いがわかる!」


 鑑定スキルと検査スキルを上げた結果、新たに仕入れたラストエリクサーの真贋を完全に見極めることができた。


 そこで俺は、ラストエリクサーを五つの等級に分けることにした。極・優・良・可・不可の五段階である。どうだ、まるで大学の成績評価みたいであろう。


 極は別格として、可までが商品になるもの。不可は残念ながら偽物である。


 鑑定レベルと検査レベルをある程度まで上げたことにより、このような繊細な管理ができるようになった。


 そういう作業のなかで、ラストエリクサーを扱う商業組織にも質の差があることがハッキリと明らかになった。


 本物のネオジューク第三商会は、さすがの品質だ。粗悪品が混じっているところも少なくないなかで、すべて優品質のラストエリクサーだった。もっとも、粗悪品が大量に混じってるところは、ごくごく稀に『ラストエリクサー・(きわみ)』が入っていたりもするので、けっこう面白いのだけれど。


 そうして大量のラスエリを仕入れて、検査して、鑑定して、時に売りさばき、金貨が残り五十くらいになる頃に、俺は十万本の優良品を集め終えた。いつの間にか、まなかさんと再会してから、ゲーム内時間で半年が過ぎていた。


 相変わらず、俺は鳥たちに群らがられている。


 ラストエリクサーを買ってくれという依頼が絶えないのだ。俺の鑑定と検査の質も、そろそろマリーノーツ中に知れ渡ったってところだろうか。


 だとしたら誇りに思えることである。


 そしてついに、俺は先日、俺の無知が原因で謎の草たちを送ってしまったところに、今度こそ本物のラストエリクサーを送った。シラベールさんから借りた鳥を飛ばし、もう一度送らせてくれと頼んだのだ。以前と同じ運び屋のおっちゃんに預け、しばらく待つと、返信が届いた。


 金貨百枚とともに。


「って百枚? 取引では五十枚だったはずだけど、なんで……」


 俺は思わず驚きの声を上げたね。


 金貨の入った袋には、手紙が添えられていた。


 この異世界の文字だったけれど、俺にも読めるくらい丁寧な字だった。


 簡単に内容をまとめてみると、


「オリハラクオン様。非常に質の高いラストエリクサーを送っていただきありがとうございます。以前の相場でしたら金貨二百枚に匹敵する良質な品物でした。現在の相場と照らし合わせて、ナミー金貨百枚で取引させていただきたく思います。このたびの貴殿の誠意ある対応は我々も見習いたいところです。また機会がありましたら宜しくお願いします」


 といったところだ。


 伝わった。俺の申し訳ない気持ちとか、失敗を取り返したい気持ちとか、覚悟とか、そういうのが全部伝わったと思った。


「これで、俺も胸を張れる」


 一人前の商人になったとか言うつもりはない。ただ、最低限、人間としてのけじめは果たせたと思うのだ。


 あらためて、俺は呟く。


「まなかさん、俺、やりましたよ」


  ★


「ラック様にお届け物でーす」


 今日も多くの荷物が届いた。


「じゃあサインしますね」


 俺は渡された極薄の木の板に自分の名前、『ラック』と記すと、すっかり顔なじみになったスキンヘッドの運び屋に手渡した。


「へい、まいど有難うごぜえます」


 そして荷馬車は遠ざかっていく。俺は届けられたものを拾い上げた。


 軽い。


 中身はラストエリクサーである。


 やらかした者としての責任を果たし、ラストエリクサー十万本を集めて送り切った俺だったが、無事に心残りを解消した俺のもとには、まだラスエリが届き続けていた。


 なぜなら、前に注文した分が残っていたから。


 こんなに在庫抱えて大丈夫かってくらいにラストエリクサーが届いているのだが、ラストエリクサー商売だったら、俺のハイレベルな鑑定と検査のスキルをもってすれば失敗などしようがないぜ。


 てなわけで、転売して儲けようという計画も立てており、すでに数件、取引をして売りさばいた。ラスエリが相手に届けば、金貨単位のお金が手に入る算段だ。


 ラストエリクサーが必要じゃなくなるケースなんてのは、この世界の構造から言って考えつかない。この世界は、転生者が生まれると魔王が生まれるシステムである。常にたくさんの魔王と転生者がいて、両者が戦い続けている。そして転生者が魔王に挑むとき、ラストエリクサーのような超回復薬は重要な役割を担うはずだ。


 普通のエリクサーも戦闘に使用できるけれど、ラストエリクサーは普通より戦闘向きであるため、強力な魔王との戦いがなくならない限り、需要もなくならないわけだ。


 って、これじゃあ儲かるからってだけの理由でラスエリを買いあさってるみたいだな。でもさ、たしかに、そういう儲かるとか儲からないとかも大事だと思うけども、何より必要としている人のところに届いて、その人が笑顔になってくれるのがベストなんだと思うよ。


 そのための正確な検査と鑑定っていうスキルには、大いに価値があると思うのだが。


「よっこらしょっと……」


 自慢の風呂つきローマ風豪邸には神殿風の建物が三つほどあるのだが、そのうち倉庫がわりにしている建物に袋を運搬した。


 倉庫には、おびただしい量のラストエリクサーの在庫がある。木製の扉を開けて中に入ると、室内は広々とした空間なのに草の匂いに満たされていた。狭い通路を抜けて、少し広くなっているところに出て、袋を置いて立ち止まる。


 よし、まずは検査だ。


「うおおおお! 検査ァ!」


 まあ検査とはいっても、このスキルは、むしろ解呪に近い。何か異質な魔力コーティングがされていれば、それを解除できるってわけだ。


 すぐに済んだ。オーケーだ。今回届いたラスエリは偽装されていなかった。さすが上位スキルだけあって袋ごとスキルを浴びせられるのが楽チンである。


 それから、俺は倉庫の奥へと進んだ。


 高い天井の上の方まで、びっしりとラストエリクサーの束が積まれている。棚には高いところの草をとるためのハシゴが掛けてある。鑑定前のものと鑑定済みのものが分けてあり、鑑定済みのなかでも等級ごとに分けられている。


 そんな倉庫のど真ん中に作業台が鎮座しており、詳細な鑑定はここで一本ずつ行われるのだ。


 作業台には、鑑定数を数えるための白い布が置かれている。ここに『正』の字がびっしりと刻むためだ。なんて、実をいうと、あんな風に数えなくてもステータス画面を見れば鑑定数もカウントされているのだが、やはり俺は雰囲気を大事にする男なのだ。


「さて、今日も鑑定しますか」


 俺はぺろりと舌なめずりをして、腕をまくった。


 その時であった。


「オリハラクオン! 大変だ!」


 そんな甲冑ごしの叫びが響いたのは。




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