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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十二章 隔てられた世界
300/334

第300話 夢の終わり(1/3)

  ★


 ――第五(フィフス)次元(ディメンジョン)エリクサー。


 時空を超えて別世界に行けるエリクサーであるという。


 シガンバナと五色の岩をくだいてすり潰し、イトムシの糸で織った布で絞ることによって作られる。


 シガンバナというスカーレットレッドの毒草は、かつての女王エリザマリーの墓があった地下深くで収穫した。フリースが氷の力を使って芝刈り機みたいに派手に刈り取っていたっけ。


 イトムシの糸に関しては、もはや織るのは難易度が高い。糸はコイトマルの右手からたくさん出てくるので、そこは問題ないが、織り上げるのに、純粋なエルフと呼ばれる人々の魔力が必要なのだという。


 キャリーサは呆れたように息を吐き、言う。


「エルフのしきたりってやつは、面倒なんだよな。ハーフエルフとか、クォーターエルフとかは、布を織ったり編んだりできないもんかね?」


「できる」とフリースは言ったが、すぐに、「でもむり。混血のレベルじゃ魔力が足りない」


 ここで求められているのは、貴重なアイテム『燃えない衣』である。


 氷の大勇者フリースが着ている青い服は、実は『燃えない衣』なのだが、これと同じものを作るには、どのような条件を揃えればよいのか。


「もう新しく本物の『燃えない衣』は生まれないと思う」


 フリースは、あっさりとした口調で言った。それは完成しないと時空を超えることができなくて、まずいんじゃないのか。


「どういうこと?」


 と、当然キャリーサは追及する。


「織ってくれるエルフがいないと思う」


「もうちょい詳しく」


 頷き、フリースは語り出す。


「もともと、イトムシを育てることは人間の仕事だった。なんでかって、蟲は、すぐに死んでしまうから、エルフの血を引く者たちの目からは遠ざけられた」


「潔癖症だったんだねえ」


「その通り。しばらくして、エルフの中に、人間たちと仲良くする者が現れた。それが、別の世界から渡ってきたっていう伝説をもってる氷使いの一族だった」


「氷使いのエルフっていうと……。フリースのご先祖ですか?」とレヴィア。


「かもね。わからないし、そんなに興味ないけど。……で、人間とエルフが手を取ったことで、イトムシも進化した。契約を交わすことでエルフ的な魔力をエサとするイトムシが誕生した。単なる丈夫な糸じゃなく、さまざまな特徴をもった糸を吐く新種だった。


氷使いの一族がこのイトムシを独占していたので、当然、氷の力が込められた燃えない青い糸が大人気になった。このイトムシこそが、いまの古代種と呼ばれるもので、ここにいるコイトマルも古代種」


「コイトマルは仲良しの象徴だったんですね! 誇らしいです!」とコイトマル。


「古代種ってことは、あんまり今の時代には残ってなかったりするのかい?」


「さあ、正確なことは何も。昔のことすぎる。あたしを犯罪者あつかいしたフロッグレイクの長生きエルフどもにきけば、なにかわかることがあるかもだけど、関わりたくない。たぶん、あたしの推理だと、古代種は種自体が呪われてしまって、不気味な姿の雷撃ウナギにされてしまったんだと思う」


「なんでそんなことに?」


「あくまで想像だけど、織り手を担当してたエルフが知っちゃったんじゃない?」


「何を?」


「糸が生み出されるまでに、たくさんの死が絡んでしまっていること」


「それで呪いをかけるって、だいぶ狂ってんね」


「常識で測れない、頭のおかしなヤツらなんだよ。だから近づきたくない」


 これは、どう考えたら良いのだろう。糸作りそのものを担当しない純粋なエルフからすれば、それら全てが呪われているように見えたから、いっそのこと最初から呪ってしまえばその産業が世界から消えるし、自分たちが汚れた糸に触れることもない、といった考え方なのだろうか。


 別の可能性として、エルフが人間と手を組んで勢力を増してきていることを嫌った誰かが、エルフと人間を仲違(なかたが)いさせるためにイトムシに呪いを掛けた可能性もある……なーんて言ったら、陰謀論めいているだろうか。


「もともとエルフは、死を見聞きすることや殺すことを遠ざける傾向にある。潔癖で命が失われることを汚らわしいと信じている人たちだった。不老長命で、博学多識で、傲慢そのものだったけれど、桁外れの魔力を持っている」


「フリースだって桁外れだけどね。あんたが織ったら、案外織れるんじゃない?」


 キャリーサが言って、レヴィアも「ですです」と頷いた。コイトマルも「いけます!」と太鼓判を押した。


「あたしが? どうかな。あたし、そんなに器用じゃないから」


 氷で文字を描くなんて精密なことをしておいて、よく言う。考えもしなかったことなのかもしれない。あるいは、機織りの自信がなかったりするのだろうか。


 たとえば、機織りをする純血を名乗るエルフが嫌いだから、機織りが嫌いとかだろうか。


 もしくは、機織りで何か思い出したくないことでもあったりするのだろうか。エルフの血が薄いフリースには誰も機織りをしてくれるエルフがおらず、母親の織った布だということで他のエルフたちからイジメを受けた経験があるとか……ってのは、根拠もなしに想像しすぎか。


 ともかくフリースは、自分で織ってみるとは宣言せずに話を続けた。


「つまりね、イトムシの歴史から言えば、ハーフエルフの仕事はイトムシと契約して育てて、糸を出させることだけだった。『燃えない衣』として完成させるためには、純粋なエルフの魔力を持つ者を織り手にしなくちゃいけない」


 いずれにしても、イトムシの糸の織り手がいないから、新たに青い『燃えない衣』を作るのは不可能という主張である。


「ハイハイご主人様! 死が絡んでなければいいわけですよね! コイトマルから出る糸は、死のニオイなんか微塵もしませんよ! ご主人様が織らずとも、純エルフさんに、コイトマルの糸を織ってもらえばいいじゃないですかね!」


「あの連中に関わりたくないって言ってるでしょ」


 冷たい声で、フリースは言い放った。


 かつて、フリースは、マリーノーツに氷河期を招きかけた罪で、魔女と呼ばれ、「貴様がエルフの血を引いているとは恥ずかしい」といった暴言まで浴びせられた上、雷撃ウナギの呪いやら、耳に強力な偽装やらをかけられたことがあった。


 俺が呪いも偽装も見事に解いてやって、フリースは声を取り戻したんだよな。


「うっ、そうでした。ご主人の気持ちを考えもせず……コイトマル、反省です!」


 話が一区切りしたところで、キャリーサは深く息を吐いた。


「それにしても、どうすんのさ。『燃えない衣』を新しく調達できないなら、フリースの服を使うしかないね。いくら燃えないし汚れないとはいっても、シガンバナなんていう猛毒の花を絞るってんだから、リスクが大きいんじゃないかい? 母親から受け継がれた形見の衣なんだろ?」


 フリースは、「まあ」と曖昧に返事をして、続ける。


「でも、いまさら、他の持ってる人から借りたり、市場に流れてるものを買ったりするのは大変。だから……」


 そう呟くと、自分の首筋に手を伸ばし、服の中に手を入れると、背中のほうに滑り込ませた。


 もう片方の手で氷のハサミを生み出すと、服とフードを繋いでいる青い糸を、手探りで丁寧に切り離して、キャリーサに向かって差し出した。


「これを使う」


 それは、『燃えない衣』で織り上げられたフードだった。


 フリースのアイテム入れでもあり、かつてのコイトマルを住まわせていた場所でもあり、今のコイトマルの住居でもある。


「いいのかい? あんた、これは、だって……」


「そう。ラックから借りてるやつだから本当はちょっとの間も手放したくない。だけど、ここで使わないで、ラックの世界と繋がれないなんて、もっと嫌だから……」


 俺としても、コイトマルを収納するためという目的で、ザイデンシュトラーゼン宝物庫からコッソリ借りたものだし、できれば汚してほしくはない。コッソリ返せなくなるからだ。


 まあ、イトムシの青い糸で織られた布は、いつでも清潔で水や泥も弾くし、火の中に入れても燃えないし、汚れがつくことは無いとはいうけれども……ただ、今回の相手は五龍それぞれの歯という、伝説的存在の一部だから、予想を超えた反応をして布がダメになる可能性もある。


 いずれにしろ、夢の中の俺としては、フリースに判断を任すしかないのであった。


「これで材料は揃った。決められた順番にすり潰したものを、この布で絞るだけ。あとはこの世界の水たまりを別世界の水たまりと繫いだら、そこに飛び込めば、あたいらの知らない世界が待ってるってわけさ」




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