第299話 レヴィアの旅 ホクキオの露天風呂(2/2)
マリーノーツには、網羽子板という遊びがある。早い話がバドミントンなのであるが、この遊びで争いの決着をつけることになった。
しかし、だだっ広い豪邸の広場で、甲冑の子供たちを交えてこの遊びをするうちに、つまらんことが原因の争いなんてのは見事に有耶無耶になった。
運動が争いを止めるとは、すばらしいことである。
さて、スポーツで汗を流した後に、もうひとっ風呂浴びた一行は、ベスさんの牧場でとれた冷えたモコモコヤギミルクにフルーツやらコーヒーのような粉末で香りを足したものを飲みながら話す。
ただし、レヴィアは別の飲み物を選んだ。モコモコヤギという動物が、自分と同じ魔族に似ているためであろう。
「それで、あんたは、何でラックくんの写真をほしがってるの? 好きなの?」
ベスさんの問いに、キャリーサはキッと年上の親戚をにらみつけて言うのだ。
「あたいがオリハラクオンを? なんの冗談?」
「じゃあ何でよ。ラックくんのことが好きなんじゃないの? スキル使って確かめていい? シエリー、あなたはラックくんを好きじゃないと誓えま――」
「やめなさいよ!」
キャリーサの大きな手が、ベスの手を掴んだ。三つ編み裁判は力ずくで阻止された。
「あたいが使うんじゃなくて、フリースのために必要なのよ。レヴィアの分は、あたいが用意できてるけど、フリースの分がまだだから……」
「話が見えないんだけど、ちゃんと説明してくれる?」
どうやらキャリーサは、時空を超えるエリクサーのことを、ベスさんにも内緒にしていたらしい。
「じゃあもう、あたいがオリハラクオンのことを好きだってことでいいから、写真をよこしてよ!」
「なにその言い方。納得できない。隠し事はギルティ! 本当のことを言いなさい!」
ベスさんは、三つ編みに手を触れ、嘘を見破るスキルを発動する。この三つ編みがほどけたら嘘、そのままだったら本当。簡易三つ編み裁判の開廷である。
「だから、その、オリハラクオンに会うために必要なんだってば」
ほどけなかった。これは本当。
そのとき、レヴィアが横から言うのだ。
「奪っちゃえばよくないです? その写真っていうやつ」
そこまでして俺に会いたいと思ってくれるのは嬉しいけどねレヴィアちゃん。それは強盗の発想だから、やっぱりあんまり嬉しくないよ?
「ベスおばさん、理由は聞かないでよ。これは……そうだ、極秘任務なのよ。オトちゃんに頼まれて」
苦し紛れすぎるだろう。
「スキル使うまでもなく嘘だってわかるよ? オトキヨ様は、今は命令出せる状態じゃないでしょ?」
「うぐぐ……」
「蛇になる前に――」
「本当?」
かぶせ気味にベスさんが言って、キャリーサが頷いた瞬間に三つ編みはほどけた。
ベスさんは、三つ編みを結い直しながら言う。
「はいギルティ。嘘確定。なんで嘘つくの? ウチに隠さなきゃいけないことって何なの?」
そこで、ついに観念したようだ。キャリーサは言うのだ。
「あたいは、フリースとレヴィアを、オリハラクオンの世界に連れてくの! だから、あたいは、オリハラクオンの写真が欲しいの!」
三つ編みは、ほどけなかった。
「話が見えないにも程があるよ!」
★
キャリーサは、俺が描かれた絵を一枚持っている。
どこで手に入れたのやら、それは、かつて大勇者まなかが、まだ大勇者じゃなかった頃、アヌマーマ峠のアトリエで描いたポケットサイズの小さな絵だ。アジサイの花を背景に、俺と俺の昔好きだった年上の人が笑顔で並んでいる。現実には有り得なかった構図の絵なのだが、それゆえに俺は非常に嬉しかった記憶がある。
ところが、この素敵な絵画は、ホクキオに初めて足を踏み入れた時にホクキオ自警団の甲冑たちに没収されてしまった。
それがキャリーサの手にあるのは、何故なのか。
「あたいが、ベスおばさんから――」
「おばさん?」
「や、ベスねえさんから、オリハラクオンの案内をして貴族街の隠れ屋敷に導くように頼まれた時に、オリハラクオンの姿を知るための情報として預かってたからね」
結局、キャリーサは案内には失敗した。俺はレヴィアを案内人だと勘違いして旅立ってしまって、キャリーサは必死に俺たちを追いかけてきた、という展開になったのだった。
やや話が逸れたが、つまり、俺が自警団に捕まった際の押収品がベスさんに流れ、十年後、そのうちの絵画のほうをキャリーサが持ち、学生証のほうをベスさんが持つことになったというわけである。
「二枚揃えば、レヴィアとフリースが一枚ずつ使えるだろう? 二人きりで別世界に送り込むのは心配だけど、それ以外にオリハラクオンの絵が無いからしょうがない」
「まず、別世界ってのは、転生者の故郷ってことだよね。そんなの、本当に可能なの?」
「エリザマリーが、あたいにだけ伝えた秘密の遺言があって……ベスおば――ベスねえさんに危険が迫った時に、自分の居る世界に逃げて欲しくて残したんだって」
「おばあちゃんが? そんなの、ウチ、聞いてないよ」
「だけど、そもそも、自警団の強行でホクキオでの偶像崇拝が禁止になって、エリザマリーの本当の姿を写し取ったモノは全部消されたと言われてるから、エリザマリーのところに行こうと思っても難しいんだけれど」
「ま、そういう状況じゃ、仕方ないね。でも、ウチに黙ってたのはギルティ。すぐに言ってくれればよかったのに」
「……いいの? もし使って無くなっちゃったら、ばあちゃんに会えなくなるかもしれないんだよ?」
「そりゃ暗殺されたきりお別れなんてのは悲しいから、会えるなら会いたいとは思うけど、……でもね、ウチとしては、あのキャリーサが、そんな貴重なモノまで使って、しかも、ウチに頭を下げてまで、どうにかしてあげたいって思える人に出会えたことのほうが、うれしいんだよ」
「あっ、あたいは別に……」
ベスさんは三つ編みに触りながら言う。
「キャリーサは、二人のこと、大事なんだよね」
三つ編みは、ほどけなかった。
素直ではないキャリーサは、目をそらし、それきり黙ってしまったのだった。
★
「レヴィア、渡したいものがある」
ベスさんとキャリーサの話を横で聞いていたフリースは、レヴィアの手を引いて歩き、やがて薄暗い倉庫まで、連れてきた。ラストエリクサーが大量に積み上げられた倉庫である。
二人きりで話がしたいということらしい。
フリースは、倉庫に着くなり、特別扱いで飾ってあるラストエリクサーとか、天井まで積んであるラストエリクサーとかを見回した。誰もいないのを確認してから、フードから写真立てのようなものを取り出し、レヴィアに手渡した。
それは、俺が一人で描かれた絵だった。このタッチはボーラさんの描いたものによく似ている。
というか、まてよ。見覚えがあるぞ。これは、絵描きのボーラ・コットンウォーカーが描いてくれた失われたはずの絵だ。
「一回、真っ二つにしちゃったやつだけど、あたしの氷で斬った切断面があまりにもキレイだったから、時間巻き戻したみたいに、ちゃんとぴったりくっついてる」
「いいんです?」
「だってそれ、もともと横にレヴィアが描いてあったやつだし」
ザイデンシュトラーゼン城に向かう途中、俺とレヴィアが二人でいるところに賊が襲いかかってきたことがある。それを頭の上から助けてくれたのが、絵描きのボーラさんだった。別名ハニノカオ・シラベールさん。シラベール家の末娘である。
ボーラさんの描いた絵は、俺とレヴィアのツーショット。激怒したフリースに両断され、俺が描かれたところに至っては、縦に真っ二つに斬られてしまったはずだが、フリースの言葉を額面通り受け取るならば、切れた紙片をぴったりくっつけてフリースが持っていた、ということになる。
ところが、小さな裏切り者はご主人様の意向を無視して言うのだ。
「違いますよ! ついさっき、コイトマルの吐き出した微細な糸を使って、この小さなコイトマルが繋ぎ合わせ、結び合わせ、絡め合わせ、縫い合わせたから完璧に綺麗なのです! いやぁ、直すのには骨が折れましたよ! 切断されたうえに、ぐっちゃぐちゃになったラックさんの顔面から察するに、あのときのご主人の心は千々に乱れて泣き叫んでいたに違いありません! つまり……断面は全然キレイじゃありませんでした!」
ガッ、と思わず、フリースの右手がコイトマルの身体を強く掴んだ。
秘密にしたかったことのようだ。
「…………」
顔面蒼白のコイトマルを掴んだまま、微妙な表情で沈黙するフリースに向けて、レヴィアは心からの笑顔で言うのだ。
「ありがとうございます、フリース」