第298話 レヴィアの旅 ホクキオの露天風呂(1/2)
ホクキオ近くの草原に、「大勇者風呂」という施設がある。
どう考えても俺の家である。
かつて、俺がラストエリクサーの転売で一時的に金持ちの仲間入りをした時期があった。そのときに、多くの金貨を投じて建造したのが、ギリシア・ローマ的なデザインをふんだんに取り入れた神殿っぽい建物である。
真っ白な石柱が並ぶオシャレ建築だ。
あくまで真似事だったので、フォースバレーにあるオトちゃんの宮殿とか、もっと東にあるマリーノーツ祭壇とか、ミヤチズの先にある大書庫群とかには圧倒的に見劣りする。
しかしながら、オレンジ屋根の質素な建築の多いホクキオの中では、白亜の宮殿は際立つ存在であり、オリジナリティ溢れる場所なのだ。
しかし一方で、そもそも白い建物っていうのが、身分をわきまえない傲慢な建築だったというフシもある。レヴィアの白い服がオトちゃんに「別の服にせよ」と言われて脱がされたのと同じように、軽ーい気持ちで使っちゃいけない色だった。
白色ってのは、黒雲の巫女オトちゃんと対になる、白日の巫女エリザシエリーを象徴する色であり、マリーノーツの一部には、エリザシエリーの復活を阻止せんとする一派が存在していたから目を付けられる服装だった。逆にエリザシエリーを信仰している者からすれば、「シエリーさまの白を勝手に使うなんて許されない」と後ろ指さされるような行動だったのだ。
よく調べもせずに白を使ってしまったのは、いたずらに危険を招く行為であった。無知であったと自分で自分を責めざえるをえない。
で、その白い建物のそばには、大勇者まなかが一撃で掘ったクレーター状の大穴があり、そこに大きな岩を運び、湯を引いて温泉にしたのは俺である。言わば、まなかさんと俺との共同作業なのだった。
建物は白いし、温泉の湯も白濁してるけれども、これも俺の黒歴史と言っていいだろう。なぜなら、意図して作ったわけではなく、俺の不用意な発言によって、まなかさんを激怒させたことがキッカケだったからだ。
というわけで、ここは露天風呂。
岩風呂に温泉が絶えず流れ込んでいる。常に丁度よい温度の湯が供給され続ける。神殿風の建物を眺めながら、朝でも昼でも晩でも、いつでも湯に浸かれる。
「へぇ、けっこう気持ちいいじゃないさ、外で集団で裸になるとか、野蛮だと思ってたけど、これはいいねえ」
キャリーサは俺の作った露天風呂の湯船に浸かりながら、気持ちよさそうに声を出した。俺の風呂を気に入ってくれたようだ。
「あ、キャリーサって、香水を落とすと、思ったより、くさくないですね」
隣にいるレヴィアの言葉に、キャリーサは怒りを抱いた。
「あたいを何だと思ってんのさ」
かきあげて弾いた髪から滴が飛んで、レヴィアの胸の膨らみに落ちた。
そしてフリースは、黙ってコイトマルに身体を洗ってもらっていた。自分の手で長い耳を丹念に洗ってから、やがて二人の待つ湯船に向かった。
夕焼けに染まった湯気が美しい温泉に三人の美女が浸かっている姿は、天上の楽園のようだ。
「しっかし、居心地がいいねえ」とキャリーサ。「外から見ると立派すぎるようでありながら、中に入ると適度に親しみやすくって、くつろげるよ」
以前、甲冑のシラベールさんも似たようなことを言っていたので、マリーノーツ人にも俺の露天風呂は好評のようだ。
「はじめは私も、くさいお湯だと思いましたが、慣れると気持ちいいですね」
「極楽ですぅ」とコイトマルもご満悦だ。
「あったまる。こんなところあったんだ」
フリースはゆっくりと座り、白い湯に肩まで浸かった。
物知りのはずのフリースがこの素敵な露天風呂を知らないのも無理はない。なぜなら、この場所が作られたのは、俺がレヴィアとともに旅に出る直前のことだったのだから。いわば、新名所というやつなのだ。
「そもそも、この場所って、なんで大勇者風呂っていうんですか? 大勇者って、こわい響きですけど」
レヴィアの問いに、キャリーサが答える。
「さあね、大勇者と関わりがあるってんなら、誰かが浸かりに来たとかじゃないの? セイクリッドとか、アリアとか、まなかとかもこの辺には詳しいんじゃないかね」
まさしく、大勇者まなかという存在が『大勇者風呂』というネーミングの由来なのだが、単に浸かりに来たというほどの関わりではない。
「さっき脱衣所に書いてあったけど、この温泉は、まなかが地面に剣を突き立てたところに湧いたらしいよ」
フリースは、説明書きを紹介したけれど、一つ大きな間違いがある。温泉はこの場に湧いているのではなく、実は離れたところにある源泉からパイプを通して引っ張ってきている。
「へぇ、さすが大勇者まなか。こんなところに温泉を掘って人助けとは、徳が高いね」
キャリーサは感心したものの、絶対にまなかさんにそんなつもりはなかっただろう。
と、そんなことを考えていると、俺の主張を代弁するかのように、濃い煙の中から声がした。
「いいや、それは正確じゃないよ」
「ん、ベスおばさん?」
そこにあった湯気が晴れ、そばかすがチャーミングな三つ編みの女性があらわれた。エリザベス牧場の経営者、ベスさんである。
「おそいから迎えに来ちゃたわよ。って、こら。おばさんって呼ぶのやめなさいよ」
「正確じゃないって? どういうこと?」
「ウチは、ちゃんと知ってるんだよ。この露天風呂ができたのは、ラックくんのおかげだって」
牧場主のエリザベスさんは、肩に掛かる三つ編みを撫でながら、本当のことを言った。俺を三つ編み裁判でハメたときは嘘ばっかりだったのに、彼女も落ち着いたものだ。
「ラックくんが、ラストエリクサーとかいう雑草で大もうけした時に、調子に乗って建てたのがこの建物なんだよね。脱衣所のあたりは、みんなのために改造したけど、他はラックくんが出て行ったときのまま保存してあるのよ」
ベスさんやシラベールさんがホクキオ自警団の名のもとに管理してくれているようで、とても有難い。
といっても、金目のものは全て差し押さえられた後のことだから、価値あるものなんて何も残っていない。せいぜい倉庫におびただしい量の無価値のラストエリクサーがあるくらいだろう。
「この場所は、実はラックさんが作ったってことですか?」
嬉しそうにレヴィアがたずねて、ベスさんは頷いた。
「そういうこと。ラックくんも良い仕事するよね。つまりここは、大勇者風呂というよりも『オリハラクオンの露天風呂』と呼んだ方が正確だってことよ」
褒められて悪い気はしないが、悲しいのは、俺はこのホクキオの施設を大して満喫することなく、追い立てられるように旅に出てしまったことである。
ふと、ベスさんは思い出す。
「あ、でも、アレだけは勘弁してほしかったな。お風呂にラスエリを浮かべたりするの。あのときはラックくんも追い詰められてて、ラックくんらしくなかった」
俺らしくないとはどういうことなのだろう。もしかして、ベスさんの中で、俺という存在が急激に美化されていたりするのだろうか。風呂に俺の名前をつけて呼ばせようなんていうのも、考えてみれば以前のベスさんだったら有り得なかったと思う。
「わかった? 二人とも、オリハラクオン風呂だよ。おぼえておきなね」
これは、子供たちに向けた言葉である。ベスさんは、二人の子供を連れてきていた。
煙の中から姿を現す二つの小さな甲冑。風呂の時まで甲冑を身につけた二人はどう考えても異常だが、シラベール家の子供らしいといえば、それらしい。
「はーい! オリハラクオン風呂―!」
と二人の素直な子供が声を揃えた。
……これ大丈夫か?
もし、俺がマリーノーツに帰ったとき、実際の俺がたいしたことないやつで、子供たちとかにガッカリされるやつじゃない?
子供たちは、がっちゃがっちゃと甲冑を鳴らして走り回り、やがて一人が、フリースの美しい姿にみとれたように、立ち止まった。そして言うのだ。
「おねえちゃん、いくつ? 胸ないね」
どうやらシラベールさんの息子は、とんでもない死にたがりらしい。
大勇者フリースを相手にこんなことを言ったら、冷凍保存されてしまうぞ。
ベスさんは、すかさず「こら」と言うが、もう取り返しがつかないだろう。
キャリーサとレヴィアが急に自分の肩を抱いて震えだしたところをみると、温泉の水を冷水に変えるほどの怒りの冷気が放出されていると思われる。
「おばさん、この子たち、凍らして良い?」
「は? 誰がおばさんですって?」
突然の一触即発。
どうしてマリーノーツの人間は、こうも血の気が多いのだろう。いつもケンカしてるイメージしかない。