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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十二章 隔てられた世界
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第296話 レヴィアの旅 アヌマーマ峠を通過せよ(1/2)

 ――そもそも、どうしてホクキオに向かう必要があったのか。


 カフェ『傘屋エアステシオン』でのテーブル席で、フリースの問いに、キャリーサは答えた。


「そりゃあれさ、転生者が言うところの、写真ってやつを受け取るためさ」


「写真?」とレヴィア。


「精巧な絵画みたいなものだと思ってくれればいいよ。ベスおばさんがそれを持ってるらしくてね」


「ボーラさんっていう絵描きさんがいましたけど、あの人が描いたラックさんの絵みたいなやつですか?」


「んー、わかんないけど。たぶんそう」


 キャリーサは、テキトーに答え過ぎだ。絵と写真は違うだろう。


 そこでフリースが疑問を口にする。


「ベスって人は、ラックの写真を持ち歩いてるってこと? なんで? 好きなの?」


「いや、全然。旦那(ダンナ)いるし。たぶん、持ち歩いてもないと思うよ」


 そう、三つ編みのベスさんの旦那は、ホクキオ自警団の幹部、白銀甲冑のクテシマタ・シラベールさんなのである。俺をギルティにした裁判で仲良くなった二人が結婚したという経緯がある。


「あたいは詳しく知らないんだけど、何かの裁判の時に、その写真ってのが証拠品になって、ずっとベスおばさんが保管してるんだってさ。オリハラクオンの世界では、学問をしてる人がみんな持ってる身分証明カードみたいなのがあるらしい」


「ギルド証のプレートみたいなもの?」


「似たようなもんだね。本人だって分かるように、写真っていうのがついてるらしい」


 学生証のことだな。俺のモコモコヤギ牧場襲撃の証拠品として押収されたやつだ。悲しい冤罪(えんざい)の記憶がよみがえってくる。


「写真ってのが何で必要なの?」


「時空を超えるときに、相手と同じ時空間に出るために、その人の姿を写し取ったものが必要なの。その人のいない別の世界に出たら、なかなか出会えないってわけさ」


「それでホクキオに行く必要があったわけだね」


 フリースは納得したようだ。


「さ、それじゃアヌマーマ峠を通ってベスおばさんの牧場まで行くよ」


 キャリーサは号令をかけたが、「えっ、何でですか、嫌です!」とレヴィアが拒絶した。アヌマーマ峠には父親がひきこもっていて、見つかりたくないのだ。


「別にレヴィアに嫌がらせしてるってわけじゃないさ。街道に、また山賊が出るようになったって話だから、関わるの面倒くさいんだよ。オリハラクオンに会う前に、余計な苦労を買って出ることもないでしょ」


「それもそうですけど……」


 レヴィアはしぶしぶオーケーしたが、このキャリーサの考えは甘いんじゃ無いかと思う。


 アンジュさんは同じ場所で山賊行為に及んでいたが、根城にしていたのはアヌマーマ峠だった。


 つまり、谷間を通る街道を仕事場にしている山賊は、高確率でアヌマーマ峠のなかに隠れ家を持つのではないか、ということである。


 っていうか、まさか、アンジュさんがまた戻ってきて、山賊でもやってるんじゃないだろうな?


 いやまさかな……。


 そうじゃないと信じたい。


  ★


 カフェ『傘屋エアステシオン』を後にしたキャリーサ、レヴィア、フリースの女子会パーティは、しばらく人力車で移動した後、峠の入り口で停車した。


 予定通り、山賊の出る街道を迂回(うかい)してアヌマーマ峠を通ることにしたのだ。


 レヴィアにとってリスクの高い場所を通るに当たって、レヴィアは一つの条件を出した。


「キャリーサのくさくさの香水を貸してください」


「は? いいけど、何に使うんだい?」


「私が、おとうさんに見つからないようにするんです」


 ニオイでバレないようにするためである。


「だけど、大丈夫かい? あんたのニオイって、モンスターを沈静化するんだろ?」


「いえ、それは昔の話です。人間になった今は、その効果も無くなってます。それに、おとうさんが近くに居る効果で魔物の力は抑えられてますので、この周辺で襲ってくるとしても、よほどの雑魚モンスターだけですよ」


 ホクキオ近郊のモンスターが非常に弱かったり、人里に降りてこなかったりっていうのは、そういう事情があったということか。最強の魔族、バホバホメトロ族が近くにいる場合、魔物がおとなしくなる、と、そういうことだろう。


「安全ならいいけど……あたいの香水、高いんだからね、大事に使ってよ?」


 ビンを受け取ったレヴィアは、身体中にキャリーサのニオイを纏った。


「くさっ」フリース。

「くっさいです!」コイトマル。

「うぅ、くさくさです……」涙目のレヴィア。


「そんなに、くさくないはずなんだけどな」


「いいえ、くさいです。でも、今はそのくささが役に立ちます。これで、誰でもキャリーサです」


 ――本当にくさい。二人もその香水つけてるの、密室じゃなくても、くさすぎる。凍らせていい?


 極力、息を吸いたくないようで、フリースは久々に氷文字を繰り出した。


 やめとけ、と言うツッコミ役は誰もいなかった。

 フリースが少し寂しそうにしたのは、ツッコミ係の俺のことを思い出したからだろうか、なんて、これもまた、ひどいうぬぼれかな。


「ご主人! コイトマルが鼻をつまんで差し上げましょう!」


 ――じゃあ、お願いする。口は閉じないでね。


「えいっ」


 小さな手がフリースの鼻筋を挟み込んだ。


 「ふふふ、ご主人様の優しい吐息がかかって、くすぐったいです」


 ふっ、といたずらなフリースが思いっきり息を吐いたら、コイトマルの身体が飛んでいった。


  ★


 アヌマーマ峠の道は、けっこう険しい。眺めのよい高い所からの景色は、開放感がある。


 透き通るような青空や、緑に包まれた美しい大地。どこまでも伸びていくような石畳の道、そしてオレンジ屋根の町並みが見える。とても綺麗だ。


 この世界に来たばかりのころ、まなかさんが案内してくれた時に、このアヌマーマ峠に登る機会があったのだが、その時も、旅に出たいって強く思える光景だった。


 しかし、一方で、一歩間違えば転落して大けがをするくらいの険しい道でもある。


「こんなにキツい道でしたっけ?」


 息を切らしながらレヴィアが言うと、フリースは不機嫌そうに言う。


「それはそうだよ。昔は最強の魔族だったから楽勝だっただろうけどね。今のレヴィアは人間だからね。身体能力が違いすぎる」


「地元の道がキツく感じるのは、つらいです」


「じゃあ、人間になんかならなきゃよかったって?」


 フリースは、キャリーサとレヴィアの香水がくさすぎてイライラしてるのだろうか、少しトゲのある言い方をした。


「そういうわけじゃないですけど……フリース、ちょっと意地悪ですね」


「まあ頑張りなよ。あたしは氷を使って坂を作りながら登れば簡単だし」


「ちょっとフリース、あんた、できれば坂じゃなくて、階段にしてくれないかい? まさか、こんなに、しんどい、なんて」


 アヌマーマ峠を越えようと言い出したのはキャリーサだったはずだが、言い出した当人が最も疲れていた。息切れしまくっている。


 大きな足場で一息ついたキャリーサは頭を抱えながら呟く。


「オリハラクオンも通った道だって聞いてたから、楽勝だとか思ってたんだけど、そういやオリハラクオンは、あんなでも転生者だったのを忘れてたよ」


 どうやら俺を()めすぎたようだな、キャリーサよ。ここには(くさり)をつたって登らねばならない場所があったり、軽いロッククライミングをする場所もあるのだ。いかにもインドアなキャリーサには、さぞキツいことだろう。


 高いヒールも山登りには向かないことだし。


「ここは一気に通り抜けたほうがいいんじゃない? レヴィアのためにも」


「それはフリースの言うとおりなんだろうけどさ、さすがにちょっと休んでいかないかい? 身体がもたないよ」


 しかし、この提案は、当然レヴィアには拒絶される。


「ヤ、です」


 フリースも苛立(いらだ)ちを隠さずに言い放つ。


「まるで、ラックみたいに情けない。何か無いの? 自慢の合成獣でも作って空を飛ぶとかさ」


「それはそれで、目立ってしまって、おとうさんに見つかっちゃうかもです」


「よし、じゃあレヴィア。キャリーサは置いていこう」


「そうですね」


「ちょ、ちょっと待ちな! じゃあわかったよ。このままここで休憩したらレヴィアの父親とやらに見つかるかどうか、占ってやる」


 そして、簡易カード占いの結果。


「…………」


 キャリーサが、まるで出会った頃のフリースのように、沈黙した。


 たぶん、キャリーサにとって良くない結果が出たのだろう。


「フリース、氷の階段を出さないとよくないことが起こるっていう占いが出たよ。よろしく」


「絶対嘘です」とレヴィア。「嘘はよくないんですよ?」


「……あんたの言う通り、今のあたいは嘘つきになったけどさ、あんたには絶対言われたくないね」


 たしかに。




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