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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十二章 隔てられた世界
294/334

第294話 レヴィアの旅 エアステシオンで羽化昇仙を(3/4)

 これはうまい、うまいうまい、と吐息まじりの声とともに、コイトマルにとっては大きなどら焼きが、ちっちゃな口に吸い込まれていった。


 フリースは無言でコイトマルの(くし)のような触角と、真ん中分けの青い髪を軽く撫でて、かわいがっており、コイトマルのほうもそれを嫌がっていなかった。


 フリースとシオンは、おしるこを飲みながら会話していた。


 お餅がミョーンと伸びて、何回かに分けてシオンの口に吸い込まれていく。対するフリースは、はじめに氷の刃で素早く切り分けてから少しずつ口に運んでいた。


「フリースさん、それにしても、寂しいですね。マスターがいなくなっちゃったとか、つまんないです。からかうの面白かったんですが」


 シオンとは祭りの後も何回かすれ違って、そのたび「あれあれマスター。今日は違う女の人を連れてるんですねぇ」みたいな言葉で(あお)られた記憶がある。


 俺をからかって楽しんでいた悪いウサギである。


「いなくなったけど、だいじょうぶ。すぐ会える」


 フリースは力強く言った。


「えっ、それってどういう……」


 シオンは少し考え込み、言うのだ。


「待って待って、だめだよフリースさん。考え直してよ。あんな男のために死ぬことないよ。二股も三股もかけるような悪い男だよ。もっと他にもいるかもしれない」


 このウサギ娘は、俺の何を知っているというのやら。あと、シオンはもう一つ誤解している。フリースは、別に俺の後を追って別世界に行きたいだけで、死のうとしているわけじゃない。


 フリースは身を乗り出し、対面に座るウサギ娘の大きな耳に口を近づけて、囁く。


「ひみつだけど、キャリーサが『ラックの世界に行ける』って言うから、その話にノッただけ」


「むむっ、マスターの世界に……ですか。ほほう、そうなんですね」


 このウサギは、あまり秘密を守るタイプではない気がする。


 色んな所で言いふらさなければいいけどな。


「それより、どうですか? あたしのケーキセット」


「つぶつぶが邪魔。もう少し滑らかにしてほしい」


「なるほどぉ、こしあん派でしたか。刀なんか作ってあげるんじゃなかったです。張り切って損しました」


 出たな、つぶあん派。


「マスターも、こしあん派でしたよ。一緒とは、さすが恋人ですね」


「……あたしとラックは恋人じゃない」


「え、じゃあ愛人ってやつですかー?」


「そうじゃない。ラックが好きなのはレヴィアだけ」


「でも、こないだデートしてたじゃないですか。一緒に川沿いを歩いてる姿とか、廃墟でイチャついてる姿とか、けっこうラブラブにみえましたよ?」


「あの日は、あたしが無理いって付き合ってもらっただけ。ハーフエルフに伝わる特別な日だったから」


「ああ、星のお祭りの日でしたね。昔話の」


「そう。離ればなれの二人が出会う日だった」


 あの日にフリースから聞いた話では、マリーノーツにも七夕みたいな伝説があるらしい。織姫と彦星みたいな、離ればなれになった二人が、年に一度だけ出会える日だ。


「フリースさんは、どうしたいんですか?」


「どうって?」


「いやぁ、単純な興味なんですけどね、ラックさんと、ずっと一緒にいたいのかってことですよ。レヴィアさんと戦いたいのかってことでもあります」


 ずけずけと、シオンは言った。


 そしたらフリースは、しばしの沈黙の後、諦めたように言うのだ。


「――あたしは、負けてると思う。レヴィアほどの執着が無い」


「と言うと?」


「あたしは、ラックと一緒に居たいと言うよりも、ラックとお互いに好きでいたいだけ。気持ちさえ合わさっていればいいなって思う。まあ……相手にレヴィアっていう決まったひとがいるのに、贅沢(ぜいたく)でヒドい願い事かなって思うけど、あたしは、それが叶ったら幸せ」


「それって、どうなんですかね」


「自分でも、『あたしが素直じゃないからこんなこと思うのかな』って考えたけど、そういうわけじゃなくて……何て言ったらいいんだろう。一緒にいたいと思わないわけじゃない、けど、絶対に一緒じゃなきゃ嫌だってわけでもない」


「ラックさんと家族になって、子供とか育てたりとか、考えたりしません?」


「それも考えないことはないけど、別に絶対そうしたいって思わない。そうなればいいなってくらいで、そこがレヴィアと違うところ。たとえば、そうだな……ラックがあたしのことを思い出してる時に、あたしもラックのことを同時に考えてたりとか、そういう感じの、離れていてもお互いが信じ合えてる一瞬があれば、別によくって……あたしは、ひとりでも別に……」


 そこで、生まれたての小人(こびと)が、フリースの吐息混じりの美しくも悲しげな声をさえぎった。


「ご主人! それはコイトマルが認めません! コイトマルは、ご主人様とラック様の子供を抱きたいです!」


「あなたちっちゃすぎて、たぶん抱けないんじゃない? 潰されちゃうよ?」


「おっと! これはコイトマル、一本取られました!」


 真面目な話が、一気にふざけた感じになった。


「でも、コイトマルのために、ちょっと頑張ってみようかな」


 何をどう頑張るというのだろう。


「ですです! がんばってください。応援します!」


 ぐっと握った拳に力を込めながら言ったシオンなのであった。なんだろう。このウサギ娘は、俺たちの恋路(こいじ)をかき回して楽しんでる気がする。


  ★


 新たにシブくて綺麗な黒い鞘を手に入れたコイトマル。腰に刀らしきものを帯びたことで、そのシルエットは、八雲丸さんにさらに近づいた気がする。名前が似ているからそう思うのだろうか。


 もっとも、八雲丸さんは、コイトマルよりも髪は短く、遙かに男っぽくて、手足も体つきも、細すぎるコイトマルよりもだいぶ太い。何より八雲丸さんには(はね)なんか生えていない。


「どうです、ご主人様。コイトマルの相棒は! 正直、どう見たってカッコイイです! 氷の刀で敵をばっさばっさと斬り倒し、ご主人様のお役に立って見せましょう」


 血気盛んな若者である。


 フリースは、そんなコイトマルをみて、あまり良い気分ではないようだ。黙ったまま、浮かない顔をしていた。


 おそらく、コイトマルに戦って欲しくないのだろう。大切な相棒に危険な思いをしてほしくない、と言いたげな雰囲気を感じる。


 さて、最後にやって来たのは、サガヤ地区の広場にテントを張って、占い部屋を臨時開業していたキャリーサのところだった。キャリーサは本当に公共の場所に無断でテントを張るのが好きだなあ。


「いらっしゃい。ここは占い師キャリーサの(やかた)だよ――って、なんだ、お客じゃなくて、氷娘(こおりむすめ)のフリースかい。あたいに何か用かい?」


「キャリーサは、いつもテントで一人のとき何してる? いつも暇そうだけど」


「何言ってんだい、そうでもないのさ。けっこう占いの依頼は多いからね。あたいは、これでも予言者エリザマリーの孫だよ、占いの力を色濃く受け継いでるんだから」


「そのわりには、『白日の巫女』の座を降ろされてなかった?」


「フフ、ものごとにはねえ、相性や適正ってものがあるもんよ」


「まあ、キャリーサは、死の国の暗黒巫女って感じだもんね」


「ケンカ売りに来たわけ?」


「そうじゃない」


「どう聞いても、ケンカ売られたとしか思えなかったけど」


「ちなみに、適正といえば、ラックとかの適正とか才能って占ったことある?」


「ん、ああ、もちろんあるさ。あいつはね、才能っていう意味では、鑑定とか検査なんかも、そこそこだったけど、実は、もっと圧倒的に力を発揮できるスキルがあったね」


 これは、興味深い話題である。俺が鑑定スキルにポイントを割り振ったのは、偽装スキルを持つ者に騙されたことが原因で、(なか)ば意地になっていたからだ。


 本当に適正を見極めてスキルを得るとしたら、何が良かったのか、聞いておきたいことである。


「鍛冶スキルだね」キャリーサは言って、自分で頷いて見せた。「そう、オリハラクオンは、金属を扱う能力に長けていた。だから、(はがね)属性と最も相性が良い。世界を救う最高の一振りを鍛えられる稀有(けう)な才能の持ち主だったよ」


「へー、似合わなそう」


 たしかにね。鍛冶ってのは、玉鋼(はがね)を鍛え上げるため、力強い肉体を持った人がやるイメージがある。俺のような虚弱な肉体で鍛冶職が似合うかというと、あまり似合わない自信がある。


 でもねフリースちゃん。ちょっとその言い方はストレート過ぎるんじゃないかな。


 記憶に残らないであろう夢だったからまだ良かったものの、もし目覚めたときに残る夢だったら俺は、ちょっと、じんわりと傷ついてただろう。


「で、あたいに何か用かって、さっきから聞いてんだけど」


「あ。そうだった。コイトマル。生まれたから。見せに来た」


 フリースは、しゅびっと敬礼するコイトマルを抱き上げて、キャリーサの前に差し出した。


「ほう……なかなか聡明そうな凜々(りり)しい子じゃあないか。女の子かい?」


「たぶん男」とフリースが言ったが、


「待ってください!」とイトムシの成虫。「コイトマルはですね、男とか女とか、そういう枠には収まらない存在なのですよ」


「わかった。じゃあ言い換えるよ。オスメスどっち?」


「ご主人! このひと、わざとコイトマルを挑発しています! 戦闘の許可をください!」


「へえ、良い度胸だね。あたいとやり合おうってのかい」


 キャリーサはカードを扇状(おうぎじょう)に広げながら、妖しく笑った。口の端を持ち上げてニヤリと悪そうな笑いを見せた。


「こら、ケンカ売っちゃダメだよコイトマル。このひとは、(ちまた)では合成獣士(キメラメイカー)とか言われて、気持ち悪い生き物を操るヤバくて臭い女として有名だから」


「フリース、あんたも、あたいを怒らせたいようだね……」


「ご主人様、許可を! ケンカを売られて黙っているような人間は、ご主人の相棒として相応(ふさわ)しくありません!」


「うーん……じゃあ、しょうがない。いいよ。でも、本気を出して、キャリーサに怪我させちゃダメだからね」


 思い返してみると、フリース自身も見かけによらず、ケンカを売られたら黙ってられない気性の激しいタイプだからな。コイトマルには戦ってほしくないと思っていても、ここは戦わねばならない場面だと判断したのだろう。どういう心理でそうなったのか不明だがな。


 というか、今のフリースの言葉も、思い切りキャリーサを挑発していたよな。


 キャリーサは、そのメッセージを正しく受け取り、わなわなと拳を震わせた。


「あたいの力、久々に見せてやる。表に出な!」


 この人たちは、本当に争いごとが好きだなぁ。




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