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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十二章 隔てられた世界
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第291話 レヴィアの旅 サウスサガヤの想い出

 レヴィアは懐かしそうに、開いた窓の隙間から、外の景色を眺めていた。


 さまざまな建物が並ぶ、ハイエンジの町並み。


 絵描きの女、当時黒ずくめだったボーラ・コットンウォーカーと出会った場所を通り過ぎ、レヴィアの白い服を買った古着屋や、大道芸大会が開催されていた広場も見えなくなった。


 やがて、祭りが行われたサウスサガヤまでやって来た。


 フリースとの川沿いデートや、レヴィアと二人でバニーのエアーさんを助けるために地下牢に侵入したことが思い出される。


「そういえばレヴィア、ここでの祭りの時、ラックと一緒じゃないとき、何してたの?」


「フリースこそ、ラックさんと私が絆を深め合ってるとき、何してたんです?」


「あたし? ちょっとザイデンシュトラーゼンに行ってたよ。シノモリにコイトマルのゴハンをもらうついでに、荒れ地方面に行って氷の大魔法を練習してた」


 フリースには練習なんか必要ないだろう。たぶん、ストレス解消に荒れ地で暴れてたんだな……。


 のちに荒れ地の緑が少しだけ復活していたのは、もしかしたら、このときにぶちまけられたフリースの魔力のおかげかもしれない。


「私のほうは、ラックさんがフリースと遊んであげてる間はですね……特にやることもなかったので、おとうさんに手紙を書いてました」


「またひきこもってたの?」


「ええ。だって、サウスサガヤといったら、アヌマーマ峠に近いんです。ひとりで外を出歩くのは危ないと思いまして……」


「アヌマーマ峠に、誰か恨みを買ってる相手でもいるの?」


「いえ、おとうさんがいるだけですよ」


「仲わるいの?」


「そういうわけじゃないんですけど……ちょっと約束やぶりをしてまして」


「ん? 魔族って、契約を大事にするものなんじゃなかった?」


「そうなんです。ばれたら、おとうさんが正気を保っていられるか心配で」


「ちなみに、どういう約束を?」


「魔王になるための学校に通う。それがおとうさんと私の約束です」


「へえ、そんなのあるんだ」


「魔王の学校に行くとか言っておいて、かわりに親友がつくった人形を通わせてました。そして、私はラックさんと旅を続けたのです。ネオジュークでラックさんと一度別れた時には、その地下深くにある学校の入学手続きをしてたんですよ。


本来なら、そこに閉じ込められて泊まり込みでお勉強するところだったんですけど、その日のうちにコッソリ抜け出したという武勇伝があるのです。だから、おとうさんとか、おとうさんの使い魔であるホクキオ草原の鬼さんとかに見つかるわけにはいかなかったんですよ」


「あらためて、レヴィアって大嘘つきだよね。そこらへんのこと、ラックは知ってるの?」


「たぶん、ばれてないと思います」


 その通り。全然知らなかった。時々、大きな違和感を覚えることがあったけど、考えないようにしていた。だって、女の嘘は詮索(せんさく)してはいけないものなのだ。俺はそういう非常に偏った考えを大事にしているのだ。


「で、どんな手紙かいたの?」


「あのときに書いたお手紙には、『魔王の学校は楽しい』とか、『友達と仲良くやってる』とか『おとうさんみたいな最強の魔王になるために、がんばります!』とか、そういう嘘まみれの言葉を書いて、カラスに持たせました」


「ちょっと待って。レヴィアのお父さん、魔王だったの? じゃあ、もしかして、もう消えてたり……」


「わかりません……。でも、私が家を出た時には、おとうさんはもう魔王ではなかったですよ。ひきこもりが原因で魔王の(くらい)剥奪(はくだつ)されてましたし、私がこうして消えていないので、おとうさんも相変わらず光の届かない穴の中にいるんじゃないですかね」


 そこまでフリースとレヴィアの会話が続いたが、目を閉じて眠っていたように見えていたキャリーサが、片目を開け、横から入ってくる。


「へえ、レヴィアも地下牢にとじこもってたし、親子そろって引きこもりなんだねぇ」


 挑発的な冗談である。


「おかあさんは違いますよ。旅が好きで、お出かけが大好きだったらしいです。おとうさんとは別居中ですけど、きっとどこかで生きていますし、仮にもういないとしても、夢を食べる魔族であるおかあさんと同じ『夢スキル』を私は持っているので、私が生きてるかぎり、おかあさんは、私と一緒に生き続けていくのです」


 夢スキルを使う母親、か。きっとレヴィアに似て可愛いんだろうな、という想像が沸き起こったが、しかし、すぐに魔族だということを思い出し、闘技場で八雲丸さんと戦っていた悪魔的シルエットに上書きされた。


「すごいと思うのはさ、結局、レヴィアってば、ずっと頭に生えてた巻角(まきづの)のことも隠し通したってことだよね。普通じゃできないよ」とフリースはしみじみ言った。


「普通じゃないのは、ラックさんのほうです。とても素直な人ですからね。目をつぶってってお願いしたら、ホントにずっと目を閉じて見ないでいてくれるような人なんですよ」


 キャリーサはうんうんと頷いた。


「たしか、このへんの草原だったよね。ラックが目をつぶっている間に、あんたが帽子をとって呪いの力を解放してさ、視線だけであたいの自慢のカードが全部砂になっちゃったのって」


 サウスサガヤの、白ウサギが飛び跳ねる草原が見えていた。


「偽装スキルに慣れてなかった私が、魔力(マナ)の使いすぎで倒れた時に、倒れる間際に帽子をかぶることができたのと、あとアオイに会えたのも幸運でした」


「それどうなの? 嘘を吐き通せたことを幸運って言っていいのかな」とフリース。


「なつかしいですね……。ラックさんが薬を買いに行ってる隙に、倒れてた私の帽子がとられちゃって、アオイに正体を知られて……私はアオイを魔眼で砂にしようとしたのに、アオイは、そのとき言ったんです。私の自慢の角を撫でながら、『誰にも言わないよ、秘密の一つや二つ、だれでも持ってるものだし、別にラックくんを殺そうとしてるわけじゃないんでしょう?』って。すごくやさしさを感じて戸惑ったし、なんていうか、うまく言えないんですけど、ああ、人間ってすごいなって思いました」


「まだ、あたしと出会う前のころだね」


「そうですね。旅が始まったばかりのころです……」


 レヴィアは、遠い目で窓の外を流れる草原を眺めながら、続ける。


「アオイは、なんだか不思議と喋りやすかったです。気付けば私は、ラックさんと一緒に旅に出た経緯を話してしまいました」


 フリースは少し考え込み、すぐに思い当たる。


「ああ、あれだね。おとうさんを殺させないためにっていう。ホクキオを離れることで、大勇者まなかに挑もうとする無謀な父親から、ラックを遠ざける作戦」


「それです。名付けて、旅立ち作戦です。あと他にも、アオイに私が持ってる魔族スキルを打ち明けたり」


「偽装と誤認と夢魔の能力ね。あとは、対象を砂にする呪いの力か」


「ええ。フリースの言うとおりです。アオイは、私の話を、穏やかに相づちを打ちながら聴いてくれて、『ラックくんは検査鑑定スキルを持ってるから、偽装よりも、誤認スキルのほうを重点的に上げたほうがいい』とアドバイスしてくれました。おかげでだまし通すことができました」


「何回か、危ないときがあったよね」


「そうですね。ラックさんが、『天網恢恢(いつもだれかみてる)』とか『開眼一晴(はれわたるそら)』とかを身につけたときには、とても焦りました。『見通せぬ壁』とか『認知の城壁(かこい)』とか、複合スキルを急遽(きゅうきょ)身につけなくてはいけなくなりましたし」


「まあでも、いいじゃないさ」とキャリーサが起き上がりながら言った。「おかげで、めでたく人間になれたんだし」


「良かったのか……どうなのか……よくわかんないです。でも、ラックさんと一緒にいるためには、そうするしかないと思ってですね……。おとうさんから受け継いだ戦闘能力と引き換えにしたんですよね……」


「あたしも以前、そこらへんの仕組みについて、詳しく聞いたね。ラックがいないベッドで、ミヤチズにいたときにアオイから」


 うらやましい。四人くらいは並んで寝られそうな、あのクイーンサイズベッドでのお泊り女子会か。俺も混ぜて欲しかった。でもな、あのときカノさんの長い腕でつまみ出されたのは、こういう俺だけに内緒の話があったからだったのかもしれない。


「アオイの話によれば、『鑑定』と『検査』の複合スキルと、『誤認』と『偽装』の複合スキルは、お互いにせめぎ合う関係にあるって。


だから、『曇りなき眼』よりも『見通せぬ壁』の方が強くて。それを見破るには『開眼一晴』がないといけない。それをだますには、『認知の城壁(かこい)』をおぼえて戦闘スキルを失う必要があって、それを破るには、ラックがまだ身につけていない、『燦然世界(うつくしきこのせかい)』というスキルが必要だった。


そして最後に、偽装と誤認の複合スキルの最終形態がある。魔族の肉体的強さも呪いの力も失って、なりたい人間になれるスキルが自動発動する。『燦然世界(うつくしきこのせかい)』をも、完全に騙し切ることのできる最高位魔族の究極スキル『堅牢なる優しき(せかい)』なんだよね」


 そんな話、きいたことがなかった。俺に秘密で、レヴィアが正体を隠すためにそこまで必死だったなんて、全く気づかなかった。


 けれども、気づかなかったのは俺だけだったのだろう。


 だから、アオイさんがレヴィアを応援したり、フリースだってレヴィアのことを応援していたんだ。自分が俺と一緒になるよりも、レヴィアの願いが叶って、俺と一緒にいられるように……なんて言うのは、うぬぼれが過ぎるだろうか。


「アオイは、私に、力を失うことを忠告したり。『ごめんなさい』を連発していた当時の後ろ向きだった私に、『すぐ謝るのはやめたほうがいい、ラックくんも困っちゃう』とアドバイスしてくれたり、親身になってくれて、とても嬉しかったです」


 当時のことを思い出しながら、穏やかな表情でレヴィアは続ける。


「私が『あなたは、すごい人ですね。なんでも知ってます』って言ってあげたら、アオイは、

『ふふ、物事の見極めなら任せといてよ。ギルド所属の鑑定のプロだからね。そこらへんの素人には負ける気はしないわ。餅は餅屋ってやつね。プロに任せときなってことよ』とか言ってました。あのときのことが嬉しくて、何度も思い出してるうちに、一言一句漏らさず、おぼえちゃいました」


 俺が万病に効くという、野生のモコモコヤギの角を買ってくる間に、そんなことがあったとは。


「ラックさんが帰ってきて、私に、黒いつぶつぶを共食いさせようとしてきたのは、最悪でした。知らないとはいえ、野生のモコモコヤギの角って、私たちバホバホメトロ族の角ってことですからね」


 共食い未遂ってことか。それは危なかった。


 だけど、そんなの、言ってもらわなくちゃわからない。


 ん、あれ、でも待てよ? おかしいな、思い返すと、レヴィアはアオイさんの作ってくれた普通の味がする普通のチャーハンに混ぜられたスパイラルホーンを食べてしまったはずだから、意図せず共食いをさせてしまったことになると思うんだが。


 しかし、レヴィアは言うのだ。


「もうひとつ、アオイがしてくれて嬉しかったことがあります。超しつこいラックさんが、どうしても巻角をすりつぶしたものを飲ませようとしてきたんですけど、アオイは私を守ってくれたんです。ラックさんに耳打ちして、『料理に混ぜた』って嘘を言ってくれて、私が薬を飲んだことにしてくれました」


 そんな嘘を吐かれていたとは。


「だから、私は別れ際にアオイに言ったんです。『どうもありがとうございました。優しい嘘つきさん』って。事情を知らないラックさんは、嘘つきとは何事か、みたいな感じで、また怒ってきましたけど」


 俺とアオイさんで手を組んで『黒山羊の巻角』をレヴィアに盛ったつもりが、実は俺以外の二人で結託して俺をだましていたなんてな。


 いつか再会したときに、文句を言ってやりたい。アオイさんにも、レヴィアにも、ギルティだろって言い放ちたいぜ。


 けれども、これは夢なのだ。目を覚ました時には、俺の居ないマリーノーツで見たことは忘れてしまうのだろう。


 なんたって、現実世界に戻ってから見た夢は、これまで、ただのひとつも憶えていないのだから。


「でもさ、レヴィア」とフリース。


「なんですか」


「お父さんには、ラックのこと、ちゃんと話さなきゃいけないんじゃない?」


「そうですね……」レヴィアは暗い顔で頷き、そして言うのだ。「だけど、一人では嫌です」


「じゃあ、あたしがついて行ってあげようか? なんならキャリーサもつけるよ?」


 フリースの提案に、レヴィアはふるふると首を振った。


「ラックさんと一緒なら、おとうさんに会いに行ってもいいかなって思ってます」


 えっと、大丈夫かなぁ。


 それ、俺がボコられるやつじゃない?



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