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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第二章 旅立ち
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第29話 ラストエリクサー(4/8)

「ついにこの時が来てしまったか」


 俺は新品のベッドに座ってステータス画面を開いていて、イエスの選択肢に指を置きかけていた。


「スキル、『鑑定』を取得しますか……か」


 表示されていた文字を読み上げてみた。


 この世界マリーノーツに来て、はや十年。俺は今、初めてのスキルを取得しようとしている。


 今や大勇者となったまなかさんが、適性を見極めるまでは振り分けるなって言うから、ここまで温め続けたスキルポイント。


 十年間、最弱のモブをひたすら狩り続け、溜まりに溜まったレベルアップボーナスが今、消費されようとしている。


 俺に商売人の適性があるのかどうかはわからない。だけど、どうしてもやりかけの仕事を完遂(かんすい)したいんだ。


 ラストエリクサーを先方に納品する。返品してきたところに、もう一度送る。


 金貨をどれだけ消費したっていい。なんなら借金したって構わない。


 鑑定と検査のスキルを取得して、ラストエリクサーだけを厳選して、袋に詰めて送る。ただそれだけのために、俺はスキルに手を出す。


 大丈夫か、数あるスキルの中からこれにポイントを割り振って後悔しないだろうか。なぜ戦闘スキルにしなかったんだろうって頭を抱えることになりはしないか。


 それは、わからない。


 だけど……。


 このままだと、いつまでも後悔することになると思う。ちゃんと調べずに、ラストエリクサーらしき謎の草を転売して大恥かいたなんてことを、この先ずっと引きずって過ごすことになるんだ。


 そんなの嫌だ、許されない、耐えられない。


 俺はご覧の通りの平凡な人間だ。いや生産力という意味では平均以下かもしれない。トラウマがあるにせよ、始まりの町にずっとこもって外に出ていないんだからな。だけどさ、なんていうか、清算力だけは人並みでありたいと思うんだよ。


 俺の名前はラックだ。この異世界での名前だ。大勇者になる前のまなかさんがくれた誇り高き名前だ。


 この名前に傷をつけたままってわけにはいかないんだ。


「いくぞ!」


 画面上のイエスの文字に強く触れる。


 ついに、俺は始めてのスキルを手に入れた。


 きっとこれは、多くの転生者にとっては普通のことなんだろう。レベルを上げて、わくわくしながら初めてのスキルを得て、スキルの取得にも慣れていって、この世界を旅して……。


 ああ、なぜだろう、涙が出てきた。


 謎の涙をぬぐいながら、俺はスキルへのポイント投下を繰り返し、連打に次ぐ連打で上げられるところまで上げた。まだポイントが半分くらい余っているうちに、鑑定スキルの上限に到達してしまった。


「こんなにポイント溜まってんのか。十年でけっこうレベル上がってたんだな……そりゃそうか。毎日スライムと犬を狩ってたもんな……」


 画面上には文字が浮かび上がる。


『上限に達しました。スキルレベルの限界突破をするには、以下の条件を満たしてください』


 そうして挙げられている条件は三つあった。


 其の一、鑑定回数99999回。

 其の二、ラストエリクサー・(きわみ)の入手。※所持したことがあれば○。

 其の三、レベル50以上。


 このうち、下の二つに関しては文字が薄くなっていた。強調されているのは、一番上の項目のみ。


 同じラストエリクサーにも等級があるらしい。「(きわみ)」とかいうくらいだから、きっと最上級なのだろう。


 だけども、ウィンドウに表示された文字が薄いってことは、これは条件を満たしているってことで良いのではないだろうか。実際、レベル50は既に大幅に超えているからな。


 ということは、つまり、俺はいつの間にやら「ラストエリクサー・極」を手に入れていたということだ。


 心当たりとしては一つだけ。


 あの大勇者まなかさんからもらった小さな袋の中身。早々に売り払った最初のラストエリクサーが最上級の品だったんじゃないかってことだ。


 思い返すと、あれは小さな袋に二十束くらい入ってただけなのに、金貨五百の値が付いたじゃないか。極上のものでないと、あそこまでの値にはならないんじゃないか。


 もしそうだとしたら――。


 そう思ったら、罪悪感と後悔が湧き起こってきた。


 愚かな俺は、あまりにもあっさり、大勇者様からもらった最高のラストエリクサーを売り飛ばしてしまったことになる。


 金貨五百に化けて大金持ちになりはしても、簡単に彼女との約束を破ったっていう事実を思い返すと、人間として大事なものを手放してしまったような気分にさせられる。


 だから、せめて、形だけでも、失われたラストエリクサーを取り返さねばならない。全く同じ品じゃなくたっていい。価値なんて同じじゃなくたっていい。ラストエリクサーっていう商品を取り戻すっていう行動こそが、俺にぎりぎり矜持(プライド)と誠意が残っていることの証明になるんだ。


「限界突破のためには、鑑定99999回か」


 まるで仕組まれたみたいに都合よく、鑑定すべきアイテムが十万本ほどある。


 その名も、『鑑定アイテム:謎の草』である。


 送る時には、『ラストエリクサー』というステータス情報だったのだが、返品された時には『鑑定アイテム:謎の草』になっていたもの。偽装されていた草たち。


「さあ鑑定をはじめようか」


 俺は雰囲気を出すために、露店街で作らせた真っ白な手袋を装着した。野生のモコモコヤギのアゴヒゲを織ってつくられた、きめ細やかな純白の輝き。すべすべの肌触りが最高に気持ちいい。


 しばらく装備していると、まるで装着していないんじゃないかというくらいに肌に馴染む高級手袋である。


 モコモコヤギのヒゲは、もとは黄金に見えるのだが、表面を削って芯を出すと真っ白で非常に丈夫な繊維素材となる。この毛で服を編むと、軽量でありながら金属の鎧に劣らない防御力が得られる。今回はそれを特別に手袋にしてもらった。


 白はダメ、違う色なら作ってやると語る職人を何とか説き伏せるために、何度も工房に足を運んだのだ。


 そうして完成した、職人の手による世界に一つだけの逸品。


 電気も通さず、毒も呪いも通さない。ただアイテムの温度と質感だけを肌に伝えてくれる。職人さん、いい仕事してるぜ。


 俺は手袋をはめた手を袋に突っ込み、草を一束取り出した。


 ステータスに表示された文字は、『鑑定アイテム:謎の草』である。


「鑑定!」


 なんとなく力強い声を出してみた。


 たぶん、掛け声なしでも鑑定はできるのだろうが、そこはやはり雰囲気を出したいじゃないか。


 草が淡い光に包まれて、真実の姿をさらけ出す。


 ステータスが変わった。


『ただの草』


 って、ラスエリじゃないんかい。


 もしやとは思ったが、やっぱりか。


「くそぅ、鑑定! 鑑定! 鑑定! 鑑定!」


 ムキになって鑑定を続けていくも、『ちょっといい草』だとか『ハッピーになる草』だとか『おいしい草』だとか、ラストエリクサーとは程遠い草たちが並んでいった。


 俺は品質の悪い草たちを仕分けしながら、ラストエリクサーと再会できる歓喜の瞬間を待った。


 一本一本、丁寧に鑑定を進めていく。食事休憩と風呂休憩と仮眠を挟みながら、ひたすら作業を続けた。


「鑑……定……っはぁはぁ……」


 だんだんと息が荒くなってきた。とても疲れる。全身から力が抜けていく感じがする。


「これが、もしかして魔力の消費ってやつなのかな」


 スキルを使うと魔力が消費されるっていうのは、十年前に、まなかさんが言っていたことだ。あの時は、「ラックはスキル無いから関係ないか」みたいなことを言われたりした。


 そんなザコだった俺も、十年かけてやっとスキルデビューをした。まなか師匠に少しだけ近づけた気がする。ごくごくほんの少しだけども、これも大きな一歩だと思う。


「鑑定……鑑定……」


 四百本をこえたあたりから、だんだん目を開けていられなくなった。白い布に『正』の字を描いて五本ずつを数えていたのだが、その文字がこれでもかってくらいに歪んでいく。


 やがて、


「鑑……て……」


 そんな自分の声を最後に、俺の視界は暗転した。


  ★


 夢も見ないほどにぐっすりと眠り、起きた時にはもう朝だった。


 大量の『正』の字が並んだ布が目の前に転がっていて、「夢じゃないんだな、本当に鑑定スキルを取得したんだ」と俺は呟く。


 今日こそは、ラストエリクサーに会えるまで鑑定を続けようと決意した。


 草を一本手に取る。


「鑑定!」


 淡い光を放った後、変化したアイテム名は、『かなりいい草』だった。


 だんだんラストエリクサーに近づいている気がする。


 ここまで全然ラストエリクサーのラの字もないんじゃないかって?

 ラストエリクサーが入っている気が全然しないって?

 四百以上も鑑定して一つも無いなんて、まじでひどい騙しに遭ったんじゃないのかって?


 いやまあ、ここはプラス思考でいこうじゃないか。


「鑑定!」


 紫がかった鈍い光に包まれた。ステータスを確認すると、アイテム名は、『呪いの毒草・(きわみ)』だった。どうやらとんでもない草も混じっているらしい。


 ヤケクソになって「食べてみて検査」とかに走らなくて本当によかったと思う。


 それにしてもラスエリは全く出てこないが、しかし、なーに、十万回引ける『謎の草ガチャ』は、始まったばかりである。




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