第286話 レヴィアの旅 ミヤチズ
森エリアを抜けた彼女たちは、馬車で通れる道にまで来たため、自分の足で歩いたり滑ったりするのをやめた。
キャリーサ専用の立派な白い人力車が待っていて、牽引スキルをもった牽き手が三人で牽くタイプのようだ。三人の乗客が密室の座席に乗り込むと、座席の扉が閉まり、ゆっくりと進み出した。
秘密の書庫が並んだところを通り過ぎたあたりで、馬車の中から泣き声がきこえてきた。これはレヴィアの声だ。
「いなくなっちゃいました」
「大丈夫。大丈夫だから、レヴィア、大丈夫」
優しく語りかけたのはキャリーサだろうか。
「このへんなんですよ。このへん、ラックさんと約束したところと同じ匂いがします。ファイナルエリクサーで乾杯するって、約束したんです。それなのに、乾杯する前にいなくなっちゃいました……約束してたのに、ぜんぶ約束守ってくれたら、ラックさんの世界に行けるんだって嬉しかったのに」
「レヴィア……」これはフリースの声だ。
「よくわからないんです。よくわからないんですけど、なんでこんな気持ちになるんですかね……。目から何か出てくるんです」
「いいんだよ、泣きな。最低だよね、あいつ」
キャリーサに言われる筋合いはない。
「ラックは約束やぶりの才能に恵まれてるからね」
俺にそんな才能はねえよ、できれば撤回してくれフリース。
「フリースはともかく、キャリーサにラックさんのこと悪く言われると、とても腹が立ちます」
「レヴィアはさ、ラックのこと、本当に心の底から好きなんだね」
フリースはそう言って、ふっと笑っただろうか。
「うぅぅ……」
それでさらに、レヴィアは泣けてきてしまったようだ。
俺だって泣きたい。
収拾がつかないと思ったのだろうか、キャリーサが無理矢理に話題の変更を試みた。
「そういえば、あたい、この町に来るの久しぶりなんだよ。昔住んでたんだけど、呪われてたから、ずっと入れなくてね。いやあ、思ったより変わってなくて、ほんと、懐かしいわね」
まるで、俺みたいな雑過ぎるはぐらかし方をするやつだ。
「感謝して」とフリース。「ラックが浄化された池の近くで慌てて落とした紫熟香と、回収を忘れた鳥の香炉のおかげなんだから」
「そうだねフリース。ラックに感謝感謝」
このキャリーサの言い方、あからさまに感謝が薄くないか。とはいえ、俺も紫熟香の解呪セットを残すつもりで残したわけじゃないから、変に感謝されても困るんだけどな。
「ラックさんは、いつ戻ってくるんですか?」
今すぐにでも戻りたい。マリーノーツに帰りたい。そしてレヴィアに心配させてごめんと声を掛けたい。抱きしめたい。
だけどそれは、かなわないんだ。
フリースは、我慢していたのだろうか、さっきまで優しかったのから一転、叱るように言う。
「ラックは約束破りだって言ってるでしょ。あたしたちから会いに行く方法があるから、それを試すって言ってるでしょうが。ひとの話きいときなさいよ、ちゃんと」
「すみません……」
しおらしかった。
だけどねフリース。何度もしつこく言うようだけれど、俺は約束破りの代名詞じゃ――……ああ、いや、今となっては、もう否定できないか。
レヴィアを置いて、ひとりで戻ってしまったわけだからな。
「さて。二人とも、おなかすかないかい? そろそろゴハンでも食べるよ」
キャリーサが言いながら手を叩くと、人力車は止まった。
「ここで、あたいから問題だよ。ミヤチズで美味しい食べ物といったら何でしょう?」
カレーだろう、と俺は思ったのだが、二人の解答は嫌な感じに揃った。
「スイートエリクサー」
「スイートエリクサーです」
とんでもない贅沢者を、二人も育ててしまったようである。
キャリーサは「カレーでしょ、カレーよね、うん、カレーのはず」と冷や汗で呟きながら全力で戸惑っていた。
★
白っぽい内装の食堂のようなところで、黒っぽいカレーを食べた後、腹ごなしに書物の町を散歩していた三人だったが、そこで、嬉しそうな高い声で呼び止められた。
「キャリーサ様! レヴィア様!」
二人が同時に振り返ると、そこには女の人が一人、立っていた。
以前もレヴィアを呼び止めた、白日の巫女ファンの女性だった。
「すごい! やっぱりだ! 新旧巫女のそろい踏み!」
彼女は、またぐいぐいと「白日の巫女ふたりの絵を描かせてほしい」と主張し、二人が頷くと、またさらさらっと絵を描いて、頭を下げて去っていった。
「最高のツーショット! 宝物にします!」
と言い残して。
「へえ、キャリーサって、本当に白日の巫女だったんだ」
「フリースって口悪いわよね」
「そう? あたしは、口が悪いんじゃなくて、性格が悪いんだと思うけど?」
そんなに自虐的にならなくてもいいと思うんだが。
★
その後、三人は、学問所に足を運んだ。
相変わらず、洒落た洋館の敷地内を、やつれた学生たちが行き来している。
ここに何の用事かというと、いつぞやのホワイト馬皮モンスター、神馬アワアシナくんに挨拶しに行ったようだ。
「カッコイイ馬だわね。あたいの白い車、こいつに引っ張らせて馬車にしたら似合うと思わない?」
「だめですよ、キャリーサ。この子は、みんなのものなんですから」
そこでフリースが言うのだ。
「へえ、レヴィアから、そんな言葉が出てくるなんて驚きだね。独り占めしたがることが多いのに。やっぱりラックがいないから、本調子じゃないんじゃない?」
「私、そんなに欲張りです?」
「ラックのことも独り占めしたがるし、お菓子は一人で食べちゃうし。魔族らしく欲望の奴隷だったからね」
「だとしたら、むしろ嬉しいです。今の私は、もう魔族をやめてるんです。ラックさんと同じ人間なので」
「あたしだって、血の四分の三はラックと同じ人間の血だよ」
二人の張り合うような言葉をきいて、キャリーサは言う。
「あんなののどこがいいんだ? 弱くて情けない男は誰かってナゾナゾがあったら、真っ先に名前が挙がるのがオリハラクオンじゃん」
それは言い過ぎだろう。少なくともキャリーサの前ではそれなりの勇敢さを見せていたし、三人は『曇りなき眼』で、黒龍を鎮める決定的な仕事をしたことも知っているはずだ。
キャリーサが俺のこと嫌いなので仕方ないとは思うけど、さすがに二人の仲間には情けないとか弱いって部分を否定してもらいたい。
「ラックは確かに情けないけど、いつもあたしを助けてくれる」
「ラックさんはすごく弱いけど、勇気だけは時々、妙にすごいです」
まったく、思い通りにいかないものだ。
二人とも本当に俺のこと好きなのかな。
三人は、ひとしきり白馬をなで回し続け、ほっこり満足したあとで、学問所の建物に入っていった。