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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十二章 隔てられた世界
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第283話 夢のはじまり

 織原久遠(オリハラクオン)という名札がついた白いベッド。


 目覚めてみれば、長いことマリーノーツにいたはずなのに、ほとんど時間が経っていなかった。ずっと眠り続けていたわけではない。現実世界で病院に担ぎ込まれてから、ただの半日が過ぎただけだった。


 まったくの軽傷。すこし頭を打っただけだ。


 親や医者の間では、一時的なショックで記憶が混乱して、それでレヴィアなんていう外国人みたいな謎の名前を口にしたんだろうってことになった。


 マリーノーツでの現実が、悪夢に塗りつぶされていくようだった。


 こんな扱いはひどいと思った。


 あの日々が、まるで嘘だったように……。


 すぐに記憶から抜けていく明け方の夢だったんだよ、そんなのさっさと忘れ去りなさいと言われている気がした。


 いやだ。


 レヴィアのいた世界と、レヴィアがいない世界。


 どっちも夢じゃないと俺は強く思った。


 マリーノーツで過ごした厳しくも楽しい日々を、夢だなんて思いたくなかった。


 あの世界だって、現実だった。


 秘密を抱えた人がいて、深い悩みを抱えた人がいて、きりつめた生活をしながら研究してる人がいて、いつも忙しく走り回ってる人がいて、知識を蓄えたすごい人がいて、なおも強さを追い求める強い人がいて、なかには憎しみに走ってしまった人々もいたけれど……。


 あの世界の人たちには役割があって、助け合う心があって、祭りみたいなイベントもあって、いろんな町にいろんな文化があった。


 もっと深く知りたかった。もっともっと、レヴィアと一緒に、興味深い異世界を見て回りたかった。笑い合いたかった。


 俺はまだ、あの世界の表層(おもてがわ)しか知らないと思う。


「レヴィア……」


 忘れないように、彼女の名を呟く。


 約束を破ってしまった。


 一緒にこの世界に来ると約束した。一緒にジェットコースターに乗るとも言った。ゾンビ映画を見せるとかも言った。金平糖を食べさせるとも言った。他にも、何か約束していたことがいっぱいあった気がする。


 ここは、レヴィアとやりたいことだらけの世界だ。いや、それしか価値が無いと言ってもいい。


 レヴィアに来てもらわなきゃ、全然どうにもならないじゃないか。


 目覚めてから、いつもレヴィアのことを考えていた。異世界マリーノーツでの記憶を忘れないように、何度も思い出した。春休みになって時間があったから、日記を書くみたいに毎日少しずつ書き出したりもしていた。


 俺は、あの世界をクリアしてしまった。


 俺の手でファイナルエリクサーを池に注いだものだから、俺が大魔王を滅ぼしたことになってしまったのだろう。


 こんなことになるんだったら、無理にでもレヴィアとフリースに押し付けるんだった。


 別れの言葉も言えずに離れ離れになるなんて、こんなのってない。いくら俺の頭が悪かったからって、あんまりだ。


 眠る前は、いつもパソコンとスマートフォンをチェックする。


 異世界で最初に助けてくれた大勇者まなかさんが、ホクキオの近くでしてくれた話によれば、「クリア後にパソコンにアイコンが出現することがある」とのことだったからだ。


 けれども、毎日頻繁にチェックしているのに、一度も出たことがない。スマートフォンにも不審なアイコンはない。


 まなかさんが嘘をついたとも思えないし、何か他の条件でもあるのだろうか。


「レヴィア」


 今日もベッドに入る時に、彼女の名前を呼んだ。おやすみなさいの挨拶が、彼女の名前に変わってしまった形である。


 毎日、夢に見ている気がするのだ。起きた時、マリーノーツの気配というか、残り香というか、そういうのを感じることがある。


 きっと、実は毎晩、俺はマリーノーツの夢を見ているんだ。そうに違いない。


 目覚めた時には、不自然なくらいに何の夢を見たのか思い出せない日々が続いているけれど、焦り、期待、悲嘆、希望……だいたいそういう感じを繰り返していた。


 たとえ、起きたら忘れてしまうのだとしても、今日もまたレヴィアの夢を見たい。


 強く願いながら、俺は目を閉じた。


 長い夢が始まる。


  ★


 俺の目は、鳥になったかのように、空から色んな場所を見下ろした


 始まりのまちホクキオとか、苦労してのぼったアヌマーマ峠。

 祭りの開かれたサウスサガヤ。

 古着屋でレヴィアの呪われた白い服を買ったハイエンジ。

 茶屋のあるカナノ地区。

 黒いピラミッドに蔽われた常昼のネオジューク。

 宝物をもらったフォースバレー。


 それから、壊滅してしまった転生者都市アスクークの残骸。

 議会の建物。

 裁判施設ミストゲート教戒所の黒くて四角い建物。

 高級店のひしめくエジザの清潔で美しい街並み。

 マリーノーツのシンボル的な祭壇のある建物や、偉人の墓。

 川のそばにある学問所の神馬がヒヒンと騒いでいるのも見えた。


 ミヤチズの書店街をこえると、大規模な書庫が並んでいて。

 第三書庫はどれかなと気になったけれど、あの秘密書庫の数字が書いてあるわけもなく、どれだかわからなかった。


 劇場のまちエコラクーンは青い服のハーフエルフたちを中心に再建に向かって動き出していたし、谷底の村、その丘の上にある草原で猫が眠るサタロサイロフバレーではエルフたちの平穏な日常が続いているようだった。


 そこからしばらく飛ぶと、闘技場を頂上にもつ大樹リュミエールがあり、その向こうに、ファイナルエリクサーを手に入れ、全てを失った水源のフロッグレイクがあった。


 レヴィアは、どこにいるのだろうか。


 そもそも無事なのだろうか。


 あの後、大魔王が暴れ出して、命を奪われたなんてことになってないよな。


「ラックさん……」


 呼ばれた気がした。


 声のほうへと引っ張られるように、俺の視界は、大樹リュミエールを目指した。そして、その屋上から闘技場から、建物内を一気に、全ての床を踏み抜くように通り抜ける。


 レヴィアを見つけた。


 暗がりで膝を抱えて、背中を丸めて、じっとしていた。もともと細いのに、さらに少し痩せたようにも見える。


 一体どれくらいそうしているのだろう。彼女は地下牢に、閉じこもっていた。




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