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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十一章 負の遺産を何とかせよ
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第282話 魔王滅ぼしのエリクサー

 ――ファイナルエリクサーで乾杯を。


 まさか、こんなにはやく、ファイナルエリクサーで乾杯するかもしれない日がくるなんてな。レヴィアと一緒に現実に帰ったとき、二人がはぐれた場合の合言葉のつもりだった。


 合言葉を決めた時は、なかなか乾杯できないものだと思ったのに、流されるままに、あっという間に、この幻の霊薬で乾杯するかもしれないところまで()ぎつけてしまった。


 このボウルで揺れるファイナルエリクサーで魔王が滅べば、俺たちはめでたく最高にうまいと言われるファイナルエリクサーにありつける。


「レヴィア、フリース、アオイさん。一緒に流し込みましょう!」


 俺の提案に、アオイさんから反対意見が出た。


「いや、こっちは放っといて、三人でやってよ」


 アオイさん遠慮した。意外である。


「こっちはいいからさ、とくにレヴィアちゃんと一緒にやってあげて」


 つまり、この池への流し込みという儀式めいた行為は、俺とレヴィアの二人きりでやるのが望ましいという意見だ。


 たしかに、アオイさんの言うこともわかる。愛し合う二人が一緒に霊薬を流し込めば、悪の魔王など、たちどころに滅ぶだろうからな。


 いや、自分でも何考えてんのかわからなくなってきたが、ともかく、アオイさんの提案通り、俺はレヴィアに声をかけた。


「じゃあレヴィア、一緒に……」


「やめときます」


「えぇっ、なんでだ!」


 なかなか考えた通りの展開にはなってくれない。


 レヴィアは言う。


「だって、これを流すと大魔王が亡びるんですよね。私は自分の手で命を奪いたくないです。人間は、命を大事にするものなんでしょう?」


 旅を始めたころは、もっと命が軽かった気がするが、大魔王の命まで心配するようになるとは、成長が感じられて感慨深い。


「ふふふ」と、思わず俺は笑った。


「え、ラックさん、なんですか?」


「いや別に。まあ確かにレヴィアの言うのも一理あるよな。命を奪うというのは俺だって抵抗ある……でも、大魔王がいるだけで悲劇が起きてしまうからなぁ……隣を歩いてた友達が呪われて、突然襲い掛かってくるような世界は嫌だろ?」


「そうかもしれませんが、やりたくないです」


「絶対?」


「絶対です」


「そ、そうか……」


 説得失敗である。


 まずアオイさんが離脱して、レヴィアに断られた。そしたら、あとは一人しかいない。


「ええっと……じゃあフリースとかは一緒にやってくれないかなぁ、なんて……だって、もともと大魔王を沈めたのはフリースなんだろ?」


 フリースは明らかに怒ったような無言をぶつけてきた。そして、虚空に氷文字を描き出す。


 ――むり。


「は? なんでだよ」


 ――レヴィアが一緒にやらないからって、レヴィアの目の前であたしを誘うのはギルティ。

 ――あと、あたしがレヴィアのかわりみたいな扱いも嫌。あたまくる。


 拒絶モードである。


 いや確かに俺の言い方も悪かったけども。


 こうなったフリースは、説得しようとしても難しい。いくら責任を果たせと呼びかけても、嫌な気分にさせたら言うことをきかない。青い服の大勇者は気難しいのだ。


 これで、三人に拒絶されてしまった。


 どうあっても、ひとりでやるしかないらしい。


「よし、わかった。レヴィア、アオイさん、フリース。三人は、後ろから願っていてくれ。どうか、うまくいきますようにってさ。


 するとレヴィアは「わかりました」と答え、

 フリースは、『――そのくらいなら』と氷文字を描きながら頷き、

 アオイさんは、「がんばれー」とすでに応援モードだった。


「よし、いくぞ」


 深呼吸して、覚悟を決めて、杯から池に虹色に輝くスカーレットレッドの液体をそそいだ。


 情けなくて頼りなかった俺の旅路、その集大成が、水面にゆっくりと広がっていく。


 ぼこぼこと沸騰するように呪いが発散されていた汚水は、一気に澄み渡った。嘘のように静まりかえった。


「…………」


 四人分の沈黙。


 それ以外は何も起こらなかった。


 これで、問題は解決したんだろうか……。


 水面に呪いが出なくなったから、根本が滅びたと言っていい気もするのだが。


 いや、まてまて、甘い考えは危険だ。


 いくらファイナルエリクサーをはやく味わいたいからって、簡単に滅びたことにするのは危険すぎる。


 とはいえ、大魔王が滅んだかどうかなんて、どうやって確かめたらいいんだろうか。


 しばらく水面を見つめながら待っていると……。


 突然だった。


 全く予想していなかった。


 本当は、魔王へのファイナルエリクサーアタックを仕掛ける前に予想できていないといけないことだった。


 目先のことばかり考えて、大事なことを忘れていた。


 いきなり世界が暗転した。目の前が真っ暗になって何も見えない。


「レヴィア?」


 返事は無い。


「なんだこれ、レヴィア?」


 返事どころか、何の音もしない。


 しかも、どっちを向いても闇しかなかった。


 何もきこえない。何も見えない。何のにおいもない。声を出すこともできなければ、動くこともできない。


 なんだこれ、なんだこれ。


 レヴィア……。


 どうすればいいんだ。


 どうにか、どうにかしてくれ――


「――レヴィア!」


 病院のベッドの上で、俺は目覚めた。


「レヴィア……? なにそれ?」


 不審そうに見つめながらそう言ったのは、俺の母親だった。


 自分の手のひらを見ると、片手に包帯が巻かれていた。


 突然だった。


 急に俺は、現実世界に戻されてしまった。


 何故なのか。話は単純である。


 魔王を倒した転生者は即座にゲームクリアとなり、大勇者でもない限り現実に引き戻されるものなのだ。


 知っていたはずだった。わかっていたはずだった。


 でも忘れていた。


 心残りがいっぱいだ。


 フリースの呪いが解けたのを見届けたかった。

 アオイさんと世界の謎を完全に解き切りたかった。

 そして……愛するレヴィアとずっと一緒にいたかった。


 ――なんで俺は、現実世界(こんなところ)に一人で来てしまったんだろう。


 なんて、そんなことを思った。もともと、こっちが自分の世界だなんて、信じたくない。そんな気持ちを抱いていた。


「変な夢でも見たの?」


 母の言葉に、俺は、


「夢でも変でもない!」


 そう言い放った時、母親は、病院なんだから静かにするように、とでも言うように、人差指で自分の唇を軽く叩いたのだった。




【第十二章につづく】



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