第28話 ラストエリクサー(3/8)
「そいつはおそらく偽装スキルだ」
真新しい乳白色の石柱を背景に、甲冑は言った。
相変わらずの顔面まで隠れた全身甲冑スタイルである。
「偽装スキル?」
俺は初めて聞く単語を耳にして、大いに首を傾げた。
「ああそうだ」と甲冑。「いいか、オリハラクオン。さっきの君のマヌケな話を聞く限りではな、ラストエリクサーは途中ですり替えられたわけじゃない。憶測ではあるが、見解をきかせてやろうか」
クテシマタ・シラベールさんは自信満々にそう言った。もともと自警団の現場調査の人だから、こういう事件とか捜査とかには首を突っ込みたがる習性があるのかもしれない。
それに、シラベール一家は、あちこちの組織に散らばっていて、その情報網はかなり正確で細かいのだという。さっき、ものすごい自慢してきた。まさかとは思うが、兄弟は全員、常に甲冑を装着してるんだろうか。だとしたら、区別がつくのかどうか少し不安である。
ともかく、俺は神殿前の広場に置いたパラソルの下、甲冑のクテシマタ・シラベール氏の推理に耳を傾けることにした。
「犯人は、バンダナ商人から『ラストエリクサーを集めているやつがいる』という情報を聞いたネオジューク界隈の誰かだ。そいつは実在の有名商会であるネオジューク第三商会を名乗り、鑑定前の『謎の草』をスキルによって偽装。品物の情報を書き換え、ラストエリクサーとして認識されるようにしたのだ」
「ってことは、シラベールさん。つまり、送られてきた見本品も、袋に入れて投下されたものも、ラストエリクサーなんかじゃ全然なく、謎の草をさも本物のように偽装していただけだったってわけですね!」
「その通りだ、オリハラクオン! そして転売先で検査された結果、偽装がはがれ、『なんだこれは、偽物じゃないか、こんなのにはお金払えない、返品だ』という流れになった。そんでもって最終的には、『送り主は……オリハラクオン? 聞かない名前だし、初心者で騙されたんだろうなぁ、可哀想だから賠償請求とかしないようにしよう』てな感じで、送り返されてきたってところだろう」
「なるほど、だいたい納得ですね」
俺が頷いたとき、シラベールさんは椅子をガターンと倒し、こぶしを握って立ち上がった。
「つまり! この場合! 誰が悪いのかと言うと!」
「言うとぉ?」
俺も立ち上がってこぶしを握る。
「バンダナは、無罪! ノットギルティ! 本物の第三商会も、ノットギルティ! 転売先、ノットギルティ! 運び屋、ノットギルティ!」
あれ、なんだろう嫌な予感がする。ギルティ候補がどんどん絞られて行っているぞ。
ちょっとした冷や汗がふき出してくる。
「じゃあ、ギルティは、ネオジューク第三商会を名乗った偽物ってわけですか?」
「確かにな、そこはギルティだ。だがな、オリハラクオン……」
「な、なんですか」
「圧倒的にオリハラクオン! 君が悪い! 君こそギルティだ!」
「えぇ? 何でだぁ」
そこから、またギルティ祭りが始まってしまうのか、俺のみを責めるための場が展開されてしまうのかと思ったけれど、今回は、そんなことにはならなかった。シラベール氏は、意外にも正当で丁寧な説明をしてくれた。
「決まっているだろう、オリハラクオン。君がやったのは、高価な草をちゃんとした検査や鑑定もしないで、右から左へ転売したってことだ。そんな無責任は、許されるものではない。とはいえ、今回は、敵も完全にカモにする気で来ていたからな、生半可な鑑定スキルでは太刀打ちできなかっただろう。少なくとも検査スキルが無いと無理だったな」
返す言葉がない。
ぐうの音も出ないくらいの正論だった。
救いなのは、どちらかというとクテシマタ・シラベールさんが、俺に同情してくれていることだ。十年前にこういう空気を味わいたかったぜ。
それにしても……検査鑑定スキルと偽装スキルか。
「敵の偽装スキルに騙されないためには、鑑定スキルが必要ってことですかね?」
俺の質問に、クテシマタ・シラベール氏は答える。
「それは違うぞ、オリハラクオン。イメージから言ったら偽装は鑑定で見抜けそうなものだと思うかもしれないが、実は偽装を破るには検査スキルが必要不可欠なのだ」
「ん、何が何やらわからないんですが、つまるところ鑑定スキルと検査スキルって、どう違うんです?」
「鑑定のほうは、謎のアイテムの用途を明らかにして使えるようにするスキルだ。それに対して、検査スキルというのは、偽装を打破して真実の姿を引きずり出すスキルなのだ。今回のケースでは、検査スキルを使わない鑑定だけでは、偽装されたステータスが表示されるだけ。スキルゼロのオリハラクオンでは今回は全くのノーチャンスだったわけだ」
鑑定は対鑑定アイテム専用、検査は対偽装専用スキルというわけか。
「じゃあ、もしシラベールさんが俺と同じように狙われたとしたら、どうしました? やっぱりあなたでも騙されましたか。」
「フフ、忘れたかい、オリハラクオン。私は一線を退いたとはいえ元捜査官だ。しかも、食料盗難を専門に扱っていた。不完全ではあるがある程度の対処はできただろう」
「忘れもしないぜ、クテシマタ・シラベールさん。俺に三つ編みギルティ祭りをくらわせたモコモコヤギ盗難事件の捜査の時に役立ったスキルっすね」
彼の持つ捜査スキルは、食べたものを最長で七十五日前まで遡って調べることができるというものだ。食べられたものが固有の名前を持っていた場合、その名前まで判定することができる。
「でも、シラベールさん、今回のケースで、あなたの捜査スキルをどう使えば、罠にかけられずに済んだっていうんです?」
すると甲冑は、ハハッと乾いた笑いを放った。
「愚問だな。簡単だ、草を一本食ってみるんだよ。そうすれば、腹の中で真実の姿が明らかになるのだ」
なるほど、食べるということを通せば鑑定と検査ができるのか。家畜たちの体調管理にも使えるし、出来上がった商品もチェックできる。ベスさんの牧場の商品の品質を低コストで調べることができて利益を拡大できるのには、そういうカラクリがあったわけか。
だけど、その検査方法には一つ問題がある。
「シラベールさん。それ、もし偽装された劇毒だった場合は……」
「死ぬなぁ」
そうだ。偽装された毒が混入されていた場合、危険が大きすぎる。それに、仮に他人に食わせるんだとしても、その人が死ぬ可能性がある。どちらにしてもリスクがありすぎる。
「動物に食べさせれば」
「ふん、できなくもないがな。だが、さすが山賊と組んだ元悪党。考えることが極悪非道すぎる。そのようなことは、やってはならぬぞ。さてはオリハラクオン、君はあまり更生していないのだな」
「いや、でも人が死ぬよりかは」
「動物は神の持ち物だ。人の持ち物ではないぞ。そうかそうか、オリハラクオン、なるほどそういう軽い考えでベスのモコモコヤギ、ミミちゃんの命も奪ったというわけか」
だからミミちゃんじゃなくってモモちゃんだってば。あんたの嫁が十年前に言ったことなんだから、ちゃんと記憶しておけよと思う。思うだけで言わないけども。
しかし、ここで一つ、俺は誰も傷つかないアイデアを思い付いた。要するに、「食べる」という行為さえ通過すればいいのなら、こういうのはどうだろう。
まずは、地面に動物の顔を描く。その絵の口部分を穴の入口として掘り進めるのだ。こうして、地下倉庫が完成する。
その地下倉庫に食べ物を入れれば、それは、あたかも動物が食べたように見えるだろう。それでシラベールさんのスキルが機能すれば、誰もリスクを負わずに鑑定検査ができる。俺の思惑通りいくとは限らないが、試してみる価値はあるだろう。
俺は、「こうすればいいんじゃないか?」と言ってシラベールさんにそのやり方を提案した。ところが彼は、
「そのようなもの、偶像崇拝にあたるではないか」
一蹴である。
ついでに、「やはり、さてはまだ更生していないな」とも言われた。
更生も何も、最初から悪の道になんて走ってないよ。
もし本当に後ろ暗いことがあるとするなら、まなかさんからもらったラストエリクサーを一瞬で売り払ったことくらいだけど、家を吹っ飛ばしたお詫びだっていうんだから、何に使ったっていいだろと言い張りたい。
「さてと」
話が一段落したところで、甲冑は立ち上がった。そろそろ奥さんの待つ豪邸へと帰るつもりのようだ。
「お帰りですか?」
「ああ、それにしても、ここは落ち着いてしまう家だ。外から見ると荘厳で落ち着かないような感じだが、中に入ると質素で親しみ深い。遊ぶ場が完備されているのも良い」
「よかったら風呂にでも入っていってください」
俺はまなかさんが作った大穴を利用した温泉を彼にすすめた。
「ほほう、風呂とな? 転生者はよくその言葉を口にするが、これまで入ったことがなかった。よかろう、入って帰るとしよう」
★
別にシラベールさんと一緒に風呂に入るわけではない。だが俺は風呂に来ている。
目的はただ一つ。
――甲冑の中身はどうなっているのか。
さすが俺は策士である。風呂をすすめたのは、このためであった。
食事中も、お茶を飲むときも、高級店であっても脱がないその甲冑の下がどうなっているのか、シラベールさんの素顔とはどのようなものなのか。
俺はそれが知りたくて、ノゾキを行おうとしている。
男の入っている風呂をのぞくなんて、趣味が悪いと自分でも思うが、好奇心には勝てなかった。
夕焼けに染まった湯気の中、露天風呂に浸かり、シラベールさんは、「くぁー、あたたかいなぁ、いい湯だぁ」などと溜息まじりに言ったのだった。本当に気持ちよさそうである。
そして、ついに、だんだんと湯気のベールが晴れていく視界で、永遠の甲冑男、クテシマタ・シラベールさんの素顔が明るみに!
「――って、風呂でも脱がないのかーい!」
明るみにならなかった。甲冑が湯に浸かっていた。