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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十一章 負の遺産を何とかせよ
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第279話 ファイナルエリクサー製造作戦(3/3)

「八雲丸さん、受け止める姿勢をとってください」


 マイシーさんの呼びかけに、新たな大勇者は応える。


「こうか?」


「いえ、もう少し低いところで、手でお皿をつくって受け止めるような感じで。あと、もうちょっとガニ股で」


「おいおい、なんかスマートじゃねえな。ドスコイって感じじゃあねえか。本当にこれが正式な姿勢なのか?」


「今にわかります」


 そして、マイシーさんが質のいい紙を広げて、呪文のような、呪文じゃないような言葉を読み上げた。


「――誇り高き世界の始祖よ。新たな力がここに生まれた。逆風に負けず清き刀を振るい続け、そして今、敗者を見送り続けた()の者に、どうか、光り輝く大樹の実りを!」


 するとどうだろう。枝を離れた果実は、ゆっくりゆっくりと光をまとって降下してきた。


「おっと、思ったより、だいぶでけぇな」


 八雲丸さんの言葉の通り、それはもう、普通の果物のサイズではなかった。


 形や色、それから香りは、柑橘系(かんきつけい)の感じだが、ミカンより大きいのはもちろんのこと、柑橘系で最大とされる晩白柚(ばんぺいゆ)などとも比べ物にならないほど巨大だ。


 さらに果物の王様と言われるドリアンだとか、一メートル近くになるという東南アジアのジャックフルーツよりもでかい。


 荘厳(そうごん)な黄金の光に包まれた直径百五十センチくらいの、まるまると大きな果物。成長した桃太郎が丸まって入っていてもおかしくないような巨大さだ。それが八雲丸さんの腕の中に収まった途端に、急に重みを増したらしく、苦悶の表情になった。


「うぉっ? なんだこれ。何が入ってんだよ」


 歯を食いしばって、目を血走らせている。腕や脚の欠陥がびきびきと浮き上がっている。きつそうだ。


「八雲丸さん、何キロくらいありそうですか?」


「あぁっ? 余裕こいてねえで、お前も手伝え、男だろーが」


 確かにそうだと思った俺は、手伝おうとしたのだけれど、マイシーさんが俺の胸の前に腕を出して静止した。


「お待ちくださいラック様。実は、あの果実は、大勇者の最後の試練なのです。あれを余裕で支え持つことができなければ、大勇者の資格はないのです!」


 嘘っぽい。絶対新しい大勇者をいじめて楽しんでるだろ、この人。


 皇帝側近としてどうなの、その性格。それって完全に八つ当たりじゃないか。


「おいこら、さすがに重すぎだ! 何かやってんだろ、これ!」


「おやおやぁ? 大勇者様の八雲丸様ったら、自分が果物に認められてないことを信じられないようですね」


 真に持ち主としての資格があると判断されなければ、まともに持つこともできない……という設定らしい。なにその、勇者の剣とか、神のハンマーみたいな設定。


「それと八雲丸様、『何かやってる』とはどういうことでしょう? 他の要因があるというのなら、それを見破ってからでないと格好悪いですよ。たとえば、わたくしが何かイカサマをしているとして、どんなイカサマをしているのか証拠を出せなければ、ただのクレーマーと思われても仕方ない! それなのにわたくしが『何かやってる』などと決めつけるのは、たとえわたくしが何かやってたとしても、見破れない貴方の方に非があります」


 いやそれは、どう考えたって、イカサマしてる方が良くないだろう。一体なに言ってんの。メチャクチャだよ。


 さて、五龍の一柱である銀龍の加護を受けた白銀鎧女のマイシーさんである。彼女は目撃したスキルを自分のものとして使うことができるという特殊能力の持ち主だ。だから、彼女のスキルは尋常でなく豊富であるから、普通なら、どういうカラクリで八雲丸さんを苦しめているのか読めないものと思われる。


 だが、俺には彼女の千個以上と言われるスキルの中で、一つ思い当たるスキルがあるのだった。


 八雲丸さんには、いくらか恩がある。特に、この闘技場に初めて連れてきてもらったことが最も大きな恩だ。護衛の大勇者を探している時に、ここに来なければ、俺はフリースと出会えなかった。


 フリースと出会えていなかったら、今頃、偽ハタアリさんの毒牙にかかったり、偽ハタアリさんの一団に入って魔王級の大暴れしていた可能性だってゼロじゃない。だから俺は、出会いに切っ掛けをくれた八雲丸さんに、助け舟を出してやることにしよう。


「あの、マイシーさん、物の重さを操るスキルを使ってますよね」


「……は? ラック様? 重さを操る……? 何のことでしょうか」


 鎧の美女はしらばっくれた。


「間違いないと思うんですよね。物体を軽くしたり重たくしたり、そういうスキルをマイシーさんは持ってるでしょう?」


 以前、サウスサガヤの祭りにおいて、俺が山車(だし)を引っ張ろうと頑張った時があった。人力で引っ張るための背の高い車だ。けれども、非力な俺は、そいつを動かすことができなかった。マイシーさんが重さを変えて軽くしてくれたにもかかわらずだ。そのため、仕方なくフリースの氷パワーを借りて動かしてもらったのだった。


 そんな、ひどく悲しい、黒歴史にしたいような思い出がヒントになった。


「物を重たくするスキルを使って、八雲丸さんをいじめてるんですよね?」


 俺の言葉を受けて、舌打ちでもしそうな顔をしたマイシーさん。闘技場での敗北が悔しくて、そうとう気持ちが(すさ)んでいるようだ。


 どうか、あとで美味しいファイナルエリクサーでも飲んで、笑顔になって欲しいとか思った。


「まったく、余計なことを」


 そう言った後、マイシーさんは重さを変えるスキルを解除した。その瞬間に、「おわっ!」と声を出した八雲丸さんは、巨大な果物を上に投げてしまった。


 急に軽くなったから、力の調節ができなかったものと思われる。


「うわっ、やっべぇ。足場のねえとこに落ちちまう……」


「おやおや、八雲丸様。そんなにバンザイをして。大勇者の証とも言える黄金果実がそんなに嬉しかったんですか?」


 マイシーさん、ほんとにどうした。八雲丸さんに対して厳しすぎだろう。


「ていうか、ヤバイ!」と俺は叫ぶ。果実を指差しながら。


「大丈夫です」とマイシーさんは平然と言い放った。


「いや、だって、あの、あれの果汁がなくちゃ、ファイナルエリクサーが完成しないんだろ!」


「おやラック様。わたくしが何の考えもなしに、このような行動をしているとでも言うんですか? だとしたら心外です」


「それってどういう……」


「――フリース様、いまです!」


 マイシーさんの声に、「はいはい」とフリースは面倒くさそうに応えた。


「――伸びよ、伸びよ、細く細く伸びて刺せよ、氷の巨人の槍をこえ、天突き大河の水を引けよ! 模倣即興氷魔法……絶氷竹(グレスバンブー)


 彼女の口から、澄んだきれいな音色が響いた。


 フリースのかざした手から放たれた細い氷。遠くへ行くほど糸のように見えるけれど、こぶしの大きさくらいの太さはある。


 長く長く伸びていった氷の竹は、黄金に輝く果実に突き刺さった。


 そして、果実は落ちてくることなく、斜めに伸びた氷の棒に支えられる形で空中で静止したのだった。


 この技は、ついさっきも見たような気がするなと考えて、すぐに思い出す。


「八雲丸さんの技、パクられてますね。あの伸びるやつ」と俺。


「ふっ、構わねえさ。どんなに真似ッコしようともよ、フリースお嬢の技よりも、おれの技の方が圧倒的に洗練されてるぜ」


 フリースとは何かと張り合いたがる八雲丸さんは、大勇者に向いているのではないかと心から思う。


 そしてフリースも対抗するように、自慢げに、


「あたりまえ。攻撃用で出してない。本気でちゃんと撃てば、どこぞの剣士の刀とか一瞬で砕けてなくなってる」


「ほう、言うじゃねえか。じゃあ、いつかマジでやり合おうぜ。お互い、万全の時にな」


 そんな八雲丸さんの言葉は無視された。


「それよりラック。その薬を、ここに置いて」


「え、なんで?」


「いいから」


 首をかしげながらもフリースに指定された場所にフラスコを置いてみる。


「違う。もっと左。……いきすぎ、もっと右。こんどは手前にずらして。……はいそこ」


 自分で置けば早くないか、とも思ったけれど、フリースは氷魔法を操っている最中なのだ。従おうじゃないか。


 樹木の枝が編まれた足場の上に置いたフラスコ。その上には、フリースが生み出した氷の竹があった。


 少し待っていると、水音がきこえてきた。


 氷の竹は、氷の(ストロー)のようなものだった。果実に突き刺さって、果汁を俺たちのもとに届けようとしていた。


 このまま流れてくれば、フラスコの中に投入される――と、その時である。


「えっ、まって、大丈夫なの?」と心配そうに声を出したのはアオイさんだ。


「どうかしたんですか?」


「だって、流れてくるの、茶色い液体だし、あの果実だって、黄金果実って名前のはずなのに、そんなキラキラしてないし、本物なの?」


 なるほど、あの果実は、目が曇っている皆には黄金に見えないのか。


 曇りなき眼を持つ者にだけ、名前の意味がわかるようになる仕掛けがここにもあったわけだ。


 曇りなき眼を持っていると危険だと色んな人から言われたことがあった。こういう秘密の通路とか宝物隠しとかにも使われていたのだとしたら、確かに無理もないことだと思う。


「大丈夫だ」


 俺は言い放った。


 なぜなら、俺の目にはどう見たってそれが黄金果実の黄金果汁だからだ。


 マイシーさんの根拠のない大丈夫宣言とは違う。確信を持って言い放った。


 とろとろと黄金果汁のしぼり汁が、フラスコの中に落ちていく。


 白と透明に分離していた液体は、フラスコの形に合わせて固まっていく。


 しばらく緊張しながら見守っていると、鮮やかなスカーレットレッドに輝く石になり、見たことも無い虹色のオーラを纏っていた。


 このレインボーが、最高級のレアの色なのだろう。


 ステータス画面でアイテムの詳細を確認する。


 俺は、思わず笑いをこぼし、そして言うのだ。


「『ファイナルエリクサーのもと』が完成したぞ!」


 それぞれが、思い思いの言動で喜びを表現した。


「ほんとですか!」レヴィアが目を輝かせて言ったり、

「…………」フリースが無言で嬉しそうな雰囲気を出したり、

 マイシーさんが静かに頷いたり、

「よっしゃあ」八雲丸さんが拳を突き上げたり、

「よかったぁ」アオイさんは喜びよりも安堵のほうが強いみたいだった。


 この時の俺の感情はといえば、アオイさんが一番近い。


「ああ本当に、完成してよかった……」


 空を仰ぐ。雨粒が顔にかかる。


 俺の曇りなき眼の視界には、虹のかかる青空が広がっていた。



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