第278話 ファイナルエリクサー製造作戦(2/3)
「なんか、緊張するな」
「こっちも、二回目だけど最後だと思うと、ちょっと手が震えるよね」
始まったファイナルエリクサー製造作戦。
青く美しく澄み渡りながらも輝く液体、エリクサー・極の半分がフラスコに入れられ、火にかける前に、赤いシガンバナの花弁をすり潰したものを入れ、よくかき混ぜる。すると、あっという間にすっかり溶けて液体が黒くなるので、フラスコにしっかりと栓をしたうえで、弱い火にかけて、沸騰しないように注意しながら、しばらく待つ。
フラスコの中が水蒸気で曇り、小さな泡がぽつぽつとフラスコの内肌につきはじめたら、一度火を止め、白い紫熟香の灰を入れる。一瞬だけ紫色の光を放ち、フラスコの中の量が増えていたら、そこまでは成功。
まんべんなく混ざり合うように静かにフラスコを回し振ったら、常温に放置し、自然に冷えるのを待つ。すると。白い液体は全く動かさないのに勝手に波立ち、渦を巻きはじめ、石化してしまう。しかし、慌てることなかれ。これはファイナルエリクサーづくりにおいては、正常な変化なのだ。
この石化したものに大黒龍玉の粉をひとつまみ振りかけると、再び液体化し、白と無色透明の二層に分離する。
「あとは、黄金果実のしぼり汁だけど……ラック、話はついてる?」
「ああ」俺はアオイさんの言葉に頷いてみせた。「八雲丸さんから許可は得てるから、こっちで収穫して、絞っても大丈夫だ。かわりに、八雲丸さんにもファイナルエリクサーを飲ませてあげる約束をさせられたけどな」
「そのくらいなら上出来だね。さすが商人になろうとしていただけのことはある。なかなかの交渉力だよ」
「ま、まあな」
もはや商人活動時代は、はるか遠い日の黒歴史のようなものだけどな。
それに、特に強気の交渉をしたというわけではない。八雲丸さんが遊郭で苦しんでいる時とかに手を差し伸べたこともあったから、それを恩に感じてくれていたのかと思う。
ファイナルエリクサーの効能は、「魔王」と名の付くものを滅ぼすというものである。この幻の霊薬に触れた者は、不死だろうが超回復スキルもちだろうが何だろうが、それが魔王と名の付く存在であったなら、滅んでしまう。そういう特殊なアイテムなのだ。
そのファイナルエリクサーは、スイートエリクサーを超越した美味さを誇るという噂なので、期待は高まるばかりだ。
ファイナルエリクサーで乾杯する瞬間は、着々と近づいていた。
★
白と透明に分かれた液体を、なるべく揺らさないように運んでいく。
レヴィアやフリース、それから八雲丸さんとも合流し、マイシーさんの案内で階段をのぼり、客席の最上階にあった炎を灯すための装置が置かれた台を過ぎる。
その奥には壁があったのだが、そこに、赤く光っている両開きの扉が埋め込まれていた。
「たしか、このあたりにスイッチが……」
マイシーさんが呟きながら壁の一部を押したとき、扉をぼんやり包んでいた光がきれいさっぱり消え去り、他の皆からは「おお」という歓声があがった。
偽装をつけたり外したりする装置が埋め込まれていたらしい。
俺に任せてもらえれば、一発で見えない扉を開いて入口を作ってみせたのだが。しかし、無理もないか。偽装スキルも検査スキルもを持たない人間には、これが偽装を使った仕掛けであることさえわからないのだから。
「さあ、先に進みますよ」
ものすごく太い枝の内部をくりぬいたような丸い天井の木製通路を歩いていく。
両側には、さまざまな宝物がずらりと並べられている。俺には光り輝く通路に見えていたけれど、皆は口を揃えて暗い道だと言ったり、がらくたが転がっているとか言ったりしていた。
こういうとき、曇りなき眼を持たぬ者とは見える世界が違い過ぎるなあ、と少し寂しい感情を抱いてしまう。
と、まぶしい通路に目を細くしながら歩いていると、レヴィアが話しかけてきた。
「ラックさん、ラックさん。その手に持ってるの、大丈夫です?」
レヴィアはフラスコに視線を落としてきいてきた。
「これが、どうかしたのか、レヴィア」
「いえ、実はさっき、隠し味を入れたんです。おいしくなってるといいんですが」
やはり犯人はレヴィアだった。
真実を告げてやるか、それとも誤魔化すのか。それとも何か第三の選択肢を編み出してやろうか。
いいや、ここは今後のためにも、正直に言って、レヴィアを叱ってやらねばなるまい。
「いいか、レヴィア。はっきり言って、今回のレヴィアの行動は、絶対にやっちゃダメなやつだ」
「なんでです?」
「薬づくりとかお菓子づくりとかはな、分量を間違えたり材料を間違えたりすると、薬が逆に毒になり果てたり、酷い場合は爆発したりするんだ。お菓子の場合も、うまく思い通りの味にならなかったり、ひどい味になったり、膨らまなかったりするんだ。だから分量をちゃんと守ってだな……」
「でも、新しい効果が生み出されたり、もっと美味しくなるかもしれないじゃないですか」
この子は、自分が取り返しのつかないことをやりかけたのだということを全く理解しようとしてくれない。
もしもファイナルエリクサーが完成しなかったら、俺たちはずっと胸にモヤモヤしたものを抱えて生きていくことになるし、最悪の場合、マリーノーツが壊滅する危険だってあるんだぞ。何考えてんだよ。
「おいしいと伝説になっているものに、おいしいクッキーの粉を混ぜたんですから、絶対にうまいはずです。挑戦しなくなったら、ニンゲンおしまいです」
レヴィアが偉そうに語る「人間」ってやつは、一体どんなやつを想像すればいいんだろう。
とりあえず、一つ言っておく。
「慣れないうちは、レシピ通りに作ってくれ。次からまじで気をつけろよ」
次の機会なんてのは、もう無いだろうけどな。もう手元に材料もないし。
「ラックさんが言うなら、そうしてみますけど」
それにしても、どうにもレヴィアのような自由人に道理を説くのは難しい。途中から、もしかして自分が間違ってるんじゃないかって思わされるくらいに堂々とメチャクチャな弁論を振り回してくるからな。
さて、道は外に出た。青空と小雨の下。樹の上だった。樹木の枝が編まれたひどく風とかに弱そうな細い道を進む。手すりも、ひどく細い枝だったものだから心もとなかったけど、百人同時に乗っても大丈夫だとマイシーさんは言い張った。
「大丈夫です。万が一、落ちても受け止めてくれるシステムになってますので」
それって、落ちた人がいるってことだよな。どうせなら、落ちないシステムにしたほうがいいんじゃないのと思った。
特に今は、この伝説の霊薬になりかけた液体を安全に運搬する必要があるから、なおさらだ。
そのまま、樹木の太い幹を周回するように、しばらく歩いた。小さな雨粒が舞っていて、枝や蔓で編まれた通路がだんだん広くなって、やがて大きな足場に出た。
「さて皆さん、上をご覧ください」
頭上高く、八雲丸さんの刀の力によって開けた青空に、虹が架かっているのが見えた。その手前には緑の葉が茂っていて、そこに一滴の輝きが垂れ下がっているのが見えた。
天気雨が目に入って、少し不快である。
「さあ皆さん、お待ちかね。新たなる大勇者、八雲丸様への賞品、『世界樹の黄金果実』です」
遠くてわからないけど、確かに尋常じゃない輝きである。
「さあ、八雲丸さん、手を出して、受け止める準備をお願いします」