第274話 大勇者決定戦(4/6)
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八雲丸さんの前には、大勇者が偉そうに立ちはだかっている。
決勝戦の後、マイシーさんが去ろうとする勝者を引き留めたのは何故か。それは、勝利をたたえるためなどでは無かった。
「八雲丸様には、まだ戦うべき相手がおります」
天幕の中央の穴の近くに浮かぶ拡声器から、闘技場全体に響き渡った声。
「あぁ?」八雲丸さんは眉間にしわをよせた。「今の三バカとの試合が決勝で、おれが優勝じゃあねえのかよ。例年じゃあ、このあと一度引っ込んで、表彰セレモニーの時に呼ばれてカッコよく出てくるって流れのはずじゃあねえのか?」
「今回は事情が違います。正式に大勇者選抜のための戦いですので、勝者は大勇者による試練を受けねばなりません」
「へっ、そういうもんかよ。だが、いいぜ、今なら負ける気がしねえ」
「いえ、そういうマジなやつではなくてですね、大勇者とちょっとだけ技を掛け合って、大勇者のほうから新たな大勇者を褒めるという儀式的なものです」
武道の型を見せるみたいなものだろうか。しかし、出てきた大勇者を見て、そんな器用なことができるタイプではないと確信した。
その大勇者ってのが、氷つかいのアリアさんだったからだ。
「マイシーさん、あの方で大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
マイシーさんが大丈夫というのだから、大丈夫じゃなさそうな展開になっても、ぎりぎり大丈夫なんだろう。信じようじゃないか。
「アリア様に認められれば審議なしで大勇者なのですが、その後に地底で捕獲した強力な魔族との戦いが予定されています」
「それも、今回は特別に?」
「ええ。初めて新たに大勇者となる者は力と覚悟を示さねばなりません。つまり、魔族との戦いは、仲間となる者たちに実力や技を見せるための戦いでもあるのです。認められることが目的ならば別に華麗に勝つ必要はありませんが、余裕で勝たないとナメられるのも事実。まあ、八雲丸様なら、魔族相手も問題ないかと思いますよ。油断をしなければね」
「ってことは、八雲丸さんは、これからあと二戦……一気に三連戦をこなさなきゃならないってことですね」
「ええ、そうなります。大勇者に選ばれるための戦いと、大勇者を名乗る権利を得るための戦いと、新しい仲間に実力を見せる戦い。それぞれ意味の違う戦いになります。二戦目はオマケみたいなものですからね、三戦目が一番の強敵ですよ」
「三戦目……魔族との戦い……か」
なんて、まだアリアさんとのイベントが終わってもいないのに、次の戦いについて話していると、アリアさんが八雲丸さんのほうに向かって歩き出した。
手足や左目に緑がかった包帯を巻いたアリアさんは、ちょっと前にエコラクーンで会った時とは服装が違っていた。
やっぱり先日の服装は、病院のような施設から緊急で抜け出したからこそ、あんな微妙な上下ピンクの服だったのだろう。今の服装は普通だ。いや待てよ、包帯ぐるぐる巻きで片目が隠れている時点で、普通ではないか。
以前の赤みがかった色の薄い布ではなく、きれいな身体のラインが見えるノースリーブのニットのトップスと、下は長めのスカートだった。全体的に青っぽくて涼しげなのは、フリースを意識してのことだろうか。
アリアさんの言動を振り返ってみると、ひたすらにフリースのことを「先輩」と呼んで暴言を連発していた。もしかしたら、屈折した尊敬の念を抱いてる可能性もあるんじゃないかと思う。もしそうだとしたら、マジでひねくれ過ぎだけども。
俺は、ちらりとフリースのほうを見る。
「…………」
アリアのことを見ていた。
このフリースの沈黙は、アリアに対してあまり良い感情を抱いてない感じだ。かといって、見るのも嫌というほどではないらしい。きっと、自分の思い通りにならないから、気に入らないってところだろう。
アリアさんは対峙する八雲丸さんに向かって言う。
「あんたなんか右手一本で十分ね」
余裕の表情だった。包帯まみれなのに。
そしてアリアさんは、八雲丸さんに接近した。手が届くくらいの距離にまできて立ち止まり、軽く爪先で地面を叩くと、土がせりあがり、氷が割って出て来た。二人を囲うように円ができた。
「へっ」八雲丸さんは唇の片方をつりあげながら、「お得意の氷で、おれを包囲したってわけか」
「そういうわけじゃないわね。これはあなたの力を試すための戦い。あたしが本気で戦ったら、あなたはきっと死んでしまうもの。あたしが先輩として、あなたの力を見てあげるわ」
「おい、そりゃどういうことだよ」
「わからないかしら。たしかにあなたは頭が悪そうだものね」
「なにぃ?」
「あたしをこの円の中から出すことができたらあんたの勝ちにしてあげるってことよ」
「ほほぉ、なめられたもんだな。いいぜ、やってやろうじゃねえか」
大勇者同士のぶつかり合いが、また始まってしまうのだろうか。俺は不安に思ったのだが、マイシーさんは、「問題ありません。一瞬で終わります」と言っていた。
「どういうことなんだ、マイシーさん」
「ラック様も、アリア様の能力は御存じでしょう?」
「ええ、たしか周囲の魔力や相手の魔力を自分の中に取り込んで、それを氷に乗せて倍にして返すみたいな能力ですよね」
「では、八雲丸さんが魔力を使用しているように見えますか?」
「まあ……時々はそういう技もあるんでしょうけど、魔力があったとしても、物理攻撃に変換して殴りに行ってるようなイメージがありますね」
「ま、だいたいその通りです。物理攻撃が主体の相手には、相性が悪いのです。わたくしが防御型の敵を崩す力がなくて敗北するのと一緒でね……」
マイシーさんの負け方は、攻め手の火力不足で競り負けた、という形のようだ。さっきの金等級の八雲丸さんの手下二人組と、二刀流のプラムさんを混ぜた三人に一人で挑んで負けたのだろう。
それはともかく、今は八雲丸さんとアリアさんの戦いである。
しかし、視線をガラスの向こうに落とした時には、もうほとんど決着がついていた。
八雲丸さんが、数少ない攻撃技である刀が伸びる技を繰り出した。アリアさんは右手をかざして氷の壁をつくって防御する。防いだものの、勢いに押されてアリアさんの靴が地面を滑っていく。
以前よりも分厚い包帯を巻いている左腕で咄嗟にガードして、何とか止まった。
その時にはもう、アリアさんの痛々しい包帯の足は、自らが描いた氷の円の一部を破壊して外に出てしまっていた。
「当然の結果です」とマイシーさん。「敵の攻撃を吸収することもできず、傷だらけなうえ、自身の魔力もすっからかん。物理攻撃を回避する余裕も今の彼女にはありませんし、彼女自身も、『はじめから一撃を耐えるだけだぞ、それ以上のことをやらせるならお前を凍らせるからな』と仰っていましたのでね……」
「なんでそんな状態のアリアさんを引っ張り出したんですか……」
「じゃあ、もしもセイクリッド様やフリース様があの場に立っていたら、どうなるとお考えですか?」
「……それ以外にいないの?」
「それ以外の大勇者は、みんな治療中で、戦えるのは少ないんですよ」
「なるほど」
セイクリッドさんとかフリースは、観客が大勢いてもお構いなしで、いきなり本気で戦闘に突入する気がするからな。
大怪我中のアリアさんなら、その心配も少ないだろう。暴れようにも、その余裕がないから運営側としては丁度良かったわけだ。
しばらく、アリアさんは包帯を巻いた左腕で攻撃を受け止めたまま、大量の汗をかきながら固まっていたが、やがて「ふっ」と笑った。そして、
「ふふふ、やるじゃないの」
と強がった。
「どうすか、俺も大勇者でやっていけますかね」
「ふん、まあ合格ね。せいぜい頑張るといいわ」
そうして、出てきた扉にゆっくりと引っ込んでいって、ゴゴンと扉が閉まった瞬間、
「痛ぁい! はあぁあああん」
という叫び声が漏れきこえてきた。プライドの高い彼女らしく、必死に痛みを我慢していたのだろう。
けれども、観客の拍手喝采も引き裂いて、扉やガラスをこえてきこえてしまったから、もうあと何十歩か我慢すべきだっただろう。