第273話 大勇者決定戦(3/6)
戦いの合間に割れた地面を修復するための休み時間があって、そこでアオイさんが言った。
「そろそろこっちはアイテムを作る準備していいかな。果汁を手に入れたあとに、すぐにファイナルエリクサーを完成させられるようにさ」
「そっか。その必要はあるな」と俺。
「うん、時間がもったいないからね。節約しなきゃ」
「よし、任せた。アオイさんを製薬担当大臣に任命する」
「わかった。そうと決まれば、ラック。黄金果汁以外の材料もらえる?」
と、ここまで勝手に決めてしまったのだが、ここは観客席である。果たして、この場所での薬づくりを無許可でやっていいものなのだろうか。もちろん、無許可はダメだろう。
「ああ、えっと、マイシーさんがよければ、構わないけど、どうなんだ?」
俺は、黄金甲冑の老人の言動にイラついた雰囲気を醸し出しているマイシーさんに視線を送った。目が合った。
「そうですね……本来でしたら、もちろん火気厳禁ですけど、地味に緊急時ですし、フリース様がいますので、いざとなれば消火も可能でしょう。ええ、特別に許可します」
「あ、ほんと? やった」
青く澄み渡るエリクサー。
真っ赤なシガンバナ。
紫熟香の燃えた後の白い灰。
大黒龍玉の粉末。
俺が材料となるアイテムを次々に渡すと、アオイさんが丸いフラスコを取り出して、その下に大きなロウソクのようなものを一本置いた。
「よし、やるぞー。レシピ通りにやれば大丈夫なはずだけど、タイミングをミスると別モノになっちゃうから、気を付けないと」
そして部屋の隅っこで半透明のステータス画面を出して、時間の経過を見ながら、フラスコの中に無印のエリクサーを入れ、ロウソク二本分の炎で火にかけ、そこまでやって椅子に座って見守りモードになった。
「アオイ、何してるんですか?」
レヴィアが近づいて、興味深そうに揺れる炎を見つめた。
「この液体タイプのエリクサーに色々混ぜながら加熱して、赤い石を作るんだよ」
「え、おいしいやつですか?」
「うん。伝承によると、水に溶かして飲むと、めっちゃ美味しいやつ。スイートエリクサーよりもね」
「ファイナルエリクサー?」
「そう。ファイナルエリクサー」
「たのしみです!」
「じゃあ、レヴィアちゃん。ちょっと手伝ってもらえる?」
「はい!」
珍しいこともあったものだ。レヴィアが率先して手伝いをするなど。
旅の中で、知らず知らずのうちにレヴィアも急成長して人間らしくなったんだな、なんて、しみじみと思う俺だった。
★
さてファイナルエリクサーづくりはアオイさんに任せておけば大丈夫だと判断した俺は、特別観戦席に座り、決勝戦を見下ろす。
「よう、シラベールさんよ。おれの手下が、ずいぶん世話になったみてえじゃねえか」
そう言って、納刀したままの鞘を肩にかついだのは、赤髪で短髪の抜刀剣士だった。
肩だけの和風甲冑を身に着けた、袴姿の男。
「また同じタイプが相手とは、つまらぬな」
金色の甲冑の、わかりやすい挑発である。
「おいおい、タイプが同じだけでよ、金等級の二人とおれを比べられちゃあ困るぜ。なにせおれは……水銀等級だからよ、金より圧倒的に上なわけよ!」
この戦いに審判はいない。戦闘フィールドに足を踏み入れた瞬間から試合開始であり、負けを認めるか戦闘不能になるか、どちらかで決着がつく。
卑怯な先制攻撃を仕掛け合っても良いし、堂々と構えて威厳を見せ合うのも良い。今回の場合は後者である。
互いに正面からのぶつかり合いだった。
もしも俺が八雲丸さんの立場だったら、真っ先に音楽家の次男カナデカタさんの甲冑を狙っただろう。いや、裏をかいて軍司の長男を狙ったかもしれない。いずれにしても、何の作戦も立てずに金等級ふたりを文字通り蹴散らした老人を真っ先に狙うことは絶対にないだろう。
それはきっと、俺が戦闘力なしの冒険者もどきだからなのかもしれない。
八雲丸さんの活躍を見ると、そういう俺の正々堂々とししていないところを何となく後ろめたく思うことがある。
ただ、オトちゃんを鎮める手伝いを果したり、この世界の秘密めいたものに近づいたり、呪いを解いて回ったりしているうちに、俺の歩き方にも価値があるんじゃないかと思えるようになった。
その結果、俺は八雲丸さんを以前よりも素直に応援できるようになった。
「がんばれ、八雲丸さん!」
八雲丸さんは、相手が甲冑を装備したままの足を延ばしてくるのを見て、自分も刀を伸ばす抜刀術をぶつけた。
互いに歯を食いしばって、力比べ。
どちらかというと八雲丸さんが押しているようだ。
「よし! いけ!」
俺は拳を握った。
そこで俺よりも熱がこもった応援をしている二人の女性の声が耳に飛び込んできた。
「いけ! いけ! 貫け!」マイシーさん。
「そこだ、やっちゃえ!」フリース。
八雲丸さんの攻撃が、甲冑老人を突き飛ばした。
「そこだ! 病院おくりよ!」マイシーさん。
「たたみかけろ!」フリース。
しかし、八雲丸さんの追撃は回避され、老人は距離をとった。
「チッ」マイシーさん。
「あー惜しい! あとちょっとでヤれた!」フリース。
なんだか、こわいんだが……。
二人でものすごい盛り上がり方をしているけども、大勇者とか皇帝側近の振舞いとして、どうなのこれ。二人とも、日々のストレスが溜まっているのかもしれない。
戦局は、音楽による強化を受けたシラベール父が長男軍司甲冑の耳打ちを受け、大きく足を後ろに引き、キックの予備動作に入った。
対する赤髪の剣士も、納刀して、抜刀術を披露する。
「刀が伸びる技かな」
という俺の予想通り、次の瞬間に八雲丸さんの持っていた刀は、ぐんぐん伸びた。しかも、ばちばちと電撃を弾かせながら敵に向かっていく。
「八重垣流抜刀術、其の伍、竹! 超極ッ!」
極みさえ超える攻撃技を繰り出した。
「ふふ、それでこそ!」
シラベール父はそう言って、思い切り足を振り抜いた。
そのとき、水色甲冑の長男が叫ぶ。
「違います父さん! 一度フェイントを入れて左上に回避を……!」
息子のアドバイスを無視したようだ。
「いいか、シラベール家を継ぐ気があるならば、おぼえておけ。時には、正面からぶつからねばならぬときがくる。これで敗れたとしても、イクサホウよ、おまえが我輩を越えた力を身に着けることを、心から願っておる」
「父さん、なんだよ、馬鹿だよそれは!」
「ふっ、ふははは、馬鹿とはな! 初めて我輩に文句を言ったなイクサホウ。それでこそ男! それでこそ長男ぞ!」
どうやら、これまで一度も父親の言うことに従わなかった中年の長男が、ついに父に向かって暴言を吐いたというわけで、それを「成長」と見なした父は喜びながらぎゅんぎゅん足を伸ばして八雲丸さんの技と力比べをしようとしている。
接触。
閃光。
「ぬああああああああああああ!」
身体を小刻みにガクガクと振るわせる黄金甲冑。大ダメージに叫び声をあげた。
「よっしゃ、入った!」フリース。
「いいですねえ。雷のダメージは天罰っぽくてすごくいいです!」マイシーさん。
老人をいたわるという考え方よりも、さっき繰り返された無神経な発言に対する怒りのほうが勝っているようだった。
二人の息子が駆け寄るなかで、シラベール父は、「あとは、まかせた」と言ってガックリ気を失った。
「やった! ざまみろ!」マイシーさん。
「八雲丸みなおした!」フリース。
特別室で応援する二人は拍手拍手の大喝采。
現場の息子たち二人は、甲冑の顔を八雲丸さんに向けた。むろん、親と同じで、顔は隠れていて見えない。でも、戦意は失っていないように見えた。
「カナデカタよ。とっておきのメロディをくれ。あいつに勝ちたいんだ」
「わかりました兄さん。笛を変えます」
次男は灰色の甲冑の笛の部分をガチャンと外し、一瞬だけ口ひげを見せた。新たな口の部分を装着し直して、奏で出した声は、実にリズミカルで、低音がよく効いていて、いかにも戦いの音色っぽい。
「見せつけてやろうぜ、カナデカタ。純マリーノーツ人の誇りと、シラベール兄弟の誇りってやつをさ!」
演奏していて返事はできなかったが、しっかりと頷いていた。
「くらえええええええええい!」
強化された肉体で砂埃をまきあげながら突進した。
八雲丸さんは肩に刀をかけながら、ひらりと回避する。
猪のごとく壁に突っ込んだ。その勢いのまま、壁にめり込んだ。次の瞬間爆発が起こり、その爆風で一直線に八雲丸さんに向かって飛んだ。
「あーらよっと」
抜刀術の使い手である八雲丸さんは、納刀もせずに、さらりと受け流してコースを変えた。
「しまっ――」
「えっ、兄さん、こっちに来たら――」
衝突。悲鳴。
そして大歓声。
八雲丸さんが敵の突進のコースを変えたため、水色甲冑は弟の灰色に激突した。笛の調べが消えたと同時に強化が切れた兄は、弟と一緒に天を仰ぐ結果となったのだった。
勝負あり。
あまりに大きな実力差があった。
「どうも、ありがとうございました」
深く一礼した八雲丸さんは、そのまま去ろうとした。ところが、
「――お待ちください、八雲丸様」
大歓声をあげていた観客を戸惑わせて静かにさせる一声が響いた。
俺の横で、マイシーさんが小さなマイクを掴んでいた。




