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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十一章 負の遺産を何とかせよ
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第269話 世界樹リュミエール(4/5)

 世界樹リュミエールとは何なのか。


 フリースが言うには、


 ――この世界は、開拓者たちの住める場所じゃなかった。

 ――それを住めるようにするための多機能装置。


 世界樹リュミエールは、開拓者にとっての故郷であり、実験研究施設であり、前線基地であり、生活の現場でもあった。


 アオイさんは言う、


「だからね、ラックくん。永遠の命を持っていた開拓者の肉体に合うよう変えていく、そのカギを握る装置こそが、『世界樹リュミエール』でね、今もまだ、その機能は生きてる。そして、生み出される世界樹の果実の果汁には、環境最適化のための物質が凝縮(ぎょうしゅく)されている。特に希少(レア)な黄金のものに関しては、その質と量ともに一級品なんだよ」


「環境を改変する物質をばらまくための果実で、それがファイナルエリクサーの素材になるって感じですかね」


「そう、ただし、黄金の果実が、その形を保っていられる時間は短いの。すぐに拡散しちゃうからね」


 だから横取りする必要がある。誰かが手に入れたあとに交渉していたんじゃ間に合わず、黄金の輝きを失ってしまうかもしれない、というのがアオイさんやフリースの意見であった。


 気が引けるにも程がある。


「だけど、フリースの呪いを解くためなら仕方ないな」


 そういうふうに自分を納得させるしかなかった。


「さっきも言いましたけど、理由なんてどうでもいいです。樹木に成ってるものは誰のものでもありません。この大地のものです。それを借りるだけなんですよ?」


 このレヴィアの意見に関しては、完全に教育を間違えたと思う。


 かくして、盗み出す流れを止められそうになかった。


 何かの怒りを買わなけりゃいいけども。


 というわけで、フリースがノリノリで氷を生み出して、大樹の頂上へと俺たちはのぼっていく。大樹の太い太い、都市を丸ごと包み込むような幹に氷の階段が次々に生み出されていった。


 リュミエールの中を通るのは一階層ごとに六十人の門番がいる可能性があるため時間がかかりすぎる上、フリースでも勝てるかわからないとのことである。「特に灼熱の階層とかが序盤にあって、かったるい」とか言っていた。


 ということは、一度は正攻法でのぼったことがあるということなのか、それとも何らかの書物から得た知識なのだろうか。


 いずれにしても、俺たちが選べる道は、外壁を進むという裏技的な方法だけだった。


 しかし、やはりと言うべきか。


「だよな、そうそう甘くないわな……」


 頂上に近づいて、騒がしい歓声のようなものがきこえたり、誰がどう見てもわかる黄金の輝きが視界に入ってきたとき、俺たちを追ってくる者がいるのに気付いた。


「う、うわああ、こわいこわいこわい、なにこれホラー?」


 そいつらは、フリースのような無言だったが、フリースのような美しさは無かった。


 手足の細さは似ていたけど。そいつらの手足は樹木でできていて、服なんか着ていなくて、ただ色んな動物の仮面だけをかぶっていた。鹿とか猪とか犬とか、そういう怪しくて近づきたくないやつらである。


 もしも襲われて落下なんかしたら――。


 下を見て、涙が出そうなくらいに恐怖。足がすくんだ。


「フリース!」


 俺は背後に湧いたそいつらから目を背けて、前方で先導してくれていたフリースに助けを求めた。震える声で。


 ところがどうだ。


 すでに自分が生み出した階段の上にグッタリ倒れているではないか!


 不意打ちをくらったらしい。


 こうなれば、アオイさんが髪の毛を掴まれたり、レヴィアが腕を掴まれたり、俺が諦めたりするのに、十秒もかからなかった。


 俺は、腕に樹木の枝――のような敵の腕が刺さったのを最後に、意識を失った。


 自分があげた恐怖の悲鳴が、遠ざかっていく。


  ★


「んっ……」


 不快なにおいに、思わず顔をしかめる。こわくて、すぐに目は開けられなかった。


 そこは、まるでアオイさんが根城にしていたミヤチズの地下書庫のようにカビくさく、そこに僅かばかりの腐臭を混ぜ込んだような臭いがしていた。


「ラックさん、起きましたか?」


 その声に安心して目を開くと、座っているレヴィアの脚が見えた。カウガール装備のショートパンツから伸びた細い脚だ。


 起き上がってみると、そこは、あからさまに牢屋だった。テニスコートくらいの広さがあって、周囲をすべて鉄格子に囲まれていて、籠の中の鳥にでもなった気分だ。


「俺たちは、なんで牢獄にいるんだ?」


 この問いには、アオイさんが答えてくれた。


「どうも、こっちの作戦は失敗したようだね」


 それは誰がどう見てもわかる。


「つまりね、ラック。こっちが果実を手に入れる前に、捕まっちゃってここに放り込まれたみたい。ここはどこなのかって? それは、アオイさんにもわからない」


 アオイさんも事態をのみこめていないようだった。


 ただ、そこでイチはやく倒されていた大勇者が言うのだ。


「さっきも地下に牢獄があるって話はしたと思うけど、ここがまさにそこ。大樹リュミエールの地下牢獄。その名も、『スモッグプリズン』。大樹の周囲を取り囲む霧に隠れていることから、そう呼ばれてた。主に命令に逆らったエルフとかハーフエルフを収容してた」


 さすがフリース、実に頼りになるなぁ。なんて言ったら嫌味にしかならないから、声には出さない。


 俺が言うべきは、掛け値なしに彼女を褒める言葉。


「いやぁ、ものしりだな、フリース」


 しかし彼女は言うのだ。


「あたし、ここに捕まってたことあるから」


「お、おう……そう……か」


 本で読んだだけではなくて、実は悲しみの実体験もあった、ということらしい。


 いかん、予想外の返しに、どう言ったらいいのか、わからなくなった。なぐさめの言葉が必要なのか、それとも、過去の事と笑い飛ばすべきなのか。


 卑怯な俺は沈黙を選択し、オトナなアオイさんが「じゃあ脱獄のしかたとかもわかるわけだ」と半笑いで冗談を飛ばしていた。


「そう簡単じゃない。ここがどのくらいの深さかわからないけど、深層は本当に迷路みたいになってて、入口から糸でも垂らしながら潜らないと出て来られないとか言われてる」


「そうだ」俺は思いついて、「レヴィアだったら、出口の匂いを嗅ぎ取って外に出ることができるんじゃないか?」


 ところがレヴィアでも状況の打開は無理らしい。


「私は、ラックさんが何度も焚いた、あのくさいケムリのせいで、鼻がこわれちゃってます」


「そいつは、なんというか申し訳ない。でも仕方なかっただろう?」


 眷属(けんぞく)の魔物にまみれたエコラクーンでも、魔族の結界の中にあったサタロサイロフバレーでも、紫熟香を焚いたのは緊急だったのだ。


「それにしても、どうしたもんかな……どうやって脱獄したもんか」


 と、俺が当たり前のように脱獄意欲を口にしていると、コツコツと金属の靴が石畳を叩く音がきこえてきた。地下の空洞に、とてもよく反響した。


 鉄格子の向こうにあらわれたのは、どうしてこんな所にいるのだろう。白銀の鎧美女、皇帝側近のマイシーさんであった。


「さっきから聞いていれば……まったく穏やかではないですね。いつからラック様ご一行(いっこう)は、当たり前のように犯罪に及ぶような一団になり下がったんですか? 新たな魔王でも目指しているのでしょうか?」


「んなわけあるか。ていうか、魔王って目指せばなれるもんなのか?」


「いえ、魔族の中から選ばれるので、ラック様には無理ですね。というか、挨拶もなくツッコミを優先するとは、ずいぶん立派になったものですね」


「いやいや、これは失礼しました。ただ調子に乗っているというよりかは、急ぎ過ぎて切羽詰まってるだけです」


「いいでしょう。普段は謙虚なラック様のことですから、何か浅からぬ事情があると信じます。どうぞ、話してみてください」


「実は……かくかくしかじかで……」


 俺はマイシーさんに説明した。アリアさんとの共同作戦で魔物化を(しず)めたこと、それからエルフの集落で魔族との契約を破棄させたこと。そして、ファイナルエリクサーを手に入れるために世界樹リュミエールに登ったのだという犯行の動機も白状した。


 俺の話に的確に相槌を打ちながら耳を傾けていたマイシーさんは、話を聞き終えて、言うのだ。


「まったく、手紙でも飛ばしてくれれば良いものを。世界樹に無断でのぼるなんてバカなことをしでかして、ラック様らしくもないですね」


「ええっとだな、マイシーさんならわかってくれると思うけど、俺は反対したんだ」


「わかってやれません! 書庫の件といい、最近は言い訳できないほどの狼藉(ろうぜき)が目立ちますよ? 調子に乗り過ぎなんじゃないですか? ちょっと活躍したからって怖いものナシですか。これだから近ごろの若者ときたら」


「すみません……」


 俺は牢獄の冷たい床にみずから正座した。




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