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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十一章 負の遺産を何とかせよ
262/334

第262話 サタロサイロフバレー(3/6)

 村人全員が眠りに落ちた村で、俺とフリースが薬草畑に座り、話を続けていた。


 レヴィアは、興味深そうに立派な洋館へと入っていった。


「家の中を荒らすんじゃないぞー、レヴィアー」


 不法侵入の時点でだいぶアウトだが、今は緊急時だ。モンスターの気配もないし、フリースも止めないし、レヴィアなりに今回の事件の理由を探りたいのかもしれないから、放置することにした。


「それで? 俺の仮説のどこが間違いなんだ、フリース」


「さっき言った。みんなが眠ってる原因と、大きな樹の正体。あと純血と混血の共同戦線とか、頭の中お花畑なの? 結界に耐えるための薬草? ばかじゃないの?」


「なんでそんなにイライラしてんだ。さっき、穢れてるとか言われたのが、そんなに――」


 言いかけて、黙らされた。


 俺の顔の真横をかすめた氷のカッターが、ヒュンヒュン風を切って遠くに飛んでいった。


「次言ったら、当てるから」


 こうして「魔女」以外の禁止ワードに、「穢れてる」が登録されたのだった。


「いや、ほんと、申し訳ありませんフリース様。わからないので教えていただきたいのですが……」


「急にかしこまられても逆に頭にくる。凍らしていい?」


「あぁ、いや、すまん。もうしない」


「まったく……」


 横顔を見せて唇を尖らせるフリースは、しかし、俺に向けて怒りをぶつけたことで、少しスッキリしたようだった。ふぅと一つ息を吐いて切り替えて、言うのだ。


「ラックにもわかるように、一つずつ教えてあげる」


「ああ頼む」


 こうして、大樹の下で、フリースの偏見による解説が始まった。


「まず最初は……そうだ。一番わかりやすいから、そこらへんの畑に生えてる薬草についてだね。正直、これはラックが間違えたのに驚きだよ。ちょっと、その草を食べてみて。生でイケるやつだから」


「えっ、でもここって、畑なんだよな? 育ててるんだろ、そこで倒れてるエルフがさ」


 深緑の服に身を包んだエルフの少年が、草むしりの途中で倒れたようだった。先ほどのエルフ少女の弟だろう。ゆすっても起きなかったが、呼吸はあって、眠っているだけだった。そのままにしておいても安全そうだったので、寝かせておいている。


「まあ、後で氷ちらつかせながら謝れば平気でしょ」


 それは謝るとは言わない。脅すって言うんだ。


 とはいえ、エコラクーンの呪い無効化時間には限りがある。再び呪いが猛威を振るう前に根本的に解決したいからな。そのためには時間を無駄にしたくない。言うとおりにしよう。


「どれどれ……」


 ステータス画面で確認すれば一発でそれが何かわかるし、必要があれば鑑定や検査をしようとも思ったけど、なんとなくプライドが許さなかったので、俺は草をちぎって、口に運んだ。


「うお、これは……」


 忘れもしない。この雑草オブ雑草の味わい。青春の味、ラストエリクサーである。にがい。青くさい。しぶい。くそまずい。


「ほらね、結界に耐えるための薬草じゃないでしょ?」


「ああ、どっちかっていうと、中心部まで侵入してきた強力な敵を倒すためのドーピング薬だな。この高台への入口が急な坂しかないのも、守りやすくするためか。氷を張ったり、油を流したりすれば滑ってのぼってこれないから」


「その通り。的確だね」


「じゃあ、次はフリースが考える、皆が眠っている原因について教えてほしい。どう考えたらいいんだ?」


「ラックは、たぶん、この枝が伸びてる範囲、大きな傘の下にいる生き物から魔力(エネルギー)を吸い取ってると思ってるんじゃないかな?」


「違うのか?」


「もちろん違う。まあ呪いが直接の原因じゃないと判断したところは褒めてあげるけど、どの範囲から魔力を吸い上げてるかの判断を間違えたら、この事件の解決は一生かかっても無理」


「じゃあ、どう考えたらいいんだ」


「当時の村人と、その子孫たちから、容赦なく吸い上げてる」


「それは、どういうことだ」


「契約なんだよ」


「契約?」


「その昔、逃げてきて村人になった悪いエルフたちは、あの樹木に見えてるヤツと契約した。どういう契約かっていうと、『この村や自分たちの身に降りかかった呪いを無効化してもらうかわりに、そのための魔力を分け与える』というもの」


「ぜんぜんわからん。どういうことだ」


「別の言葉で言うと、純血エルフを名乗る人たちの誰かが呪われたら、その人の呪いを解くために、この『グリンメープル』って樹が全員から均等に魔力(まりょく)を吸い上げるっていう契約をした。今回の場合は、樹木に見えるやつの許容量を超えた悪質で強烈な呪いにかかったために、魔力の総量が少ない人間から順番に眠ることになった」


「えっと……呪われた誰かっていうのは、助かったのか?」


「たぶん、エコラクーンで魔物化してたうちの何人か……いや、何十人とかかもしれない。紫熟香(けむり)で解呪したけど、比較的早く目覚めたのが、ここの子孫だったのかもね。ろくなもんじゃなかったし」


 フリースに向かって禁句を吐いて傷つけた連中か。だけど、話を聞く限りでは、彼らも可哀想な人たちなのかもしれない。こんな契約、悪魔的な呪いみたいじゃないか。


「たとえば、もしも俺が契約した者の子孫の立場だとしたら……場所を問わず、たとえば遠く離れたホクキオにいる子孫からも容赦なく魔力を吸い取るってことか。そして、魔力を吸う引き金が、自分じゃない別の誰かが呪われることで引かれるっていうことかよ」


 たまったもんじゃない。そんなの。


「だいたいラックの言うとおりかな。厳密に言うと呪いだけではなくて、契約当時の村や村人の血に危険が迫ったら、いくら嫌だと言っても吸われていく。均等にもってかれるから、魔力総量が低くならないように、混血との婚姻を避けるしきたりがあった」


「まさか、それが混血差別に繋がったりしてんのかな」


「…………」


 この沈黙は、どういう意味だろう。


 過去のフリースを夢見た時の内容を考えてみると、フリースの親世代からすでに……ここに村ができる以前から混血エルフは純血に(さげす)まれていたから、この契約が差別の発端ってわけでもないだろう。もしかしたら、拍車をかけたのかもしれないけどな。


「さ、これでわかったでしょ? ハーフエルフと純血が仲良く一緒に戦うとか、無いんだって」


 フリースはそう言うが、ここまでの説明で、両者が仲良くできない理由について、あまり説明が尽くされていないように見える。


 もしかしたら、フリースも、あまり言いたくないことなのかもしれない。たとえば、口に出してしまったら、もう二度と純血を名乗る連中のことを許せなくなるような事件があったとか……と、そこまで考えて、閃いてしまった。


 俺の考えが、どうか外れてほしいと思う。


「なあ、フリース……もしかして、そのときの契約に、無理矢理、現地にいた混血の人たちを巻き込んだりとか、してないよな?」


「…………」


 この沈黙は、言いにくいけどそうらしい、といったところだろう。


 あ、それは仲良くできないね。逃げて来た純血エルフたちが、自分たちへの負担を減らすためだけに……魔力提供元の母数を増やすためだけに、リスクばかりが高くて何の得もない契約に現地村人を巻き込んだのだとしたら……。


 自分たちの道具のように扱って、悪びれもせず、当たり前のこととして。


 そうは思いたくないけれど、もしもこの考えが事実なのだとしたら、この樹木の傘の下は、純血を名乗る穢れたエルフたちが、自分たちだけが助かるために築いた避難場所ということになる。マリーノーツ版の偉い人しか入れない核シェルターみたいなものである。


 フリースが「奪った」ということを強調していることからも、そういう身勝手さがうかがえる。


 なるほど、俺の頭の中は、お花畑だったかもしれない。でも、できればお花畑のままでいさせてほしかった。


「しかしまぁ、今回の事件っていうのは、その悪徳契約のしっぺ返しだよな。いっそ爽快なんじゃないのか?」


「…………」


 フリースは答えなかった。これにイエスと言ってしまったら、フリースは他人の不幸を願ってしまった自分を責めることになるのかもしれない。


 失言だったと思ったけれど、フリースは俺の問いには答えず、無理矢理に話題を変えてくれた。


「ところで、大きな樹の正体は何だと思う?」


 この流れだと、ろくなもんじゃなさそうだ。


「実は、捕獲した魔王とかだったりして」


「その答えはね、掛けられた強力な『誤認』を外してみたらわかるよ」


 俺は上を見た。赤く鮮やかな紅葉が揺れている。他の人の目にも赤く見えているのだから、偽装されているわけではないのだろう。


 俺の持つスキル『曇りなき眼』は、常時発動の『検査』スキルによって偽装を無効化することはできても、『誤認』を暴くことはできない。


 『誤認』を何とかするためには、それ専用の(スキル)を放つ必要がある。


 俺は手をかざした。


「いくぞ、『開眼一晴(はれわたるそら)』!」


 起動したが、正体は暴けない。もう一段階上の『誤認』解消スキルが必要なようだ。


「ならば、『天網恢恢(いつもだれかみてる)』!」


 これにて、真の姿が暴かれることになった。


 みるみるうちに枝が消えていき、季節外れの紅葉だったのが嘘みたいに何もなくなり、曇り空と再会した。


 太かった幹や活力のあった根も、なんということだ、しゅるしゅると地面の一点に収束していく。


 最後に残ったのは、やせ細った一匹の老いた猫だった。


「これでわかったでしょ? エルフたちが何に祈りを捧げてきたのか」


 フリースが暴いた正体。エルフたちは樹木に祈っているつもりが、よぼよぼの猫に祈っていたらしい。


「だれじゃ、ワシを悠久(ゆうきゅう)の眠りから起こすのは」


 しゃべる猫が片目をあけて、俺をにらみつけた。


「ね、モンスターでしょ?」とフリースが言って、「え、モンスターなの?」と俺は驚いた。




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