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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十一章 負の遺産を何とかせよ
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第261話 サタロサイロフバレー(2/6)

「真冬にさえ一度も色づいたことがない御神木(ごしんぼく)が……! わたしが助けを呼びに出た時には、まだ鮮やかなグリーンだったのに」


 エルフの少女は紅葉した空を見上げて不安げに呟いた。


 北の霧の中にそびえ立つ本当の世界樹のことではない。サタロサイロフという小さな村の最も大きな樹木である。


 その木の葉が、真っ赤に染まっている。


 フリースが人から聞いた話では、かつて魔王たちによって水源を追われ、逃げ延びて来たエルフは、先にこの地で暮らしていた混血エルフたちの反発を無視して、フロッグレイクに似せた村づくりを強行したのだという。


 そのときに川を埋め立て、山の上にため池をつくり、そこに世界樹に見立てた樹木を置いた。


 樹木は、山の上にあって、いつも緑の葉を豊かに茂らせていて、百人規模のエルフ村を覆っていたのだという。


 その樹木の正体については、今の住人たちは、ほぼ誰も知らない。


 村を乗っ取った自称純血エルフたち自身は樹木の正体も、それを置かねばならなかった理由も忘れ去ってしまったし、奪ったことすら忘れてしまった。


 奪われてこの場所を離れた混血たちの一部に、この村の伝説が伝わっているという。


 フリースは、その奪われた側の一人から、伝説を聞いたことがあった。


 つまるところ、あの樹木に見える何かは、呪いに対する結界なのだという。通常時は緑色、注意が必要な時は黄色、直ちに逃げねばならない時は赤色。信号機のような色の変化で危険度を告げるものなのだ。


 この数百年、ずっと緑色のまま色が変化してこなかったから、このアラート機能が忘れられてしまった。


 呪いに反応した樹木は、鮮やかな緑というのが嘘のように真っ赤になり、風が吹くたびに手のひらのような形をした葉を舞い散らしていた。形は楓に似ていた。


 頭上に空が見えなくなった。本格的に木陰に突入したのだ。見上げれば、枝が毛細血管のように張り巡らされている。赤色の葉が、まるで傘のように広がっていて、雨も陽射しも防ぐようになっている。


 純血エルフの色白少女は言う。


「おい、こんな『グリンメープル』の姿、見たことない。何が起きている?」


「…………」


 フリースは沈黙を返した。知っているはずなのに。


 道端で倒れている人もいて、俺とレヴィアが駆け寄ろうとしたけれど、「――今のこの村の状況で目覚めさせたところで、またすぐに倒れるから意味ない」というフリースの言葉を信じて、今は置き去りで進んでいく。


 やがて湧き水が染み出す崖に挟まれた急な上り坂があった。その上に、村を傘のように覆っている巨樹の幹がそびえている。


 急坂をのぼった先にあるテーブル状の台地には、緑の薬草畑が広がっており、色とりどりの花々が元気に咲き誇り、呪いとは無縁の、魔力があふれる場所に見えた。


 そして中心部には、エルフの少女が『グリンメープル』と呼んだ樹木があった。今やグリーンっていうか、レッドだけどもな。見事な紅葉だけど、生命力が失われて色あせたわけでもなさそうだ。


 放射状に広がる雄大な根は生命力に満ち溢れていた。いくつもの樹木が束になった異様に太い幹。樹高は三十メートルをゆうに超えている。


 樹齢どのくらいなのだろう。数百年は生きていそうだ。そして、いまなお樹勢は衰えていないように見える。


 高台には、最も立派な二階建ての洋館があった。ここがエルフの少女の家だという。エルフ議員の娘というだけあって、ずいぶん良いところの御嬢(おじょう)さんのようである。


 見下ろした日陰の村は、豪華絢爛(ごうかけんらん)な屋敷が並んでいて、広い敷地が柵で仕切られている。


 さて、頂上で樹木の周囲を一周して観察していた時、「うっ……」と声をあげながら、エルフの少女がよろめいた。


 フリースが手を伸ばして支えてやると、


「触るな! 穢れたエルフもどきが。呪いがうつる」


 この世界は、どうもフリースを苦しめる要素が満載だよなと心から思う。


 そして、エルフの少女は花咲く薬草畑に倒れ込み、他のエルフたちと同じように気を失ってしまった。


 まるで言い逃げのような形になり、俺はイライラが溜まった。何だよ穢れてるって。穢れてるって言う方が穢れてるんだよ!


 俺がフリースを慰めてやろうとして、肩に手を置こうとしたら、


 ――触るな、変態。


 と言って、つるりと回避した。


 八つ当たりをされた形だ。とんだとばっちりである。


 レヴィアからは嫉妬の視線をいただいたし、この村には、よくない思い出が残りそうだ。


  ★


 どうしてサタロサイロフバレーで、エルフ集団昏睡事件が起きたのか?


 この村は、雨水をためる池があっても、外と繋がる川はない。かつて存在した川は暗渠化されている。呪われた水源と繋がっているわけでもないし、エコラクーンと水路が繋がっているわけでもない。この村の中は一切の呪いを受けていないが、昏睡事件は起きた。そして、村の外の川は、少しだけ呪われていた。


 どうやって、この状況が発生したのか?


 俺なりに考えてつなぎ合わせた仮説(ストーリー)を述べてみよう。


「この事件の深いところの発端は、やはり大昔にフリースが大魔王を水源に沈めたことなのだろう。ただ、一言添えておきたいのは、いくつかの不運が重なって、この状況が出来上がったものの、誰かが悪意をもって仕組んだわけではないということだ。


逃げて来たエルフたちが、先に住んでいた者たちから土地を奪ったのは、その必要があったからだ。先に住んでいた者たちも、共通の危機感があったものと思う。


一言でいえば、籠城だったに違いない。


サタロサイロフは、魔王や魔族やモンスターに対抗するための前線基地にされた。世界樹に似せた装置を中心とした村にしたのも、望郷(ぼうきょう)の念というよりも機能面を考えての事だろう。


水源のフロッグレイクが大魔王の軍勢に乗っ取られていた頃、この村が完成した。


魔王軍の進行ルートを限定するために川を埋め立て、いざという時のためにこれまでの産業を捨て、特殊な薬草を育てた。高台に樹を植えたのは、村全体を覆う結界を張るためだ。


すなわち、俺の予想でいえば、世界樹に似せた装置の正体は……結界を発生させる装置である。今回、大魔王の呪いの気配を感じて、自動で結界が発動した。でも、その結界の力は自分たちにも影響をおよぼし、耐えられなくて、バタバタと倒れていった。


たぶん、自分たちだけ結界の影響を受けないようにするための鍵が、この薬草畑なのだ。なぜなら、この緑輝く薬草こそが、その強力な結界の力を無効化するものだからだ!


つまり、この高台にあふれる草を食べれば、倒れている人たちも目覚めるに違いない!」


 俺は自分の推理を語り終えてすっきりした。しかし、フリースは否定する。


「ダメだね。結界っていう発想はとてもいいし、ほかにもまあまあ合ってるところもあるけど、大きな樹の正体とか、純血と混血の共同戦線とか、眠りの原因とか、ここに生えてる草だとか。大事なところ全部、ことごとく外してる。推理スキルでもとって出直すといいよ」


 ちょっと辛辣(しんらつ)すぎない?




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